
Main
もうキミ以外欲しくない
21
次の日、朝日奈家ではクリスマスパーティーをするために各分担に分かれて朝から準備を始めていた。
茉季も右京の手伝いをし、キッチンやリビングを行ったり来たりしながら進める。
「茉季さんが手伝ってくださり、本当に助かります。」
「そうですか?足手纏いにしかなっていないような気がしますが…」
右京は凝り性なのか下準備の段階から丁寧に作業をしていて、普段から適当に食事を取っている茉季の腕はたいして役に立っていない様に思われた。
「そんなことありません。1人で作るのと2人で作るのでは時間が大幅に違います。こうして予定より早く終われたのも茉季さんのおかげですよ。どうもありがとうございます。」
「こちらこそ、役に立てたのなら良かったです。それじゃあ、私は部屋に戻ります。皆さんで楽しく過ごせるといいですね。」
「は?茉季さんは参加されないのですか?」
「ええ、仕事がありますから。」
にこやかに話していた右京の顔が曇る。
申し訳ないと思ったが、茉季はすみませんと謝ると他の兄弟達が来る前に5階から仕事場へ下りて行った。
一人の世界へ入れるようにBGMを流し、材料を机の上に並べる。
注文を受けているものを黙々と作り上げていれば他のことは忘れられるのだが…。
今日はそうもいかないみたいだ。
いつの間にか作ることをやめてしまった作品を机に置くと、茉季はコロンと床に転がった。
昨日の梓の様子が思い出される。
いつも冷静で穏やかなはずの彼が、射竦めるような眼を向けてきたり、自嘲するように笑ったり…。
感情が露わになっていた。
それを見て、『ああ、梓君も男の人なんだ』と改めて思った。
意地悪をしているつもりはない。
逃げているつもりも…ううん、逃げているのかもしれない。
だって、相手は梓君だから。
おとうさんの再婚相手の息子さんだから。
法律上に問題はない。
けれど、モラル上ではどうなの?
「…なんで…美和さんの子なんだろう…」
ポツリと漏れた言葉になぜだか泣きたくなってきた。
梓君のことを考えると心臓がうるさくなる。
理由もなく叫んでみたくなったり、顔が締まらなくなったり…でも、ずっと想っていたくて。
好き…なんだろうな、と。
『なんだろう』じゃなくて、きっと好き。
『きっと』でもなくて…好き。
「…もう…っ、やだ…」
じわりと目頭が熱くなるのが分かる。
なんなの、一体。
恋に恋焦がれる純真な少女でもあるまいし。
何にも知らない無垢な女の子でもあるまいし。
茉季は深く息を吐き出し、仕事場を出た。
部屋へ戻り手早く身支度を整えると、必要最低限のものだけ持ってマンションを出た。
気分転換に買い物にでも行こう。
駅前のお店はまだ開いているだろうし、閉まっていたらコンビニでもいい。
それが終わったら公園に寄って…。
ぼんやりと考えながら駅までの道を歩いていたら、すれ違いざまに驚いたような声が茉季を呼びとめた。
「茉季、さん?」
「…え?」
「ああ、やっぱり茉季さん。」
「あ…棗君。」
カバンを持った手を肩に乗せ、たばこを吸った棗が目を大きくして立ち止まっている。
アウターの下からはスーツが見えているから会社帰りだろうか。
茉季も体ごと棗の方を向くとこんばんはと挨拶を返した。
「お仕事の帰りですか?お疲れ様です。」
「どうも。どうしたんだ、こんな時間に?」
「ええ、と…ちょっと買い出しに行こうかと思いまして。」
茉季の返事に棗は眉を寄せた。
女性が一人で出歩いていいような時間とはもう言えなくなっている。
「遅いだろ、もう。俺でよければ付き合うが?」
「いえ、大丈夫ですよ。棗君はどうしてここに?」
「どうしてって、今マンションでクリスマスパーティーやってんだろ。椿が来いってメールよこしてきたんだ。」
「ああ、なるほど。」
「まさか、その買い出しか?アイツら女に買い出しさせるって…」
「あっ、いえ!違います!」
「違う?」
「はい。私自身の買い出しなので気にしないでください。」
「そうなのか?だがな、遅いだろ。やっぱり俺もついていく。」
「大丈夫ですよ。買い出しが終わったらすぐに帰りますから。それよりも、食べ物が残っているうちにマンションにいかれた方がいいんじゃないですか?」
茉季がそう言った途端に、棗の腹が主張した。
カッと赤くなった頬を誤魔化すように咳払いすると、彼は心配そうにもう一度茉季を見る。
「本当に大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます。」
「…分かった。すぐに戻ってくるんだぞ。」
「はい。」
ひとしきりクスクスと笑った後、またのちほどと会釈して自分が来た道へ進む茉季を棗は軽く見送った。
棗からこの話を聞いた梓は、ずっと茉季の部屋の前で待っていた。
それなのに彼女はなかなか帰ってこない。
時間が過ぎるのがいやに遅く感じた。
何度目か分からない溜息が寒い廊下に消えていく。
連絡を入れても返事はこないし、下手に探しに行ったらすれ違ってしまう可能性が大きい。
結局自分は待つしかないのか、と梓は空笑いを浮かべる。
まんじりとした中で、何回目になるのかエレベーターの動く音が聞こえてきた。
誰が出てくるのかとじっと見ていれば、コツリとヒールをならして茉季が出てきた。
バッと身を起こした梓に驚いた茉季の目が大きく開かれる。
「…おかえり、随分と遅かったね。」
「梓君…ただいま。ええ…と…なんで、ここに…?」
「茉季さんを待ってた。棗に聞いたんだ、茉季さんと来る途中に会ったって。」
「ああ、棗君に…。でも、待ってた…って…パーティーは…」
「まだ続いてると思う。弥と雅兄はもう寝たっぽいけど。夜遅くに女の子が一人で出かけるなんて危ないよ。…ってこれ、前にも言ったと思うけど。無事に帰ってきてよかった。」
「気分転換に外に出ようと思っただけです。…心配、してくれたんですか?」
「当たり前でしょ。茉季さんは綺麗だし、ちょっとぼんやりしているところもあるし、自覚なさすぎだし、何より僕は茉季さんのことが好きだから。」
「っ…!」
褒められているのか貶められているのか分からない言葉の後に、甘い爆弾が破裂する。
茉季の顔が瞬時に染まったのを見て、梓は自分の武器を構えなおした。
甘く蕩かすような声が廊下に静かに響く。
「…ねえ、今日はクリスマスだよ。」
「だ…から…?」
「2つのプレゼントのうち、どっちかをちょうだい?」
「…」
「僕は茉季さんが好き。僕を見てほしい。僕の隣にいてほしい。好き、なんだ。」
「…」
「茉季さんは?僕のこと、どう思ってるの?」
「…」
「ねえ、茉季さん?」
いっそ清々しいほどの微笑みを浮かべて梓は茉季に近づく。
茉季が一歩下がれば、梓は一歩前へ。
じりじりと攻防が続く中で茉季は突然踵を返すと、ダッと階段を駆け上がった。
「茉季さんっ!!」
不意をつかれた梓は出遅れた。
2016.12.29. UP
← * →
(21/25)
夢幻泡沫