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もうキミ以外欲しくない
10
一見して仲がよいというのは分かった。
助手席から降りてきた茉季。
運転席から顔を出す男。
辺りを憚るように近づいた2人の顔。
見つめ合って綺麗に笑う2人。
5階のベランダからたまたま小さく目に入ってきた光景は面白くなかった。
そりゃ、茉季さんはすごく綺麗だから…。
彼氏の一人や二人、いたっておかしくない。
むしろ、いない方がおかしいと思う。
だけどそれを目の当たりにしてしまうと、気分は最悪だ。
「思っていたよりもずっと、嫌な気持ちだったな…。」
楽しみにしていた旅行もどうでもよくなってきた。
梓は溜息をつくとフェリーから降りた。
部屋割りをして荷物を置いてから、初日は自由行動となった。
波打ち際で遊ぶ兄弟、遠泳で競争する兄弟、砂で芸術作品を作る兄弟。
梓は椿と共に数年前に美和が購入したボートをチェックしに行く。
この島に来る目的の一つに、クルーズがある。
はしゃいでいる椿に適当に相槌を打ちながら砂浜を歩いていると、離れたところに茉季がいた。
日焼け防止のためかマキシワンピースにサマーニットのカーディガンを羽織り、大きめツバ帽子をかぶっていた。
輝く太陽の光に背を向けて、砂に膝をついて何かを探しているようだ。
ポートレートのような光景をつい梓が凝視していると、椿がすげーと隣で呟いた。
「なに、このいかにもって風景は。…茉季ちゃんってさ、モデルみたいじゃねー?」
「うん。」
「あんなキレーな子が近くにいてはしゃがねーのは男じゃない★ってことでー…」
「椿?」
突撃!と走り出した椿を梓は慌てて追いかける。
「茉季ちゃーん★」
「…え?あ、椿君。梓君も。」
「なにしているの?」
「え、と…貝殻を拾ったり、星の砂を探したりしています。」
「へー。かーいいことしてんねー★俺も混ざっていい?」
「僕も。」
「いいですけど…。お2人は何をされていたんですか?」
「俺達ー?母さんのフネをチェックしにいこうかなーって。なー、梓。」
「うん。」
「そしたら、途中で茉季ちゃん見つけてー★んで、今に至るわけ。」
「あ、じゃあ船…ですか?そっちを先に見てこられたらどうですか?私、しばらくはここにいるつもりですので。」
「…まあ、確かにそれもそうかも。椿、先に船に行こうか。」
「オッケー★でも、フネが終わったら茉季ちゃんと遊ぶからなー。」
勢いをつけて立った椿がポケットに手を入れる。
そのまま中をまさぐっていたようだが、段々と動きが鈍くなる。
「あ…あれ?え、あれ…っ!?」
「…どうしたの?」
「…」
「椿?」
「…鍵、忘れちったみたいー★」
完璧なテヘペロを披露しつつ、椿が頭を掻いた。
「…はあ、もう。別荘にあるんだろうから、取ってきて。」
「えーっ!?」
「椿?取ってくるよね?」
「…はーい…」
だるそうに腕を伸ばした椿が反転して戻って行く。
砂浜には梓と茉季が残された。
「…さて。椿が戻ってくるまで一緒に探していいかな、茉季さん?」
「ええ。」
「じゃあ隣、失礼するね。」
見上げてくる茉季の笑顔が眩しい。
目を細めながら、梓は隣へしゃがんだ。
茉季の手元を見ると、彼女が言った通りに小さな袋に貝殻や星の砂が集められていた。
「思い出?」
「え?」
「思い出として、集めているの?」
それと小さな袋を指して梓が言えば、首を傾げていた茉季はいいえと横に振った。
「コサージュを作る時の材料になるかなあと思って集めています。もちろん、これ一つずつでも可愛いですけどね。」
「コサージュ?」
「…あれ?言っていませんでしたか?私、コサージュ作家として働いています。」
「ああ、だから在宅なんだ。」
「はい。2部屋も取ってしまってすみません。」
「そんなの気にしなくていいよ。と…これなんかどう?」
「素敵ですね。大きめの貝殻だから、小さいお花で飾ってあげると映えそう!ありがとうございます、梓君。」
「どういたしまして。」
嬉しそうに受け取った茉季は、梓が拾った貝殻を丁寧に袋に入れる。
2人がいる辺りは大体探したので少し移動しようと茉季が立ち上がろうとすると、急に目の前が白んだ。
その後はフェードアウトするように暗くなっていく。
視界と足元が定まらず、茉季の体が傾いだ。
「…わっ!」
来るはずの痛みを覚悟していた茉季の耳に、すぐ近くから焦った声が聞こえた。
体は倒れたはずなのに、不思議と痛みは襲ってこない。
「茉季さん…だ、大丈夫?」
「っ…!?」
ギュッと閉じた目を開けると、茉季の目の前に整った顔がある。
紫の瞳が心配そうに彼女を見ていた。
どうやら倒れそうになった茉季を、梓が咄嗟に体で受け止めたようだ。
おかげで茉季が梓を押し倒すような格好になってしまっている。
「ご、ごめんなさい…!!」
「大丈夫?」
「はい。…急に立ったせいか、立ちくらんだみたいです。平気です。」
「立ちくらみって…それは全然平気じゃないでしょ。」
「いえ、本当に大したことないですから。それよりも、梓君こそケガはないですか?すみません、私…」
「…いや、ケガは…ないんだけど…」
上から覗き込むようにしている茉季に、梓は言い澱む。
…だって、ほら…
体勢が、ね…?
僕の上に茉季さんがいるんだよ?
ワンピースの胸元が大きく開いてるし、その…腰が密着しているし。
茉季さんの綺麗な顔が目の前にあるし…
「梓君…?」
「ええと…ごめん。この体勢は、ちょっと…その…」
「…っ!?すぐどきます!!」
頬を赤く染めて言いづらそうにしている梓に、茉季の顔も火を吹く。
真っ赤になって慌てて腕に力を込めたところで、叫び声が聞こえてきた。
「あー!!なんか俺の知らないうちに、2人でイチャイチャしてる!!ずるーい!そーゆーのー、マジ許せなーい!!」
「えっ!?つ、椿君…!?」
「俺もまぜろ!俺も梓と茉季ちゃんとイチャイチャしてやるっ★」
「きゃあっ!?」
突然、背中に衝撃が来た。
耐えきれずに茉季の腕がガクリと折れる。
重力に逆らえず茉季の身体が梓の上に完全に乗っかってしまった。
「ちょ、ちょっと!椿!!重い…っ!!」
「なんだとーう、重いとは失礼だな〜★」
「つっ、椿君!本当に重いです…っ!」
「そんなつれないこと言うなよ、茉季ちゃーん♪…あれ。茉季ちゃんの腰ってば細っこいのー。俺、いけない気分になっちゃいそー。」
「ちょ…」
「梓はー?くっついてる茉季ちゃんのムネとか、どんな感じだよ?ドキドキしちゃったりしないのー?」
「…っ!」
椿ってば余計なこと言って!
意識しないようにしているんだから!!
こんな体が密着した状態でカラダが反応したら…!!
「椿!!悪ふざけはいいかげんにして!」
「わー!梓に怒られたー…。」
「ほら!早くどいて!」
大きな声で注意をする梓に、椿はすごすごと2人から離れた。
梓の上にいる茉季の腕を取って立たせると、パンパンと服に着いた砂を払う。
その間に梓も自分で立ち上がった。
「まったく…。僕はいいけど、茉季さんは女の子なんだから。椿が上に乗ったら、身動きとれなくて苦しいでしょ。ましてや、立ちくらみを起こしたばっかりなんだから。いたわってあげないと。」
「あ、いえ…」
「せっかく、いちゃいちゃしてたのにー…。」
「つ、ば、き?茉季さんにちゃんと謝って。」
「う…。さーせんしたー。」
「いいえ、大丈夫です。元はと言えば、私が倒れ込んだのがいけなかったんですから。」
赤くなったままの頬を両手で隠すようにして、茉季はブンブンと顔を振る。
「…顔、冷やしてきます。梓君、本当にごめんなさい。」
早口でそう言うと、茉季はタタッとその場から走り去った。
「ありゃ、行っちゃった…。照れちゃうとか、かーいいね★」
「椿?」
「う…梓ー、マジごめんってばー。」
「はあ…まったく、もう。」
「でもさー、茉季ちゃんスタイルもよかったなー★」
「…その点は同意するけど。」
「だろー?やっぱ男としては、あーゆー女の子とシ…」
「椿、下品だよ。」
「でも健全なオトコとしては…」
「椿…?」
「…鍵持ってきたし、フネに行こうぜ★」
「そうだね。」
弟の肩を抱くようにして歩き出した椿に、梓はひとつ息を吐き出した。
目の前の茉季からかかった甘い息と、押し付けられた胸の感触は当分忘れられそうにない。
茉季さんに彼氏がいても…。
それでも僕は茉季さんのことが、きっと…。
2016.06.30. UP
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夢幻泡沫