この時期になると体がうずうずしてくる。
数年前に止めたとはいえ、今でも好きなことには変わりない。
時間があるなら、場所があるならしたいのだ。
衝動が抑えられなくなった私は、幸村様の部屋へ向かった。
「失礼します。」
彼は気配に聡い人だ。
足音や気配を殺せない私をとっくに見通していて、声をかけたらすぐに快く部屋へ入れてくれた。
「如何致したのでござろう?」
「忙しいところすみません。外に出たいのですが…」
「構いませぬ。どちらまで行かれるおつもりで…」
「近くに湖はありますか?」
「この近くとなると…いくつかあり申すが。しかし、なぜ湖などに?」
「泳ぎたくて…」
「泳ぐ!?桃殿がでござるか?」
「はい。好きなんです、泳ぐのが。行ってきては駄目でしょうか?」
「ぬ…」
困った顔をありありと見せつけながら幸村様は黙ってしまった。
女の人が泳ぐだなんて流石にこの時代では突飛過ぎただろうか?
目を閉じて何やら呻っている幸村様に声もかけられず、私はじっと彼が動くのを待った。
たっぷりと考え抜かれたのだろうか。
しばらくすると幸村様は静かに目を開けられた。
「…分かり申した、行きましょうぞ。」
「わっ!ありがとうございます。」
「但し、今から行くのでは着く頃には日も暮れてしまいましょう。後日でもよろしゅうござるか?」
「はい。あ、それでしたら…明後日でもいいですか?」
「それは構いませぬが…」
「ありがとうございます。」
「佐助に握り飯を作らせましょう。遠出と言うのも久々だと悪くはありませぬ。」
「嬉しいです。」
満面の笑みを浮かべている私に、幸村様も穏やかに微笑んだ。
約束の日、幸村様は馬で湖まで連れて行ってくれた。
そこには佐助さんが既にいて、花茣蓙をひいて待っていた。
「疲れたでしょ。久し振りの馬はどうだった?」
「楽しかったですよ。幸村様がしっかりと支えてくれましたし、速度を緩めてくれたので景色も見ることができました。緑が鮮やかでとても綺麗でした。」
「へえ〜、旦那がねえ。へーえ、ほーお?」
「うっ!うるさいぞ、佐助!!」
「え〜、俺様なあんにも言ってないけど?」
顔を赤くして鋭く睨む幸村様の周りをニヤニヤしながらぐるりと歩き、佐助さんはまあまあと宥めた。
「とりあえず小腹も空いてるだろうから、握り飯でも食べたら?」
「…うむ、そうでござるな。」
「ほら、二人とも座って。」
母親のようにかいがいしく動き回りながらおにぎりや飲み物を出す佐助さんに、
「一緒に食べないんですか?」
と声をかければ、露骨に嫌そうな顔をされた。
こんなやり取りももう何回もした。
けれど、いつだって佐助さんは『従者だから』『忍びだから』と理由で同じ場所に立とうとしない。
その度に私も剥れて拗ねて、最終的には幸村様を味方につけて説得していた。
「あのね〜。何遍も言うけど、主と従者が食事を共にするなんてしちゃいけないことなんだよ?ましてや、俺様は忍びなんだし。」
「…幸村様。」
「佐助、共に食うのだ。」
「旦那っ!!桃姫ちゃんの言いなりになってどうするの!?今から尻に敷かれちゃってるの!?」
「某なら構わぬ。佐助、早く座るのだ。」
「…あー、もうっ!今日だけだからね!!」
「ふふっ、ありがとうございます。」
ガシガシと頭を掻いていた佐助さんが少し照れているように見えるのは、思い違いだろうか?
つられて私も照れてしまいながらも美味しくおにぎりをいただいた。
目の前には透明な水を湛える湖が広がる。
私が期待に膨らんだ目で見ていると、幸村様が苦笑しながら聞いてきた。
「そのように焦れずとも大丈夫でござるよ。時はたっぷりとあります故。それほど楽しみなのござるか?」
「はい…すみません。嬉しくて、つい。」
「いや、謝ることではありませぬ。」
「ホント、先の世の女の子って面白いよね。ここの女の子で泳ぐって忍びとか海女ぐらいだよ?」
「私の泳ぎは生きるためのものではないので…同列に扱ったら、一緒にするなと怒られてしまいそうですけど。」
「にしてもさ、どうやって泳ぐの?まさかと思うけど裸?」
「はだ…っ!?破廉恥でござるぁぁぁあああ!!」
「違いますっ!着て泳ぎますっ!!もうっ!いいですから、あちらを向いていてください!!」
強引に幸村様と佐助さんに後ろを向かせると、私は手早く着替えた。
かすがちゃんにもらった装束。
体にぴったりと密着して、水に濡れたら伸縮性が増すそうだ。
まるで水着ではないか。
もちろん彼女みたいに肌を晒すことなんてできないので、ぱっくり開いた前部分はしっかりと縫い合わせてもらったが。
一時期流行した全身型の水着みたいで、泳ぎやすそうなそれが手に入った時は思わず小躍りをしたくなった。
髪の毛も久し振りにゴムを使って高い位置で纏め直す。
すっかり身支度を整えた私は、着物を簡単に畳むと花茣蓙の上に置き、幸村様達に声をかけた。
「泳いできます。」
返事も聞かずに歩き出す。
水は思っていた以上に冷たかった。
だが、どこまでも透明に広がっていてなんと綺麗なことか。
全身が清められるようで不快になどならなかった。
満足するまで泳いでから陸に上がれば、幸村様と佐助さんからの質問攻めにあった。
特別なことなんてしていないし、特別泳げるわけでもない。
この世界にいる人に比べたら泳げるという程度だ。
ただ水の中にいるのが好き。
プカリと浮いていればのんびりと時が過ぎ、嫌なことを忘れられる。
そう幸村さん達に話したら、また不思議がられてしまった。
「ところで、何故今日を選ばれたのでござるか?」
それは…
私がいた世界では、今日が七月二十日だから。
『海の日』という特別な日だから…。
「それにしても…まあ見事なもんだね。」
「何がですか?」
「んふふ〜。目の保養、目の保養。その装束、かすがのでしょ?アイツ、いつの間に届けたんだか。」
「ふふっ、私が無理矢理お願いしたんです。」
「かすがは桃姫ちゃんのこと気に入ってるからね。いや〜、その格好…いい身体してるね〜。」
「なっ!?何を申すのだ!佐助ぇ!!」
「…そんなことないです。かすがちゃんに比べたら、私なんて…」
「かすがと比べることが間違ってるんだって。いや〜、桃姫ちゃんだって素っ晴らしい肢体だよ。何だったら今夜確かめてあげるけど?」
「破廉恥っ!破廉恥極まりないっ!!破廉恥であるぞぉぉぉおおおっ!!」
2014.07.01. UPIT
2016.07.20. EDIT