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もうキミ以外欲しくない

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茉季の着替えはそんなに時間をかけなくていい。
今回のドレスは十二単をテーマとしているので、外側の布を変えるだけで衣装の雰囲気もガラリと変わる。
それに合わせて髪の飾りも変えれば、まるで新しいドレスに見違えるぐらい印象が変わった。
髪型は比較できるようにわざと同じにしたままだ。

「へー、今度はかーいくなったね★」
「ありがとうございます。外側の色が変わるだけで、雰囲気ががらりと変わりますよね。まだ見て行かれますか?」
「いや、俺はもう帰る。」
「そうですか。わざわざ来ていただいてしまってすみませんでした。」
「…俺も悪かったし。と言うか、梓が無理に引っ張ってきたってのが大きいから気にすんな。」
「僕が何だって?」

後ろから聞こえてきた声に振り返った茉季は、その人が誰だか瞬時には分からなかった。
先程まで凪が着ていたのとほぼ同じ衣装だけれど、ブートニアが今の茉季の衣装と合わせられている。
作ったのはもちろん茉季自身で、それを着けているのは琉生によって髪を綺麗にセットされた梓だった。
とても落ち着いていて気品があって、それでいながら華やかで。
外国の貴公子みたいに…一言で言うならば格好よかった。
茉季の目が縫い取られたように彼を見ていると、梓は小さく首を傾げて彼女を見た。

「茉季さん?どうしたの、僕の顔に何かついている?」
「えっ…あ…ううん…」
「そう?じゃあ、撮影場所に行こうか。茉季さん綺麗だから、撮りがいあるだろうね。」
「っ…!」
「うん?どうしたの?」
「凪君もそうですし、椿君も…うん、分かるんですけど。梓君も『綺麗』とか『可愛い』とか割とよく口にしますよね。あまり抵抗ないんですか?」
「まあ、そうかも。仕事でよく言ってるから、恥ずかしいとかはないかな。それに、茉季さんが綺麗なのはほんとのことだし。」
「…ありがとうございます。梓君も格好いいですよ。…素敵です。」
「ふふ、ありがとう。」
「うわー、なんか俺らジャマー?」
「さあ、どうだろうね?ああ、椿と棗はこれからどうするの?」
「俺は大好きな2人を見てるに決まってんじゃん★」
「俺は帰るぞ。」
「じゃあ棗は歩きで帰ってね。」
「はあっ!?」
「だって棗が車で帰ったら、僕達の帰りの足がなくなっちゃうでしょ。」
「そーだー!棗は歩いて帰れ―!!」
「ふざけんなっ!…はあ、ったく。分かったよ、待っててやる。」
「なにその上から目線。ムカつくんですけど。」

そう言いながらも楽しそうに笑っている3人に茉季の顔も綻ぶ。
そんな茉季に微笑みかけると、梓はスッと手を差し出してエスコートした。

「…なんだか、随分と慣れていますね。」
「そうかな?こんな格好はしたことないけど…でも、そうだね。一応『いま売り出し中の若手人気イケメン声優』らしいから、僕。グラビアの撮影なんかもするからね。」
「へえ、そうなんですか。」
「僕よりも茉季さんの方が慣れている気がするけど?」
「私はしょっちゅうやっていますから。」
「えっ!?モデル兼業なの?」
「いいえ、そうじゃなくて。凪君のお店は個人経営だから、プロのモデルさんに頼むのは金銭的にちょっと…らしいですよ。『おまえ着ろよ』って言って、新作は必ず着せられます。」
「そうなんだ。」

兄弟達から離れてスタッフの輪に加わると、日陰に入って撮影の準備を待つ。
会場を整えている間、互いに疑問に思っていることを質問し合った。
梓はどうしても聞きたいことがあった。
さっき茉季が言った『部外者なのは事実』。

何でそんなことを言うのだろうか。
茉季さんは麟太郎さんの子なんだから、もう部外者じゃないのに。
…だからこそ、僕はこんなに足踏みしているのに。
彼女の一言がどうしても気になって仕方ない。

「…茉季さん。」
「なんですか?」
「さっき棗に『部外者は事実』って言ってたけど…どういうこと?」
「ああ、それは…」
「…」
「…美和さんから聞いていませんか?」
「え?何を?」

本気で分からない様子の梓に、茉季も首を傾げた。

「茉季さんのこと?母さんからは何も聞いてないけど?」
「そうですか。私、おとうさん…麟太郎さんの娘ではないんです。」
「えっ!?」
「詳しいことは、また今度でいいですか?麟太郎さんとは戸籍上でも他人ですので、朝日奈家にとって私は部外者です。棗君の言っていることは事実なんですよ。」
「…」
「隠すほどのことではないので、美和さんには初めて会った時に言ってありましたが…」
「隠すほどじゃないって…っ!」
「だって、私はおとうさんが好きです。血は繋がっていませんけど、おとうさんも私のことを大切にしてくれています。確かに血の繋がりは大事かもしれません。だけど、家族ってそれだけではない…でしょう?」
「それは、そうかも…しれないけれど…」
「だから隠すほどのことではないんです。本当に美和さんから聞いていなかったのですか?」
「…う、ん…」

生返事をしながら、梓は混乱している頭を整理するのに必死だった。

茉季さんは結構あっさりと告白したけど…
麟太郎さんと茉季さんが親子ではない?
戸籍上もつながってない?
ということは…本当に赤の他人、と言える?
じゃあ茉季さんは、朝日奈家とは何の関係もないの?
彼女にからかわれているってことは…いや、茉季さんはこんなこと冗談で言うような人じゃない。
それなら…
何も関係ないなら…

「スタンバイ、お願いします!」

カメラマンからの合図に梓が茉季を見れば、リラックスした顔とは一転して真剣な表情になっている。

さっぱりとした性格も、優しい表情も、たまに見せる年上とは思えない程の素直さも、みんなが振り返るような綺麗な外見も…。
そう、この人が僕は好きなんだ…。

梓はポーズを取っている茉季に合わせて、望まれる姿勢を取りながらさり気なく耳元に顔を寄せると楽しそうに宣言した。

「…ねえ、茉季さん?」
「はい?」
「茉季さんが『部外者』って言うなら、僕もう遠慮しないよ?」
「え…?」
「本気になるからね。本気で茉季さんをおとすから。」
「…っ!?」
「好きだよ、茉季さん。」

誰からも見えない巧妙な位置で茉季の頬に唇を触れさせると、梓は紫を濃くした目で茉季を捕らえた。
その日の撮影は散々だった。
茉季はどうしたのかと言うぐらいぎこちない様子で被写体になり、失敗ばかりしてしまった。
だが出来上がってみれば初々しい花嫁像になっていて、サロンのホームページに載せれば評判はとてもよかった。


2016.12.15. UP




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夢幻泡沫