信玄様を訪ねてくる人物がいると聞いた。
その日は大人しくしているように言われたので、極力出歩かないようにしていたのだが…
「はじめてみる かおですね。」
目の前の清廉な存在にポカンと相手の顔を見た。
たまたま厠に行くために部屋を出たら、見知らぬ人に会うなんて…。
何と言う間の悪さだろうか。
信玄様に申し訳ない。
明らかに失敗したという顔をした私をその人は楽しそうに見てきた。
「そなたのなを きかせてくれませんか?」
「…名乗るほどではありませんので、失礼させていただきとうございます。」
「そのように けんそんなさらずとも よろしいでしょうに。そのじんざもみのうちかけは かいのとらのこのみと よくにていますね。」
「あの…」
「そなたのなは?」
「…」
「お前っ!謙信様がお尋ねになっているのだぞ!答えろっ!!」
後ろに控えていた女の人が噛みつくように怒鳴る。
その姿に私はまた目を丸くした。
何と言うか…
ボンテージスーツと言っても過言ではないぐらいにピッチリとした装束。
金髪に見事なまでのボディラインと美貌。
同性の私でも目のやり場に困ってしまう。
最早、狙っているとしか思えない。
装束はともかく、天は二物も与えるんだなぁ。
いやはや、羨まし限りで…。
「おいっ!何を黙り込んでいる!?」
「はいは〜い、そこまで。かすが、うちの子を苛めないでよ。」
「佐助!」
「佐助さん!」
返事ができずにまごついていると迷彩柄が目に飛び込んできた。
それを着ているのは、ここでは一人だけ。
ホッとして彼の名前を呼ぶと、佐助さんは首だけ回して苦笑しながら私を見た。
「大丈夫?何もされてない?」
「はい。あの…ごめんなさい…はばかりに…」
「あー、気にしなくていいよ。どうぞどうぞ、行っておいで。」
「すみません、ありがとうございます。」
不審な目と好奇な目を向ける二人に会釈をしてその場を逃げるように離れる。
背中では、かすがと呼ばれた金髪美人さんが佐助さんにがなり立てていた。
「先程の方はどなただったのですか?」
客人が部屋へ移った後、幸村様と佐助さんが私の部屋を訪れた。
二人とも嬉しそうな表情だったが、どこか疲労も見えている。
おそらくさっきの人が原因だろうとあたりをつけて訊ねてみると、幸村様が一つ頷いた。
「桃殿も会われたのだな。お館様のお客人であられる。上杉謙信殿、名前は聞いたことがあるでござろう?」
「うえ、杉…謙信!?えっ!?あの『越後の軍神』ですか!?」
「いかにも。」
「そう言えば、側にいた女の人が『謙信様』と呼んでいたような…。え、でも…信玄様とは敵同士ではないのですか?」
「敵、と言うよりも好敵手でござるな。戦場にて相見えれば刃を交わすものの、平時まで反目し合っているわけではありませぬ。むしろ、互いの事を尊重し合う素晴らしい間柄でござるよ。」
「そうなんですか…。」
「側にいた女子はかすが殿でござるな。」
「あ、はい。そうです、確か佐助さんがそう呼んでいました。」
「驚かしちゃって悪かったね〜。かすがは軍神一筋だからさ。知らなかったとは言え、こんな『いかにもお姫様です』って恰好をした桃姫ちゃんに噛み付くとは思わなかったよ。」
「いえ、私の方こそ咄嗟に動くことができなくてすみません。上杉謙信様もそうですが、かすが様があまりにも綺麗だったもので見惚れてしまっていました。」
「だってさ。かすが、お礼ぐらい言ったら?」
急に天井に向かって声をかけた佐助さんに首を傾げる。
どういうことか分かり兼ねていると、シュタンと音を立てずに先程の金髪美人さんが不機嫌そうに私を見下ろしていた。
「…私は忍びだ。『様』をつけるのはよせ。」
「…何で忍びの人って同じことを言うのですか?」
「あは〜…」
ジトリと佐助さんを見た私に、彼は困ったように笑った。
自然と口が尖り、口調が拗ねてしまう。
「国主だろうと忍びだろうと、人は人です。道具だとか言う考えは嫌です。」
「でもね、それが常識ってヤツでさ。」
「もう!佐助さんは信玄様にとっても幸村様にとっても大切な存在なのですよね?」
「もちろんでござる!!」
私の言葉に、幸村様は深く頷いた。
同意を得られたことで強気になる。
私はズイッと佐助さんににじり寄った。
「もっと自分を大切にして下さい。」
「はいはい、ありがとうね。」
「かすが様もです。上杉様にとってかすが様も大切な存在なのではないですか?」
「…こいつは一体何者なんだ?虎の姫の言葉とは思えんぞ?甲斐の虎のことを『信玄様』と呼ぶ辺り、怪しいがな。」
じろりと私を見てかすが様が鼻白む。
それに飄々と答えたのは佐助さんだった。
「間違いなく大将の姫様だよ。こっちに来て間もないから気後れしてるんでしょ。それとね、『様』がつくのは諦めな。」
「お前にはついていないだろ?」
「あのね〜、俺様の初めなんか『猿飛様』だからね!『様』が外れたのは散々交渉した成果だよ!俺様だって『さん』で我慢してるんだから!!」
「…かすがでいい。」
「…かすがさん。」
「…かすが。」
「…あっ、かすがちゃん!」
「はっ!?」
「えっ!?」
ポンと手を打ち思いついた呼び方をすれば、三つの顔が唖然とこちらを見た。
「上杉様とお似合いでしたし、かすがちゃんって可愛いと思いませんか?」
「謙信様とお似合い…っ!すまなかった!お前、桃姫だったな。いい奴だな!!」
「それならかすがちゃんと呼んでもいいでしょうか?」
「構わん。だが、言葉遣いは直せ。」
急に手を掴んでキラキラとした目を向けるかすがちゃんに、私も嬉しくなって顔が緩んでしまう。
お父さん、お母さん。
こっちに来てしまって初めてお友達ができたようです。
2014.06.01. UPIT
2016.06.06. EDIT