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花は輝き月は笑む 番外編

蛇心の功名 01 



広間に集まったのは少なからない人数であるはずだが、誰一人として口を開こうとする者はいなかった。
代わりに目が驚きで開かれ、中には同時に眉を寄せているものもいる。
そんな中で、竜王の妻は瞳を輝かせていた。
用意された椅子に優雅に腰をかけ、組んだ手の先にある指は小さく動き、口元には微笑みが浮かんでいる。
たまに小さく揺れる隣にチラリと視線を流すと、政宗は満足そうに口角を上げた。
奥州は諸外国と貿易をしている。
その中の一艘に楽団が乗っていたのだ。
海上にいる時間はとてつもなく長く、船上では娯楽も少なく、そうなると必然的に雰囲気が悪くなってしまうことが多い。
それを少しでも回避するために、歌ったり踊ったりして楽しい雰囲気を作ろうと楽団を同乗させる船長がいるのにも頷けるというもの。
楽団の方も世界中を貿易で巡る中、交易先で祖国の音楽を紹介したりその地の音楽を学んだりすることが目的の一つなのだとか。
華やかな音色がうわっと爆ぜて終われば、真っ先に手を叩いたのは桃花だった。
倣うようにしてその場にいる者達も手を鳴らす。
政宗も拍手をするとお辞儀をしている細い棒を持った男に近づいた。

「面白いものを聴かせてもらった。」
「気に入っていただけましたか?」
「ああ、桃も喜んでいるぞ。なあ?」
「はい。とても良い音色でした。やはり本場は違いますね。」
「ありがとうございます、王妃様。」
「桃はピアノを嗜むから、余計に満足したんだろう?」
「ええ。繊細な音なのにオーケストラに負けていなくて、聞いたことのない曲でしたけど楽しませてもらいました。」
「ピアノ!?この地にもピアノがあるのですか?王妃様はピアノをお弾きになるので?」
「趣味程度のものですが…」
「驚きました。このような海を越えた遠い国にピアノが伝わっていたとは…。」

驚愕に目を丸くしていた男が、ピアノ奏者を呼ぶ。
にこにこと側に寄ってきたその者は桃花の前で深く頭を下げた。

「カルロスと申します。王妃様へご挨拶をする栄誉をお許しいただけますか?」

その言葉にほんの少し首を傾げた桃花だったが、合点がいったようにそっと右手を差し出した。
カルロスは恭しく掬い上げるようにして唇を寄せる。

「あっ、おいっ!」
「え…違いましたか?」
「…違っちゃいねえが…知り過ぎているのも困りものだな。」

苦々しい表情の政宗をよそに、間違っていなくてよかったと胸を撫で下ろす。
挨拶の口付けが終わった途端にすぐに手を引っ込めてしまうと、桃花は照れを隠すようにカルロスへ話しかけた。

「…どれくらいピアノを?」
「私の父は教会のオルガン弾きなのですが、新し物好きなものですからピアノは家にありました。ですので、物心がついた頃からずっとピアノと共に。」
「そうですか。…ピアノの調律はできますか?」
「はい。父より教わっております。」

彼の返事に考える素振りをした後、桃花は政宗の方を見た。

「…政宗様、お願いがございます。」
「なんだ?」
「頂いたピアノですが、だいぶ音が狂ってしまっているのです。彼に調律していただけるととても嬉しいのですが…」
「ピアノは音が狂うものなのか?」
「はい。長年使っておりますと、弦の張りが緩んできてしまうのです。おそらくあのピアノは、頂いた以前より一度も調律していないのでは…」
「Alright. カルロスと言ったな。」
「はい、陸奥国王陛下。」
「桃のピアノを見てやってくれ。追って日時を知らせる。」
「畏まりました。」

再度丁寧に辞儀をしたカルロスに桃花はよろしくお願いしますと嬉しそうに礼を述べた。



「…アンタ、マジで異国文化に慣れているんだな。」
「え…?何のことですか?」

夜の静寂の中、盃を傾けながら政宗は面白そうに妻へ話を振った。

「さっきまでのことだ。あんな大きな音色にも顔色一つ変えないどころか、身を乗り出さんばかりの勢いだったじゃねえか。小十郎の顔を見たか?あいつの眉間の皺、すげえことになっていたぞ。」
「片倉様の笛の音はとても静かですもの。」
「成は面白そうにしていたが、あの場にいたほとんどはまごついていたな。」

クツクツと笑って飲み干した政宗に銚子を傾けた後、桃花は懐かしむように障子戸を挟んだ向こうにある空を見上げた。

「…私が育ったところはどちらかというと洋風…異国の物の方が多かったんです。もちろん暮らしやすいように和風にアレンジされたものも多かったですけど。」
「Tableやchairか?」
「はい。椅子の方が座り慣れています。」
「だから輿入れの時に床几の用意を頼まれたのか。足が悪いって言ったのも同じ理由だな?」
「申し訳ありませんでした。床に直接座る文化が身の周りにはあまり残っていなくて…」
「Musicもか?」
「はい、今日の演奏の方が耳に慣れています。お琴や笛の方が貴重でした。」
「…挨拶も、か?」
「あれは…異国の挨拶はその国によっていろいろありますけど、初めての経験でした。」

そう言いながら小さく笑った桃花に政宗は首を傾げる。
どうした?と目で問いかけた夫にまた一献注いだ彼女は、小さな笑みを深めて目をくりと動かした。

「ふふ、怒らないでくださいませ。あの挨拶、実は少し憧れていたんです。だから実際されて驚きましたけど、嬉しかったなぁ…と。」
「Wait, wait!聞き捨てならねえなあ…」
「手の甲にキスをするのは敬愛の表現なんだそうですよ。まだ少女だった頃に、異国のお姫様が格好いい騎士にされている場面を絵で見たことが何度かあって。いいなぁ、されてみたいなぁ、と友人と一緒にはしゃいでいました。」
「…なら、knightよりkingにされた方が嬉しいだろ?」

銚子を白い手から除き、空いた指先をそっと包んだ。
驚いている桃花の瞳を見たまま手の甲に唇を寄せれば、ばっと離されそうになる。
その勢いをうまく利用して彼女を抱き寄せると、政宗はにいと挑発的に口端を上げた。

「いつまで経っても愛いな、桃は。」
「…心の臓に悪いです。」
「どれ?俺がcheckしてやるよ。」

赤く染まってしまった顔にゆっくりと近づき、閉じられた目を可愛く思い、薄く開いた唇を食む。
柔らかな膨らみに触れれば、確かに鼓動はいつもより速く。
楽しそうに笑った政宗に、桃花は恥ずかしそうに顔を横へ逸らした。


2018.12.13. UP




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夢幻泡沫