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もうキミ以外欲しくない
11
旅行から帰ってきたら、またいつもの日常が戻ってくる。
社会人組は仕事の日々、学生組は残り半分を切った夏休みを思い思いに過ごしていた。
茉季もまた部屋に籠りコサージュ作りの毎日を過ごしている。
嬉しい悲鳴というもので、サロンには絶えず客が来ていた。
その中に茉季の驚く人物がいた。
『今すぐ来い。』
『え?』
『いいから来い。2時間以内な。』
『…厳しいんですけど。』
『残り1時間58分。』
『えー!?』
『残り1時間55分。』
『…分かった。頑張る。』
状況を理解できないまま急いで身支度を整えて、家を出たのが2時間前。
サロンにいた客に茉季は目を丸くした。
「おとうさん!?」
「ああ、茉季。今日はいないって凪君から聞いてたけど、来たんだね。」
「…その凪君に呼び出されたのよ。いらっしゃいませ。美和さんもようこそいらっしゃいました。」
「こんにちは、茉季ちゃん。お仕事の邪魔をしちゃってごめんなさいね。」
「あ、いいえ。気になさらないでください。それで…今日は…」
「茉季、来たか。」
飲み物を用意していたのか、奥からトレイを抱えて凪が席に戻ってくる。
「…呼び出したのは凪君でしょ?おはよう。」
「おー。まあ、座れよ。麟太郎さん達は、今日はお客様だぜ。」
「お客様…?」
「凪君達のお店は評判がいいんだよ。だから美和さんのウェディングドレスを頼もうと思ってね。」
「ああ、なるほど。そういうことね。お式っていつ?」
「11月の初めだよ。」
「改めておめでとうございます、麟太郎さん。」
「ありがとう、凪君。」
「レンタルのドレスを少し見させていただいたのだけど、センスがいいものを取り揃えているから楽しみだわ。」
「ありがとうございます。日本有数のアパレルメーカー社長に褒めていただけて光栄です。」
「お若いのに立派に経営されていて感心するわ。それはそうと、茉季ちゃんはここでコサージュを作っているのでしょう?」
「はい。」
「それなら絶対にドレスにコサージュをつけてもらわなきゃ!あっ、ヘッドドレスも作れるかしら?」
「ご要望があれば、おつくり致します。」
「まあ!それは楽しみだわ。」
ニッコリと笑う美和さんの顔を見ると作り手としてやる気が出るし、とても励みになる。
茉季も微笑み返し、凪に相談の場を譲った。
「それでは、当店デザイナーと詳しく打ち合わせをしてください。…社長。私、ヘッドドレスの資料を持って参ります。」
「ああ、頼む。」
仕事モードに入ると、凪と茉季は社長と従業員の関係に戻る。
客である美和と麟太郎に柔らかく会釈すると茉季はサロンの奥へと資料を取りに入った。
美和のドレスは彼女のイメージにピタリと合った華やかなものになった。
純白の布をふんだんに使い、ベアトップの右胸と腰裏に大きなコサージュをつけることになった。
同じ花を使ったヘッドドレスも合わせて注文され、茉季も資料を開きながらデザインに参加した。
「うふふ、楽しみだわ。デザインはもちろんだけど、茉季ちゃんのコサージュやヘッドドレスがとってもね。」
「ご期待に添えるように頑張ります。」
「やあねー。固いわよ、茉季ちゃん。打ち合わせは終わったのだから、仕事はもう終わり。」
「…ありがとうございます、美和さん。でも、今日はじめて11月に挙式だって聞きましたけど。」
「ついさっき、式場と打ち合わせして決まってね。息子達にはこれから連絡するわ。」
「そうなんですか?雅臣さん達も驚くでしょうね。」
「自分の挙式ですもの、私の好きなようにしたいわ。きょーちゃんはきっと気をもむでしょうけど、まーくんに抑えてもらうつもりよ。」
悪戯を仕掛けるような笑みを浮かべる美和に、茉季もクスクスと笑いを零す。
「茉季ちゃんのところのドレスを着るっていうのはまだあの子達には内緒にしておいてね。」
「はい、分かりました。」
「それにしても…こんなによくしてもらっちゃって。何かお礼ができないかしら?」
「そんなっ!お客様が喜ばれることが、私達も一番嬉しいんですよ。美和さんも分かってくれますよね?」
「まあ、そうね。それなら好意に甘えておくわ。りんくんのタキシードもこちらで作ってもらえるなんて、よかったわね。」
「ああ。凪君達にお世話になれるなんて嬉しいよ。」
「こちらこそ、当店を選んでいただきありがとうございます。納得してもらえるような出来に必ず仕上げます。」
「茉季がずっと一緒に働いている人達だからね。信用しているよ。」
「ありがとうございます。」
「っと、りんくん。申し訳ないけれど、これから取引先との約束があって。私はこれで失礼させていただくわ。」
「僕が送っていくよ。じゃあ凪君、茉季、よろしくお願いするね。」
「ありがとうございます。お気をつけてお帰りください。」
「おとうさん、そこまで見送るわ。」
サロンのドアを開けながら茉季は両親を待つ。
支度ができた2人は、幸せそうに店を後にした。
2016.07.21. UP
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夢幻泡沫