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もうキミ以外欲しくない

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しばらくすると、一旦休憩の掛け声が聞こえてきた。
それを合図に現実離れした空間が一気に元に戻る。
機材やら小道具やらを動かしているスタッフの横で茉季と凪が談笑していた。
そこへ琉生が話しかけ、茉季に何か話すと三つ子の方を見た。
こっちこっちと手招きしてきた弟に、梓達は何となく足並みを揃えて向かった。
3人がくるのを待ち受けていた茉季は、ペコリと頭を下げると椿と梓に笑顔を向けたあとで棗に挨拶をした。

「…梓君、椿君、こんにちは。お久し振りです。それから、棗君…ですか?初めまして、茉季と申します。」
「あ…どうも。初めまして。」
「先日は不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「…あ、いや…」
「棗、違うでしょ。なんで茉季さんが謝ってるの?棗がきちんと謝って。」
「…分かった。俺の方こそ麟太郎さんの娘とは知らずに悪かったな。」
「棗。」
「…スミマセンデシタ。」
「いいえ、気になさらないでください。部外者なのは事実ですから。」

茉季の一言に梓がピクリと反応する。

「え?」
「…何でもありません。」
「そう?ほら、椿も。」
「茉季ちゃん、ごめんね。嫌な思いさせちゃって。」
「え?椿君が私に…嫌な思い?心当たりないんですけれど。」
「あー…『円香ちゃんが妹としてうちに来ればよかった』って…」
「…ああ、それですか。椿くんは妹萌えなんですよね?円香ちゃん可愛いし、円香ちゃんが妹だと楽しそうだし、私も妹になってほしいくらいですから全然気にしていませんよ?」
「そっかー!よかった★」
「椿?」
「梓ー…ちぇー、分かったよ。茉季ちゃん。ごめんね、反省してます。」
「分かりました。椿君も棗君も気にしないでください。」

梓に冷たい視線を送られながら謝ってきた2人に、茉季はニコリと笑いかけた。
その笑顔に梓は安堵する。
そうしたら、今度は段々と茉季に腹が立ってきた。

自分がこんなに心配をしていたのに、彼女は何でもないように笑って終わらせて。
メールも電話もたくさんしたのに、1回も出なかったし。
こんなに心配したんだから、理由を聞く権利ぐらいあるよね?

梓はコホンと咳払いすると、茉季に問いかけた。

「それにしても、『しばらく帰りません』だなんて驚いたよ。」
「え?」
「メモにそう書いたでしょ?」
「ああ、あの時は急いでいたのでそれしか書けなかったんです。落ちついたら連絡入れようと思っていたんですけど、なかなか落ち着けるタイミングもなくて…」
「僕、たくさん連絡入れたけど?」
「そうだったんですか?すみません、スマホを見る時間もなくて。」
「どこにいたの?」
「サロンですけど…」
「茉季、話しているとこ悪い。」

梓がこれからゆっくり聞き出そうとしていた時、慌てた様子で凪が割り込んできた。

「ううん。なに?」
「急にお客様が来たって。俺、戻るわ。」
「お疲れ様。じゃあ撮影はおしまいでいいの?」
「いや、茉季はまだ残って撮ってくれ。」
「ええっ!?」
「ええっじゃねーよ。バリエーションが売りのドレスなんだから、それを撮らなきゃ意味ねーだろ!おまえ綺麗なんだから、存分に撮ってもらえよ。」
「…おだててもダメだし。一人で撮るなんて嫌なんですけど…」
「おだててねーよ。ホントのことだろ?嫌でもやるんだ!いいな!?社長命令だっ!!」
「横暴っ!」
「特別手当つけてやるから、頼んだぞ!で、悪いんだけど終わったらサロンに戻って手伝ってくれ。」
「…了解。凪君、お疲れ様。」
「おう、わりーな。よろしく。」

ニカっと笑って茉季の頭にポンと手を置くと、凪はバタバタと行ってしまった。
困ったように肩を竦めると、茉季は苦笑しながら弟達を見る。
その視線を読み取った琉生が茉季の髪飾りを取りながら聞いた。

「茉季さん、着替える?」
「ええ。ごめんなさい、着替えに行きます。」
「ごめんね、その前に一つだけいいかな?」
「はい。」
「今日は帰ってくるよね?」
「いいえ。まだまだ落ち着きそうにないので、サロンだと思いますけど。」
「梓ー、しょーがないだろ。仕事なんだからさ。」
「それにしても…」
「ふふ、すみません。でも、そうですね。そこまで言ってくれるのだし、梓君が相手役をしてくれたらマンションに帰ってもいいですよ。」

クスクスと笑いながら茉季がからかうように言う。
それに反応してピクリと眉を動かした梓は、逆に挑発するような笑みを浮かべて提案に乗ってきた。

「へえ?それで帰ってきてくれるならお安い御用だよ。琉生、衣装はあるの?」
「うん。」
「え?あ、ちょっと…」
「どうしたの、茉季さん?そんなに慌てて。じゃあ僕、支度をしてこようかな。また後でね。」

フフっと楽しそうに笑うと、拒否する間を与えずに梓は琉生を連れて屋敷の中に入っていってしまった。

「…あ、の…冗談…なんですけど…」
「…梓のヤツ、イイ笑顔だな。」
「ダメだよ、茉季ちゃん。梓、そ−ゆーの受けて立つタイプなんだから。」
「まあ…なんだ、その。ご愁傷様。」
「…着替えてきます。」

自業自得とは、正にこのこと。
茉季は深く溜息をつき、椿と棗に疲れた表情で会釈をすると着替えに戻った。


2016.12.01. UP




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夢幻泡沫