Main



もうキミ以外欲しくない

13



相手が選んだ服装を着て、その人を待つのはとてつもなく恥ずかしい。
茉季はソワソワしながら映画館近くのカフェに入り、小さく溜息をついた。
さきほど梓に着いたと連絡を入れたところ、もう少し時間がかかりそうだと返ってきた。
それなら近くのカフェで待っている、と送り返して店に入った。
カフェモカを頼み空いている席をとると、荷物を横に置きバッグから本を取り出す。
茉季は電車移動をする時、いつも本を持ち歩く。
時間潰しに最適なのだ。
背もたれに寄りかかり目を落とすと、茉季は本の世界に入った。



することがいちいちサマになるんだな、と店に入った瞬間に目に飛び込んできた彼女の姿に嘆息が漏れる。
予定より伸びてしまった仕事に多少イラつきながらも、待ち合わせのカフェに早足で向かった。
自分からデートに誘っておきながら女の子を待たせるなんて格好つかないな。
そんな苦い思いを抱きながら入った店ですぐに茉季を見つけた。
どこにいるのかな、なんて探す間もなかった。
『好意』というフィルターもあるだろうけれど、茉季は周りにいる誰よりも綺麗だった。
周りの視線も集めていた。
それなのに、彼女は自分には関係ないとばかりに本を読み耽っている。
さざめいている周りに見向きもしない。
そんな茉季が纏っているのは自分が選んだ服。
『男は自分の服を彼女に着せたがる』とよく聞くが、自分が選んだ服を着ているのもなかなか…。
梓の口が自然と弧を描く。

「茉季さん、お待たせ。」

そう言って茉季の向かいの席に座れば、周囲から聞こえてくる落胆や嫉妬の息遣い。
もうそれだけでイイ気分だ。

「…梓君。お疲れ様です。」
「ありがとう。ごめんね、待ったでしょ?」
「…でも、本を読んでいたから気にならなかったですよ。」
「そう?でもやっぱり待たせちゃってごめん。」
「気にしないでください。もう映画館に入りますか?」
「うん、そうだね。だいぶいい時間になってきちゃったし。」

梓の言葉に本を片付けた茉季は、隣に置いた荷物を持つ。
その量に梓の目が大きくなった後、乾いた声で尋ねた。

「…結構な量だね。どんな用事だったの?」
「コサージュの材料を買いに問屋さんまで行ってきました。ついでにアレもコレもって…気がついたらこんな量になってしまって。お買い物をするといつもこうなっちゃうんですよ。」
「ふふ、女の子ってそうみたいだね。僕、車で来てるんだ。一度、荷物を置きに行こう?それから映画館に入っても遅くないでしょ。」
「…ありがとうございます。」
「どういたしまして。荷物もつよ、貸して?」
「あ、大丈夫です。自分で持てます。」

断って歩き出した茉季の手から紙袋を取りあげると、梓はスタスタと歩き出した。

「あ…梓君、荷物っ…!」
「ほら、茉季さん。こっちだよ。」

茉季を待つように歩くのをやめて梓が振り返る。
満足気に笑う顔が実に楽しそうだ。
世間でイケメン声優と言われているだけある。
そのスラリとした立ち姿に茉季の体がドクンと震えた。



隣からたまに息を飲んだり、洩らしたりする音が聞こえてくる。
茉季はチラリと顔を向けた。
見えた横顔は真剣そのもので、その顔もまた格好いい。

…さっきからずっとこの調子。
梓君を見ると胸が弾むというか…ドキドキが止まらない。
原因は…うん、分かっている。
私だってそれなりに恋愛経験があるのだから、この気持ちが何なのかぐらいは承知している。
だけど急に…というか、意識しだしてしまったらもうダメ。
綺麗な顔も、涼やかな態度も、優しいところも、少し意地悪なところも、わりと強引なところも…
いやいや、朝日奈家はダメだから。
梓君は恋愛対象外、梓君は恋愛対象外…

頭の中で呪文のように唱えていた茉季の視線はずっと梓に向かっていた。
それに気づいたかのように、梓が茉季を見た。
どうしたの?と小首を傾げる様子にまたドキンとしたが、何でもないと小さく首を振る。
上映中に小声とはいえど喋るのはマナー違反だ。
話せません、と茉季がうっすらと笑い唇に人差し指を立てて意思表示をする。
分かったというつもりなのか小さく頷いた梓は、ニヤリと笑うと唇にあたっている茉季の手を握った。
茉季が驚いて目を丸くする様子が、瞳に映る光の加減で分かる。
可愛らしい反応に梓は肩を震わしながらスクリーンを指した。
茉季の手は上映中ずっと握られたままだった。



「それで、さっきはどうして僕を見ていたの?」

そんな質問に茉季は手に持っていたカトラリーを落としそうになった。
目の前で食事を取っている梓に恐る恐る目を向ければ、涼しい顔を茉季に向けている。

「うん?どうしたの、そんなに慌てて。」

ギョッとしながら自分を見る彼女にしれっとして問い返すと、茉季は梓君ってたまに意地悪ですよねと悔しそうに呟いた。

「…真剣に観ているなあ、と思って。」
「ああ…うん。作品も面白かったんだけど、あの中に出てくる一人が前にお世話になった先輩が演じていたんだ。」
「そうだったんですね。」
「うん。出演しているのは知っていたけど、普段よく演じているタイプとは正反対のキャラで…。幅広く演じることができるのは勉強になるな、と思った。…すごいな。」
「それは、私から見た梓君だって同じです。アニメやゲームでいろんな演技をしていて、聞き入ってしまうことが多いです。」
「…そう?」
「はい。前に梓君のファンの知り合いがいるって話したことがありましたよね?」
「うん。」
「今、その子から色々と借りて聞いているんです。明るい高校生の役だったり、クールな30代のキャラだったりで…。普段の梓君の声を聞いている分、いろんな声を使い分けていることに驚きました。」
「そっか…どうもありがとう。茉季さんに褒めてもらえるのは嬉しいな。」

照れたのかミネラルウォーターをコクリと飲んで、梓は茉季に向かって微笑んだ。
茉季は茉季で、円香から情報を得るようになって梓に興味を持った。
双子の兄にはあまり興味がないのになぜ?と聞かれてしまえば、茉季も首を傾げるしかないのだが…。
そもそもなぜ声優を目指したのか、梓の根本的なところを知りたかった。

「あの…どうして声優になろうと思ったのか聞いてもいいですか?」
「…。」

茉季の質問に梓は考え込むように食事を止める。
2人の間に流れる空気にピリと緊張が走ったようで、茉季は後悔をした。

「すみません。余計なことを聞いてしまいましたね。今の質問は忘れて…」
「…ううん、そういうわけじゃないけど。あまり声を大きくして言える理由じゃないのは確かかな。でも…」
「…でも?」
「茉季さんには話せるかも。聞いてくれる?」

存外、穏やかな声で梓が話し出す。
きっかけは椿だったこと。
高校卒業後に、生まれて初めて双子の兄がいない日常生活に放り出されたこと。
それが随分と味気なかったこと。
大学に進学したからと言って、目標もやりたいことも見つからなかったこと。
そんな時に椿に声をかけられて、軽い気持ちで声優業界に入ったこと。

「でも…始まりがそんな感じだったからか、イマイチ仕事に対して本気になれないって言うか…。きっと僕より声優業が好きで、僕より努力してる人なんてたくさんいるのに。なんで僕がここにいるんだろうって思う時があって。本当は僕なんかマイクの前に立つ資格もないのかも…。」
「そんなことないですよ。」
「…え?」
「資格があるとか、ないとか…きっとそういうことではないです。梓君の声を聞きたい人がいるから、だからそのために梓君はマイクの前に立つんですよね。」
「そっか…」

いつも冷静でクールな梓が零した弱音。
その相手が自分だということに、茉季は驚きながらも嬉しかった。
フォローになっているか分からないようなことを言った後で、ふと思う。
声優業の大変さを何も知らないのに言った言葉は、梓を軽んじているのではないか。
上辺だけの言葉になってしまっていないか。
生意気なことを言わなければよかったと、茉季の眉が情けなく下がった。

「…声優さんのお仕事のこと、何も知らないのに偉そうにしてすみません。」
「ううん…ありがと。そう言ってもらえると、少しは心が軽くなるよ。」
「そうですか?」
「うん。」
「それならいいんですけど…」
「…」

明るさの戻った目が茉季を捕らえる。
前に座っている彼女を、梓は緩やかに笑いながらじっと見つめた。

知ってほしい、僕のことを。
知りたい…茉季さんのことを。
もっと、たくさん。

「梓君…?」
「…茉季さんと一緒にいるとドキドキするし、緊張するし、照れるし…嬉しい。だけど、キミといると安心もするんだ。どうしてなんだろうね?」
「え…と…あ、の…」
「…ねえ、声優の仕事を知らないって言うなら…知ってよ。僕のこと、もっと知って。…僕は茉季さんのこと、もっと知りたい。」

扇情的な光を瞳に映しながら、梓は真っ直ぐに茉季を見つめて言う。
その強い瞳といつもより低い声に、茉季の背中がゾクリと粟立った。


2016.09.01. UP




(13/25)


夢幻泡沫