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花は輝き月は笑む 番外編

甘露の日和 09 



「…桃姫、か?」
「かすがちゃんっ!?」
「やはり桃姫か。念の為、確認するが…そいつらは護衛か何かか?」

両手に苦無を装備しつつ、かすがが胡散臭そうに桃花に尋ねる。
桃花が首を振れば、次の瞬間には桃花の視界を遮るものはなくなっていた。

「お前一人か?独眼竜はどうした。」
「…あの、ね。私、どうやら人攫いに捕まっちゃったみたいで…それまでは一緒だったんだけど。」

桃花の言葉に、苦無を握るかすがの手に力が込められる。

「あっ!殺さないでっ!!」
「だがっ!」
「事情があるみたいなの。話を聞いてからでも遅くないから…ね?」
「…」
「お願い、かすがちゃん。」
「…お前は甘い。」

そう言いながらも武器をしまい手際よく縄で縛っていくかすがに、桃花はほっと息をついた。

「怪我はないか?」
「うん、ありがとう。」
「それはよかった。桃姫、謙信様のところへ来い。」
「え?でも、戻れば政宗様に会えるかもしれないから…」
「道は覚えているのか?」
「…」
「…覚えてないんだろう?謙信様のところへ連れて行く。奥州の奥方にこれだけのことがあったんだ。謙信様が知らないのは問題だろう?」
「え、ここは奥州でしょ?」
「この山を越えたら、な。」
「…」
「…こいつ等がどこの村の者か知らないが、おそらく越後の民だろう。それが山を越えて奥州で狼藉を働いたとなると、国同士の問題になる。悪いが、ついてきてもらうぞ。」
「うん、分かった。」
「助かる。独眼竜には私から知らせておく…本当は嫌だが。」
「…ごめんなさい。」
「桃姫が謝ることはない。独眼竜は憎いが、お前は気に入ってる。」
「ふふ、ありがとう。」

話が纏まれば後は早い。
かすがはどこからか調達してきた馬に乗ると、桃花を引き上げて上杉謙信がいる城へ向かった。



「虎菊、stopだ。」
「でも、だっど。まむはこの先にいるかも…」
「ここから先は越後に入る。軍神に一言断ってから入った方がいい。」
「だっどは上杉謙信に勝ったんだろ。越後は奥州の支配下のはずだろ?」
「そうだ。だがな、礼儀ってもんがあるだろう。」

馬上の政宗は越後の領地を見て言う。
数年前の戦で、政宗は謙信に勝利した。
敵大将である謙信の斬首を望む家臣達もいたが、謙信は桃花の義父である信玄の好敵手。
それに仁徳者である謙信の命を奪えば、上杉家臣を中心に『政宗許すまじ』が溢れるだろう。
下手に負の感情を増やすよりも、従えた方が良い。
当時の政宗の読みは当たっていた。
謙信は戦後の越後の平穏を最優先に政を行った。
そして、その後も反旗を翻すでもなく穏便に暮らしている。
謙信を打ち負かし生かしたことで、政宗の武勇も名声もぐんと上がった。
互いに相手を尊重した付き合いは、日の本の東に平和をもたらしている。
いくら従えているとはいえ、礼節は大切だ。
だが…
最愛の桃花がこの先にいる可能性が高いのも否めない。
逡巡している時間はない。
政宗が馬の腹を蹴ろうとした時、黒い影が前に現れた。

「独眼竜。」
「…かすが、か。」
「桃姫を保護した。」
「What!?」
「今、謙信様のお城にいる。」
「Really!?嘘じゃねえだろうな!?」
「嘘ではない。謙信様がお前を案内するよう仰った。ついてこい。」

動揺が隠せないでいる政宗をちらりと見遣った後、かすがは返事も聞かずに走り出した。

「…だっど、どうするんだ?」
「行くに決まってんだろ!」

かすがを見失わないよう手綱を操る。
虎菊丸も置いていかれないように父の後を追った。
城の中でも政宗の気は逸っていた。
かすがを抜かさんばかりの勢いで、案内されるままに足音荒く部屋へ駆け込む。

「桃っ!!」
「っ…政宗様!」

声も掛けずに障子を開ければ、こちらを向いた愛妻が驚いたように目を大きくした後で細める。
薄らと縁が濡れているのは、怖い思いをさせたからではなく安心したからだと思いたい。
丁寧に謙信へ頭を下げると、桃花は小走りで政宗のもとに寄った。

「…無事か。」
「はい。」
「怪我は?」
「ありません。特に何もされていませんので、ご安心ください。…政宗様…」
「何だ?」
「ご心配かけてしまい申し訳ありませんでした。」
「No, 桃が悪いわけじゃねえ。守れなかった俺の不徳がこのザマだ。」
「そんなこと…」
「無事で良かった。」
「…はい。」
「まむ、おれも心配してたからな!」
「虎菊も…探してくれて嬉しいわ。ありがとう。」
「ああ。まむ、あいみすゆー。それから、あいらぶゆー!」
「ふふっ。Me too, and more love to you. …本当に嬉しいわ。ありがとう、虎菊。」

己と手を取り合い、虎菊丸を抱きしめる桃花に、無事に手元に戻ってきたのだと政宗は漸く安心した。
その様子を微笑ましく見ていた謙信は、頃合いを見計らって政宗に話し掛けた。

「どくがんりゅう、よくいらっしゃいました。おくがたがごぶじで なによりです。」
「急に邪魔して悪かったな。アンタが助けてくれたって聞いた。Thanks.」
「わたくしでは ありません。わたくしのうつくしいつるぎが したことです。れいを もうしてくださるならば、つるぎへ ねがいます。」
「…Thanks.」
「…異国語は解らん。」
「かすがちゃん。政宗様は『ありがとう』と仰っているのよ。私からも改めて…ありがとう、かすがちゃん。」
「お前からはさっき聞いた。二度もいらん。」

そっぽを向くかすがの顔が赤い。
桃花はそっと笑った。

「どくがんりゅう、こたびのことで はなしがあります。しばし じかんをいただいて よろしいでしょうか?」
「…何だ?」
「ありがとうございます。おくがたも よろしければ ごいっしょに。」
「では、私は隅の方で聞かせていただきます。」

上座を政宗に譲り、謙信は一段低い所から政宗を見る。
邪魔にならないように桃花は虎菊丸を促すと、斜め後方に座った。


2017.02.20. UP




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夢幻泡沫