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もうキミ以外欲しくない
15
「美和さん、素敵…」
ほう…と、茉季の口から自然に溜息が出た。
秋の柔らかな日差しの中で、純白の花嫁がいっそう輝いて見える。
茉季がオーダーされていたドレスを今朝一番に美和に届ければ、お返しとばかりに特注のドレスを渡されてしまった。
『娘ができたら絶対に着せようと思ってたドレスなの!』と言われてしまったら断れない。
ありがたく頂戴し、これまた『今すぐ着てみせて!』とせがまれるままに着替える。
美和の要望を一通り聞いたら満足したようだ。
今度はウェディングドレスを着た彼女の最後の調整を茉季が行う。
その間に琉生がヘアメイクを進めていた。
大切に持ってきたヘッドドレスの角度を細かくチェックしながらつければ、今日の主役が大きな輝きを放った。
「うん、キレイ。」
「るーちゃん、茉季ちゃん、どうもありがとう!とっても嬉しいわ。」
「こちらこそ、関わらせていただきありがとうございました。それから、本日は誠におめでとうございます。」
「もう、茉季ちゃんってば!そんな営業っぽい挨拶は止めてちょうだい!」
「…ふふっ。おめでとうございます、美和さん。」
「ありがとう、茉季ちゃん。『ママ』って呼んでくれて構わないのよ?」
「ママ、ですか。え…と、検討しておきます。」
「母さん。茉季さんの髪、ここでアレンジしてもいい?」
「いいわよ。もうすぐりんくんも来る予定だから、それまでに綺麗に仕上げちゃいなさい!」
「うん、まかせて。」
そんな会話の後、茉季もあっという間に華やかに仕上がった。
「まー!まー!まー!茉季ちゃんって本当に綺麗ねー!!」
「…そうでしょうか?」
「そうよ、悔しいぐらいだわ!でもこれで次の花嫁さんは茉季ちゃんに決まりっ!ブーケ、後で受け取ってね。」
「え!?」
「ブーケを渡された人が次の花嫁になれるっていうでしょ?お祝いごとは続いた方がいいものね♪次はあなたの番よ。」
「はあ…」
「そうよ!息子達の中で気に入ったのがいれば、いつでも式を挙げてくれて構わないのよ。どうかしら?」
「あの…」
「例えば、この間デートしたあっくんなんかどうかしら?」
「あ、梓君っ…ですか!?」
いきなり名前を言われて茉季の頬が朱く染まる。
彼女の動揺ぶりに美和はニンマリと嬉しそうに笑った。
「その反応は…脈ありかしら!?」
「…」
「うふふ、可愛いわね。」
「…朝日奈家の人達とそういう関係には…」
「あら、そんなことは気にしなくてもいいのよ。幸い、私もりんくんも世間体なんてまったく気にしないし。」
「あ、あの…」
茉季の言葉が詰まる。
美和はどう?という顔で、彼女のことをじっと見つめていた。
いたたまれない空気に茉季は逃げ腰になる。
「…外の空気を吸ってきます。おとうさんが来たらよろしく言っておいてください。」
後ずさりするようにしてドアに向かうと、勢いよく開ける。
そんな茉季を美和は温かい目で見送った。
豪華なホテルを堪能しながら向かう先はチャペル。
人がいないであろうそこは、きっと静寂に包まれているはずだ。
迷走している頭を冷やすのにちょうどいいだろう。
足早にそこへ向かえば、予想通り静かな空間が彼女を出迎えた。
茉季は誘われるようにチャペルの中ほどまで行くと、ぐるりと辺りを見渡した。
正面の壁を彩るステンドグラス。
華やかでいて清らかな光を投げかけるシャンデリア。
その光を受けて輝く銀の燭台。
来賓席を飾る白い花。
自分の心が落ち着くのが分かる。
凪いだ心で祭壇を見ていると、不意に後ろから無愛想な声が茉季を咎めた。
「誰だ、オマエ?」
一気に現実に引き戻される。
反射的に振り返った茉季を見るなり驚いたように目を大きくしたのは、黒のスーツを着た男性だった。
明るい髪と独特の光彩の目が印象に残る外見。
どこかで見たことあるような…とじっと見ている茉季に、その人は居心地が悪くなったのか彼女から視線を逸らした。
「…」
「…」
「あの…」
「出てけ。」
「え?」
「人ンちの結婚式場に部外者が入るんじゃねえよ。」
「…え…あの…」
顎でクイと扉の方を指したその人は、参列席に座ると茉季を見上げる。
「早く出てけ。他のヤツらが来る前に、な。」
ここで間違っていないはず。
私にも招待状が届いたのだから、参列してもいいはず。
けれど、『部外者』と言う言葉が茉季に刺さる。
それに関しては彼の言う通りなのだ。
兄弟達の中にはもしかしたら彼のように、私が参列することを心の中で不快に思っている人もいるかもしれない。
「…すみませんでした。」
茉季は頭を下げるとチャペルから出た。
おそらく美和の息子であろうその人から参列を拒否されてしまえば、茉季は参加できない。
どうしようかと悩んでいるところで、LINEがとんできた。
目を通した茉季はどこかホッとしたようにホテルの出口に向かう。
たまたま会うことができた父親に、結婚の祝福と参列できない詫びを何回もするとホテルを後にした。
「あれー?茉季ちゃんはー?」
「ほんとだ。まだ来てない、ってことは…」
「えー!?だってもう始まるぜ?」
「どうしちゃったんだろうね。まさかどこかで事故にあったとか…?連絡入れてみた方がいいかな?」
新郎側の席に誰もいない。
椿と梓は互いに顔を見合わせて首を捻った。
2人は仕事があったために現地集合ということでこのホテルに来た。
兄弟達で予定を確認した時に、茉季は美和のウェディングドレスを会場に運ぶと言っていた。
だから他の兄弟達より早く家を出る、とも言っていた。
それなのに、彼女の姿が見えない。
「琉生ー、茉季ちゃんは?」
「茉季さん…?いたよ。母さんのドレス、仕上げてた。僕、髪をセットしてあげた。」
「ということは、まだ母さんと一緒にいるってこと?」
「ううん。だいぶ前の、話。茉季さん、僕より先に、部屋を出た。」
「えっ!?じゃー…」
「オマエら、一体なんの話をしてるんだ?チャペルの中なんだから静かにしろよ。」
うるさそうに眉を寄せながら話に入ってきたのは、兄弟達の中で一番初めに来た彼だった。
「あー、棗。いたの?」
「おい。」
「棗、いたんだ。半年ぶりぐらいかな?」
「こら。」
「茉季ちゃん、心配だなー。」
「連絡入れた方がいいかな?」
「だから、その茉季ってヤツは誰だよ。」
「あれー?棗、知らないのー?」
「椿…どうせオマエが内緒にしてんだろ、梓もグルで。さっさと教えろ。」
ニヤニヤと笑っている椿に深く溜息をつくと、棗は梓を見た。
「梓も止めるとか、自分が言うとか考えろよ。」
「だって、棗だし。」
「…オマエ、本当に性格悪いよな。俺限定で。で、茉季って誰なんだよ?」
「えー!?俺ら三つ子なんだしー、分かってもいいんじゃねー。なんちゅーか、直感で?」
「分かるかっ!!」
「棗、静かに。茉季さんはね、僕達の新しい兄弟。光兄さんと同い年だよ。」
「はあっ!?」
「すっげーキレーなんだぜ★」
「ちょっと待て、オマエら…そんな大事なことを俺に言わなかったのか?」
「だって、棗だし。」
見事にハモって答えた双子の兄に、棗は自分が憔悴するのが分かった。
「…もういい。あー、てことは…もしかしてアイツが…」
「なになにー?棗、心当たりでもあるのー?」
「心当たりと言うか…なあ、その茉季ってヤツ。黒い髪を纏めてて、頭に花つけてて、薄い色のドレス着てて、足が細くて…あー、とにかく美人なヤツか?」
「よく分かんねー情報出してくんなよー。なにそれ、今日の茉季ちゃんの格好なのー?梓、確か茉季ちゃんの画像持ってたよな?」
「ああ、うん。…この人だけど。」
そう言って見せられた画像に、脳がヒヤリとする。
棗は露骨に顔を歪めてスマホを梓に返した。
「…マジか…やべえ…」
「どうしたの、棗?急に顔色悪くなったけど。」
「…」
「棗?」
「…ソイツ、ここに来てた。だけど新しい兄弟だって知らなかったから、俺が追い出しちまったぞ。」
「え!?」
「しょうがねえだろ!新しい兄弟ができたなんて誰も言わなかったんだからな!」
「棗…キミって…」
「サイテー!」
「ちゃんと知らせなかったオマエらにも責任があるっ!!」
軽蔑の眼差しを向けられて、棗ががなり立てる。
そんな弟を無視して、梓は茉季にメールを送った。
さっきの変な男はキミの弟だよ。
棗が嫌なことを言っちゃったみたいでゴメンね。
みんな待ってるからおいで。
一緒に母さん達を祝おう。
けれど、何通も送ったメールに返信は来なかった。
嫌な予感がする。
司会を頼まれた披露宴中でも、梓の気はそぞろだった。
華やかな余韻を残したまま大急ぎでマンションに戻れば、そこには『しばらく帰りません』と簡潔に書いたメモが残されていただけだった。
2016.10.13. UP
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夢幻泡沫