
Main
花は輝き月は笑む 番外編
掌中の花
「桃。」
「政宗様、お戻りなされませ。」
「Ya, I'm home.」
ちぅと頬に押しつけられる唇に、桃花は困った方だと苦笑する。
「ようやく畳も落ち着いてきたようだな。」
「はい。藺草の香りがとてもよく、心が安らぎます。」
「板間よりも畳の方が柔らかいし温かいからな。いろはにもいいだろう。」
「ありがとうございます、政宗様。」
桃花の願いは我が子を己で育てること。
産前より聞いていた政宗は、二人の自室の間に家族で過ごせる場を設けた。
板間をはがして畳を敷き詰め、政務が終わったらすぐにいろはのところへ戻ってくる毎日を過ごしている。
生まれて間もない姫は寝ていることが多いが、政宗は飽きずにずっと眺めていた。
「蔦、御苦労だった。下がっていいぞ。」
「それでは失礼致しまする。桃の方様、難しいとは思われますが少しでも多く寝られますようにお気をつけ遊ばし下さいませ。」
「はい。蔦さん、また明日もよろしくお願いします。」
「勿体なきお言葉にございます。」
すっと頭を下げて辞した蔦を見送ると、政宗はいろはの隣にごろりと横になった。
「まあ、政宗様。」
「いいだろ?もう煩え奴はいないんだから。」
「蔦さんは煩くないですよ?」
「そんなことはねえぞ。喜多の義妹、小十郎の奥だけあって、細かい。縦しんば蔦が煩くねえとしても、小十郎や喜多に告げ口されたらたまんねえ。」
そう言う政宗の眉間には、小十郎に負けないぐらいの皺が刻まれていた。
桃花がくすりと笑い指摘すると、ふいと顔を背けて隠してしまう。
けれど覗き見える耳が赤いものだから、桃花はまた一つくすりと笑うのだった。
奥州に雪がちらつかなくなり、育児で一時期やつれた桃花の様子が落ち着いた頃。
政宗が近しい人を呼び集めた。
小十郎、成実、綱元、それから喜多と蔦。
政宗の傍らには桃花がいろはを抱いて座している。
「いろはの初宮詣をする。」
母親の腕の中でぐっすりと眠っている小さな存在に目を細めながら政宗が言った。
「桃花の体調も落ち着いたようだし、雪が溶けたらとっくに済ませているはずの初宮詣に行くぞ。」
「ご心配かけてしまって申し訳ありません。」
「いや、一刻毎に起きてたんじゃ体が持たねえ。むしろ、よく倒れないな。」
「母上様とは強いものでございますよ、政宗様。」
「喜多は母上じゃなくても強いけどねー!」
「成実殿?何か仰いましたか?」
「…何でもなーい。」
「政宗様、よい頃合いかと思われます。では最上の日取りを確認して、奥州一宮に祈祷を願いましょう。」
「ああ。小十郎に任せる。」
「は。」
「駕籠を新調しろ。衣もだ。いろはのは、一等の反物で晴れ着を仕立てろ。」
「畏まりましてございます。」
「お前等もついてくるのだから、衣は新調しろよ。」
「分かってるって。」
「政宗様、俺は留守居役を務めましょう。」
「頼まれてくれるか、綱元。」
「は。」
「小十郎は蔦と弥左衛門を連れてこい。」
「は…!?」
驚きに目を大きくする小十郎に、政宗はにっと不敵に笑う。
「蔦はいろはの乳母だ、何の障りがある。弥左衛門は大きくなったら俺に仕えるんだろ?今から伊達の気風を教えておくのもいいじゃねえか。」
「政宗様…」
「片倉様、私からもお願い致します。蔦さんも、よろしくお願いします。」
「はっ…!」
低頭する二人に頷くと、政宗は桃花の腕から愛娘を抱き上げた。
「政宗様。」
「Ah?」
「もう一人、お願いをする方がいらっしゃるのでは?」
「…誰だ?」
皆が下がった後、いろはをずっと見ている政宗に桃花が切り出す。
緩んでいた表情が思惑顔に変わった。
眠っているその顔を見て考え込んでいた政宗だったが、小さく眉を寄せて桃花を見る。
「いねえぞ?」
「います。」
「そいつは誰だ?」
「義母上様でございます。」
「…止めておけ。またhoneyが嫌な思いをするぞ。」
「義母上様より嫌な思いをさせられたことはございませんが。お宮参りとは、両親と祖父母で祝うものなのではないのですか?いろはの御婆様は義母上様です。」
「だが…」
「いろはが伊達の長子と仰ったのは政宗様です。ならばこそ、そこの辺りはしっかりとなされた方がいいのではないでしょうか。」
いろはを盾に、桃花は政宗に迫る。
桃花の言っていることは尤もだ。
だが、母がいて平穏に終わるとも思えない。
寝ている己が子をじっと見つめた政宗はどうしたものかと大いに悩んだ。
暫くして不承不承と言った様子で桃花に顔を向けると、不機嫌にぼそりと言った。
「…母上様が強いってのは、本当だな。」
「守るものができましたから。」
「可愛気をなくすんじゃねえぞ?」
「政宗様次第です。」
政宗と母親との確執は知っている。
それを承知で頼んだのだ。
己の気持ちを抑えて、譲ってくれたことが嬉しい。
桃花が政宗の側に擦り寄ると、アンタにゃ敵わねえと政宗はくつりと笑って桃花の肩に腕を回した。
「母上、邪魔するぞ。」
「入りゃ。」
中から凛とした声が聞こえてくる。
障子戸に控えていた侍女がすっと開けると、お東の方が上座を譲るために立ちあがっていた。
「…桃殿も共に参ったか。」
「はい、義母上様。ご健勝そうで何よりにございます。」
「どれ、いろはを見せやれ。」
「義母上様の言う通りにございました。日に日に重くなっているので、腕がだるくなることが増えました。」
「然もあろう。おお、おお。いろはは寝ておるか。妾にその瞳は見せなんだか。」
「その着物は義母上様より頂いた反物にて作ったものです。いろはに似合っておりますか?」
「似合うておる。妾の見立てに間違いがあるわけがなかろう?」
「素敵なものをありがとうございました。」
「Hey… hey!」
政宗が目を剥いているのも仕方がないだろう。
この姑嫁はいつの間にこれほど仲が良くなったのか。
いろはを抱いて目を細める己が母など想像もしていなかった。
「…アンタら、いつの間に…」
「義母上様は何かと気にかけてくださっていますよ?」
「Really?」
「異国語は分からぬわ。」
「まことにございます。政宗様にも折りに触れ話してきましたが…?」
「…そうか。」
母の話になるとどうも体が拒絶するらしく、覚えがない。
政宗は疲れたように息を吐き出した。
よく聞く厄介な問題が己に降りかからないだけでも良しとするべきなのだ。
「それで、政宗。用とは何ぞ?」
「雪が溶けたらいろはの初宮詣をする。」
「そうか。ようやっと詣でる気になったか。」
「雪で閉ざされてちゃ、行けるもんも行けねえだろ。」
「言い訳するとは情けない。」
「おい…」
「政宗様!」
喧嘩腰になりそうになる夫を、桃花は慌てて止める。
小さく首を振った妻を見て、政宗は小さく息をつくと視線を母から外しながらつまらなさそうに言った。
「母上も参られるか?」
「…行かぬ。」
「義母上様?」
「I see.」
「政宗様!」
一言ずつの拒否に承諾。
短い会話に桃花は焦った。
こんなもので決まってしまっては困る。
「義母上様、いろはの初行事となります。是非見届けていただきとうございます。」
「…妾はよい。」
「そのようなこと仰られずに…。いろはも見ていただきたいと思っているはずです。」
「…」
「政宗様も、言葉が足りませぬ。」
「…母上自身が来たくねえって言ってるんだ。」
「政宗様!…いろはが可哀想です。」
「ぐっ…」
「お願い致します、政宗様。」
「…」
「義母上様。政宗様はいろはのことを伊達の長子と仰ってくださいました。その子の初行事ですので、多くの人に見届けて欲しいのです。ご足労をかけてしまいますが、ぜひ一緒に詣でていただきとうございます。」
「…そう言う事だ。母上…頼む。」
政宗の言葉に、お東の方は驚いたように視線を上座に向けた。
そこには、苦虫を噛み潰したような表情で己を見ている我が子がいる。
呆気にとられていたお東の方だったが、ふっと鼻で笑うと『よいだろう』といろはに一層目を細めて答えた。
「って事で、お東の方様も来たらしいよ。」
「…桃の方様は随分と逞しく…ごほん。」
「まあ、小十郎。何という事を申すのです!伊達に嫁がれた以上、政宗様を御するぐらいの心意気がなければ伊達が立ち行きませぬ。」
「あーあ、結局梵も桃の御方の尻に敷かれちゃうんだ。女って怖いねー。」
「成実様、それは少し違うと思います。」
「そーお?蔦殿は桃の御方に近いからそう感じるのかもねー。でもさー、梵すごく変わったよね。」
「よい方向に。でございますよね、成実殿?」
「もちろんだよ、喜多。だって見てよ、ほら。」
せっかくだからと参拝後に境内を歩いている政宗に視線を送れば、当主自らが赤子を抱いて目を三日月にしていた。
その後ろに、桃花とお東の方が並んで和やかについている。
「梵があんなに己が子を手放さないなんて想像できた?」
「…」
「できないよねー?」
「…」
「すきんしっぷってやつでしょ、あれ?すんごい密着具合。しまりのない顔しちゃってさー。あの姿で『奥州筆頭だ』とか言われても、信じられないって。小十郎、暫くは梵の近辺に気をつけてあげてね。」
「…そうだな。」
「間違いなく子煩悩だよね、梵って。」
「…否定はしない。」
苦い表情の小十郎も、面白いものを見つけたような表情の成実も、願う事は一つ。
政宗の幸せだ。
それを共に作る伴侶に恵まれて、それに手が届きそうで。
絶対的主君でもあり、幼いころから側で過ごしてきた馴染みでもあり、見守り続けている兄弟のような存在でもある政宗が慈愛と言う感情を覚えた。
その事実は奥州をより豊かにするであろう。
そして、何より政宗自身…いや、政宗と政宗の周りにいる存在の生を豊かにするであろう。
2017.04.10. UP
140000HITS記念リク。
小春日和様より『花は輝き月は笑む番外編、出産後子供にデレデレな伊達政宗』です。
デレデレになるのは女の子だろうと思います。
きっと『嫁には出さん!!』と赤ちゃんのころから言ってそう…。
政宗様が母親に頼み事をするという事が、もう天変地異ですよ!
愛娘のためにってところがミソ。
政宗様のことだから、新調する駕籠も着物もとっても派手なのにセンスがあるんでしょうね。
小春日和様、リクエストをどうもありがとうございました。
考えられていたデレデレとは少し違うかもしれませんが…。
こういうデレもありかな?と思っていただければ幸いです。
← * →
(40/42)
夢幻泡沫