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もうキミ以外欲しくない

20



朝日奈家では、一週間の予定はホワイトボードに書くことになっている。
12月ともなると師走と言われるだけあって、普段とは違った行動を取ることも多い。
茉季がころころと変わる予定を思い出しながらホワイトボードに書き込んでいると、後ろからマグネットを取る手が伸びてきた。

「…驚いた…おかえりなさい、梓君。」
「うん、ただいま。茉季さんも予定が変わったの?」
「はい。」
「僕も変わったんだ。ねえ、24日って空いてる?」
「24日ですか?仕事をしてからサロンに納品しに行きます。そのまま凪君達とパーティーの予定ですね。」
「ふうん、仕事にパーティーねえ…。仕事は仕方ないとして、そのパーティーって断れるかな?」
「え?」
「急に24日が空いたんだ。と言っても、午後からなんだけど。遊園地、一緒に行かない?」
「…遊園地ですか?」
「そう。24日…意味、分かるよね?」

きらりと眼鏡の奥にある梓の目が光る。

「…え、ええ…」
「1日じゃないのが悔しいけど、どうかな?」
「どうかなって…」

パチリと自分の24日の場所に外出を表すマグネットにつけ替える梓に、茉季の心臓は高鳴る。

「…断るなら今だよ。」

そう言いながら梓はもう1つ同じ色のマグネットを長い指でつまみ、存外不安そうな瞳で茉季を見つめた。
2、3回ほど視線を揺らした彼女が小さく首を振れば、よかったと安心した声で嬉しそうに笑う梓にドクンと茉季の心臓が大きく反応する。

「ふふ、おそろい。」

茉季の24日の場所につまんでいたマグネットをつけて、梓は無邪気な笑顔を彼女に向けた。



「意外だね。」

やや疲れた表情の梓が乗り場の階段を降りながら茉季を見上げる。

「え?」
「茉季さん。」
「私、ですか?」
「うん。ここにきてからずっと絶叫系ばかり乗ってるよね。ちょっと意外だなって思って。」
「そうですか?」

先に下りた梓はすっと手を差し出し茉季が階段をおりやすいように支えた。
ありがとうございます、と礼を述べながら茉季は彼が言ったことに対して首を傾げる。
その姿にさえ胸が疼くのだから、梓は自分の想いを燻ぶらせてばかりだと歯痒く感じた。

「僕の勝手なイメージだけど、茉季さんってメリーゴーランドとかコーヒーカップとかの方が好きなのかなって思ってたから。」
「そういうのも嫌いではないですよ?けれど、やっぱり遊園地と言えばジェットコースターやスライダー系に乗りたくなりませんか?」
「結構アクティブなんだね。…と、そろそろ閉園の時間か。もうこんな時間だったんだ。」
「え?あ…本当ですね。楽しくて時間なんてすっかり忘れていました。」
「最後に、もう少しだけ時間をもらってもいいかな。そんなに長く時間はかからないから。…どう?」
「ええ、大丈夫ですけど。」
「聞きたいことがあるんだ。良かったら、2人だけになれるところに行きたい。…ああ、観覧車がいいかな。茉季さん、高い所は苦手?」
「いいえ。観覧車も好きです。行きましょう?」

どの遊園地でも観覧車はランドマーク的になっていて探しやすい。
茉季はぐるりと辺りを見渡そうと体を動かした。
その途端、肩をグイと引き寄せられる。
トンとぶつかってしまったものに手をついて体勢を整えていると、すみませんと落ちついた声で梓が誰かに謝っていた。
耳のそばで聞こえてくるその声に茉季が顔を上げると、梓もちょうど茉季の顔を見ようとして覗き込むところで視線がぶつかる。

「っ…大丈夫?茉季さん、人にぶつかりそうだったよ。急に動いたら危ないって。」
「えっ!?あ、すみません。」
「いいえ。優しい彼氏さんですね。」

にこやかに会釈をしてきたその相手はすぐに人混みに紛れて行ってしまった。

「ありがとうございました。」
「ううん、ケガはない?」
「はい。…優しい彼氏さん、ですって。」

照れ笑いながら言った茉季の恥ずかしさが移ったのか、梓も引き寄せていた茉季の肩から手を外し軽く咳払いをする。

「…僕は立候補してるんだけどね。まだ足りてないかな?」
「…っ!」
「ふふ、今は手をつなぐだけで我慢しておくよ。…いやじゃない?」
「…いやじゃ、ないです。」
「良かった。じゃあ、行こう。」

つながれた手を引っ張られる。
歩き出した梓の頬は心なしか赤いように見えた。



ここの遊園地の観覧車は広めの籠だった。
手はつないだまま離されず、2人は片側の席に並ぶようにして座る。
ゆっくりと回転する観覧車に合わせ目の高さはあがり、眼下には綺麗にライトアップされた遊園地の全景が広がった。

「わぁ…っ、綺麗!」
「キミの方が綺麗だよ。」
「えっ!?」
「…なんて、ね。よくあるシチュエーションだよね、ゲームとかアニメとか映画なんかで。」
「…ですよね。スラっと言ったので驚きました、要さんみたいだなあって。」
「かな兄か…あの人と一緒にされるのはあまり嬉しくないな。」
「まあ、普段はああですけど。でも、いざという時はきっと頼りになりますよ?」
「そうかもね。でも、うーん…せっかく観覧車で2人っきりなのに、かな兄の話なんてしたくないかな。」
「…それなら、つ…」
「椿の話も棗の話も、他の兄弟の話もしない。聞きたいこともあるんだけど、まずはそれよりも…なんでこっちを見てくれないの?」

なんでって…
そんなの恥ずかしいからに決まっている。
『キミの方が綺麗だよ』なんて、意味のないセリフでもドキッとした。
梓君が言うから…梓君だからドキドキしてしまうのに。
きっと彼はそんなことぐらい分かっている。
分かっていてわざと聞いてるのだ。

茉季が恨みがましい目でチラリと梓を見ると、案の定涼やかな顔で彼女の方を見ていた。

「…梓君の意地悪。」
「意地悪は茉季さんの方でしょ?僕、『本気になる』って言ったはずだよ。さっきも『立候補してる』って言ったし。ねえ…何ではぐらかすの?」

涼しい表情にぐっと力がこもる。
笑みを消した梓は怖いくらい真っ直ぐに茉季を見た。

「…」
「僕に関心がなければ今日のデートだって断ってくれてよかったのに。手をつなぐのだって拒否してくれてよかったのに。そういうのは受け入れて、でも肝心の返事はなしって…茉季さんの方が意地悪だよ。」
「そんなつもりは…」
「じゃあ、僕のこと好きになってくれる?弟じゃなく、一人の男として見てくれる?」
「…梓、君…」
「…ごめん。急かすつもりはないし、こんな格好悪いところなんて見せるつもりなかったんだけど…。ははっ、焦ってんのかな。」
「…ごめんなさい。」
「ううん、茉季さんは悪くないよ。でも、出来れば良い返事が欲しいかな。…今すぐにでも。」
「…」
「ごめん、ほんとに格好悪いな。悪いけど、観覧車おりるまで僕の方を見ないでくれる?」

くしゃりと前髪をかきあげるようにして空いている方の手で顔を隠すと、梓は茉季から背けるように顔を反対側に向けた。


2016.12.22. UP




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夢幻泡沫