Main



花は輝き月は笑む 番外編

越鳥南枝胡馬北風 葉月 



コンコンと拙く音が響く。
明らかに慣れていない手付きにはため息も混じっていた。

「…難しい。」
「だから〜、俺様がやるって言ってるでしょ。桃姫ちゃんはやり方を教えてくれるだけでいいって。」
「駄目です!これは私が作るんです。」
「…頑固なんだから。」

頬を膨らましながら言う私に、佐助さんは苦笑を返した。
怪我をしたくはないので、真剣に金槌を持ち直してもう一度作り始める。



きっかけは幸村様の言葉だった。

「もうすぐ盆でござるな。」

いつものように濡縁で八つ時をいただいていると、幸村様がぽろりと口にした。

「お盆…ですか?」
「そうでござる。」
「お盆…そっか、もうそんな時期なんですね。」
「桃殿?いかがしたのであろうか?」
「あ、いえ。少し思い出していました。」
「…何を、と伺ってもよろしゅうござるか?」
「はい。お盆になると毎年灯籠を流していたんです。夜の闇に何十、何百という灯籠が揺らめきながら流れていて、とても綺麗なんですよ。」
「灯籠…とは石でできているあれでござるか?」

広い庭に景色と融合するようにして置かれている大きい石灯籠を視線で指しながら、幸村様が問う。
私は思わず吹き出してしまった。

「違いますよ。川に流すんです。石だったら沈んでしまいますよね。」
「む…」
「ええ…と、木の枠に雑紙を張り付けて、中に火皿を入れます。雑紙にはお経を書いたり、故人への想いを書いたりします。絵を描くこともありますね。」
「故人への想い?」
「…私がいたところでは、灯籠流しは送り火の一種でした。お盆ですから…させてもらってもいいでしょうか?」
「構いませぬ。某も桃殿と共に流してもよろしゅうござるか?」
「はい。一緒にしてもらえるのでしたら、嬉しいです。」

一人では寂しさが増してしまうかもしれない。
幸村様からの申し出はありがたかった。
佐助さんに頼んで材料を用意してもらい、準備に取りかかる。
そんなに大きい物ではないのに、思った以上に時間がかかってしまった。
丁寧に雑紙を貼り、乾くまで待つ。
送りたい人は大好きだった人。
気持ちを込めてお経や想いを綴った。



数日後、日が落ちるのを待って幸村様と佐助さんと一緒に馬で川の近くまで来た。
そこからは歩いて移動する。
佐助さんが松明を持って先導してくれた。

「桃姫ちゃん、足元に気をつけてね。」
「暗くて見えにくいでござろう。某の手に掴まって下され。」
「ありがとうございます。」

いつもより遅くなってしまっている私の歩調に合わせて、二人もゆっくりと歩いてくれている。
夜の川は水音が少しだけ怖かったが、ひんやりとして気持ちがよかった。
松明を消し、灯籠に灯を入れる。
雑紙を通して見えるぼんやりとした光になぜだか切なくなった。

「…少なくても綺麗ですね。」
「そうでござるな。」
「佐助さんは…」

灯籠はたった二つ、幸村様の分と私の分。
佐助さんは供養しだすとキリがない、と闇に紛れしまった。

「…あやつも思うところがあるのでござろう。しばし見ぬ振りをしていて下され。桃殿のことは某がお守り致す故。」
「…ありがとうございます。私、佐助さんに嫌な思いをさせてしまいましたね…」
「心配には及びませぬ。佐助も気にしてはおらぬはず。それより、これはどうすればよろしいのでござろうか?」
「あ、はい。そのまま浮かべましょう。」
「分かり申した。足元に気をつけて下され。」

川面に灯籠を置けば、ゆらゆらと揺れながら流れていった。
両手を合わせ祈る。
静かに目を開ければ、隣で幸村様も同じように灯籠を送っていた。

「…どなたを送っていたのであろう?」

暗い中で灯籠を見続けていると、ぼそりと幸村様が尋ねてきた。

「私ですか?」
「うむ。」
「大好きだった人です。私のことをずっと大切にしてくれ、心の支えになってくれた人です。」
「…そのように大切な方がいらしたのか。」
「はい。その人が逝ってしまった時はなかなか受け入れられませんでした。」
「それも無理はなかろう。」
「毎日思い出しては泣いていて、やっと…最近、今でもずっと見守っていてくれていると思えるようになりました。」
「気持ちの整理がついたのでござるな。」
「整理と言うか…いつでも一緒にいてくれると嬉しいなって…」

未だに心のどこかでその人に頼ってしまうことがある。
要するに依存なのだ。

「ここは、私がいた世界と違うから…本当は灯籠を流してはいけなかったのかもしれませんけどね。だけど、何か形にすることで…」
「…某は、故人とは思い出す者の心の内にいると考えております。さすれば、どこにいようといつでも側にて見守って下さろう。」
「幸村様…」
「不安に思うのも分かるでござる。なれど、桃殿が大切に思われている方はきっと側にいておいでのはず。」
「…そうだといいです。」
「気持ちが揺れてしまえば、その方の存在も危うくなってしまうでござる。桃殿が思われている限り、その方も側にいたいと望まれよう。」
「…ありがとうございます。幸村様はどなたを送られたのですか?」
「父上でござる。お館様の信も厚く、子の某から見ても立派な武人でござった。某などはまだまだ遠く及ばぬ故、精進せねばなりませぬな。」
「幸村様の父上様ですか。きっと素敵な方だったのでしょうね。」

優しく微笑んでいる幸村様に、ほんの少しだけ目頭が熱くなる。
淡く笑い返した私を見て、幸村様は一つ頷いた。



お盆の時期は心に風が吹く。
けれど今日の風は温かい。
それはきっと…


2014.08.01. UPIT
2016.08.11. EDIT



お盆の時期は通常13日〜16日の間だそうですが。
今年から祝日が増えましたよね。
そう、『山の日』!
その記念に本日UPしてみました。




(8/42)


夢幻泡沫