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もうキミ以外欲しくない

22



バンと玄関が開く音がして、中にいた兄弟達ははじかれたようにそちらを見る。
何事かとそれぞれが身構えていると、ガチャガチャと乱暴な音と大きな声の応酬が続けて聞こえてきた。

「茉季さんっ、開けてっ!」
「いやっ!!」
「茉季さんっ!!」

リビングにいる兄弟達は互いに顔を見合わせた。

「…え…茉季ちゃん…?」
「あとは…あーちゃん…?」
「…アイツら、何やってんだ?」

梓も茉季も、どちらかと言えばおとなしい部類に入る。
その2人が大声で言い合っていることにその場にいた兄弟達は戸惑う。
状況が掴めないでいると、タタッと走ってくる足音、バンッと勢いよく玄関が開く音、ダダッと追いかけてくる足音が連続した。
誰もがエントランスの方に釘付けになっているとまず姿を現したのは、泣きそうな顔で息を乱した茉季だった。
続けて切羽詰まったような梓が待ってと叫びながら後に続いてくる。
石像のように固まった兄弟達の中で、茉季は一番大きな要の後ろに隠れるように逃げ込んだ。
彼女を捕まえようとしている梓を、椿と棗が咄嗟に両脇から押さえる。

「2人とも離して。」
「梓、どうした!?落ちつけって!!」
「そうだぞ、梓!落ちつけ!」
「僕は落ちついてるよ。…茉季さんっ!」
「いやっ!」
「茉季さんっ!!」
「っ…追い詰めないで…」

ヘタリと茉季が足の力を抜いた。
息が荒く俯いている女性と、彼女を追いかける男性。
傍から見れば…右京は眉を顰めると、梓を厳しく見た。

「…あなたに限ってまさかと思いますが…梓、間違いは起こしていないでしょうね?嫌ですよ、弟が犯罪者になるなんて。」
「…京兄は黙ってて。」
「ですが…」
「あーちゃん。女性には優しく接しないと…」
「かな兄も黙っててくれないかな?」
「でもねえ…」

茉季に手を貸しながら立たせると、要は大丈夫?と顔を覗き込みながら彼女の頭を撫でる。
彼の腕をぎゅうと掴んで救いを求めるように要の顔を見上げた後、こくりと頷いて茉季はまた俯いてしまった。

「…何で梓君なんですか?何、で…美和さんの子なのに…」
「…」
「…梓君を見ていると心臓が痛くなるんです。頭が働かなくなって、顔も熱って…。梓君といると楽しいけど苦しいんです。苦しいけど、嬉しいんです。…もう、やだ…。梓君…嫌い…」

震える声でそう言うと、茉季はスンと鼻を啜った。
沈黙がリビングに広がった。

「…椿、棗。離して。」
「あ、ああ…」
「かな兄も茉季さんから離れて。」
「…そうだね。」

しばらくして最初に声を発したのは梓だった。
要が離れてもそこに立ちつくしたままでいる茉季のそばにゆっくりと行き、優しく手を握る。

「…僕の部屋に行こう。」

そう言って促すように茉季の腰にもう片方の手を添えて歩き出した。
来た時とは正反対なぐらい静かに閉まった玄関の音に、ようやく兄弟達は息を吐き出す。

「…あ、あー…まあ、よかったんじゃねー?」
「…だな。」
「どこがだよっ!?…あず兄、かわいそー…」

グズリとした鼻声に声の主を見れば、侑介が鼻を赤くして拳を握っていた。
驚いたのは他の兄弟達だ。
ぎょっと目を丸くして互いの顔を見ると、代表として要がおそるおそる侑介に聞いた。

「えっと、ゆーちゃん…あーちゃんのどこがかわいそうなのかな?」
「…あず兄、振られちまった…」
「はあ!?」
「だって『嫌い』って言われてたじゃんか!」
「…あのなー、侑介。さっきのどこが振られたんだよ!?」
「だから…」
「ゆーちゃん、あれはね。『大好き』って言ってたんだよ。」
「は…あっ!?」
「…これだから侑介は…」
「だな。この中であれを『嫌い』のまま受け取るヤツなんていねえぞ?」
「え、えっ!?だって『嫌い』って…!なあ、すば兄!!」
「…いや、あれは俺でも分かったぞ。」
「だよなー。侑介、そんなんだから女の子にモテねーんだって!」
「えっ、ええっ!?」
「ゆーちゃん、もうちょっと女心を勉強した方がいいかもねー。」
「ないわー、侑介。」
「…フビンなやつだな。」

兄達に憐れまれ、ガクリと侑介の膝が折れる。
そんな弟を尻目に、気分を入れ替えるように椿が大きな声を出した。

「よしっ、棗で我慢してやる!今日は飲むぞー!!」
「なんだよ、その『我慢してやる』って。だが、俺も飲みたい気分だ。付き合ってもらうぞ。」
「あっ、じゃあ俺もー。京兄、酒あるよねー?」
「…仕方ないですね。私も飲むとしましょう。」
「すばちゃんはどうする?」
「…飲む。」
「いーなー、梓は。今日は茉季ちゃんと…」
「それ以上言うなよ、椿っ!」
「えー?いーじゃん、男だけなんだしー★」
「ふざけんな!何が悲しくて兄弟で…」
「…でも、まあ…梓のヤツ、よかったんじゃねー?梓があんなに執着するのって初めて見たかも。」
「あ?ああ、そうだな…」
「ほらほら、つばちゃんもなっちゃんもそんな声出さないで!飲むよ、とことん飲むよ!!あーちゃんと妹ちゃんにかんぱーい!!」

むりやり明るい口調でグラスを掲げた要に、椿も棗もカチンと自分のグラスを合わせると一気に中身を飲みほした。



廊下に出てからも、エレベーターの中でも、梓はずっと黙ったままだった。
ただ、繋がれた手は痛いぐらいに握りしめられている。
茉季もただ下だけを見て、梓に引かれるがままにされていた。
エレベーターを降り、梓の部屋に入る。
玄関のドアが閉まるか閉まらないうちに、ぐるりと体の向きを変えて梓が茉季を見た。
そのまま彼女の頬に空いている手を滑らす。
茉季が逆らうように顔を逸らすと、いとも簡単に自分の方に向けさせ直し逆の頬に唇を触れさせた。
頬だけでなく、額、鼻先、眦にちゅ、ちゅ…と止まることなく降り注ぐキスの雨に、茉季は思わず目をつむる。
すると、唇にも雨は落ちてきた。
触れるだけのキスが何度となく重ねられる。

「ふ…っ…ん、ぁ…あず、さく…や…」
「…いやなの?」

茉季の唇からわずかだけ離れた梓が聞き咎めるように小さく呟く。

「…」
「あんなに、僕のこと好きって言ったのに?」
「ん…いって、な…」
「言ってない?じゃあ…」
「…ふ…んぅ…」
「僕のこと、嫌い?」

気がつけばまた降り注ぐキスを、茉季は瞳を閉じたまま受け入れる。
梓はからかいを含んだ甘い声でじわりじわりと彼女を追いつめた。

「ねえ…僕のこと、嫌い?」
「…きら、い…」
「僕は茉季さんのこと、好きだよ。」
「き、らぃ…」
「大好き。」
「…」
「好きだよ、茉季さん。」
「い…じ、わる…」
「大好きだから。」
「…き…」
「うん?」
「…す、き…」

とうとう降伏した素直な心に、梓はぎゅっと茉季を抱きしめた。

「…やっと言ってくれた。」
「…」
「僕は茉季さんが好きだよ。」
「…っ!」

はっきりと言った梓に茉季の瞳は大きく開かれ、次第に潤んでいった。
頬が紅潮し、視線が定まらない。
しまいにはそんな顔を隠すように俯いてしまった。
理由は分かっているはずなのに、梓は微笑みながら首を傾げて茉季の目元に指を這わせながら尋ねる。

「どうしてそんな顔するの?」
「…意地悪。」
「だって降参すればいいのに、茉季さんがなかなか好きって言ってくれなかったから。ごめんね?」
「…笑ってるし。」
「ふふ、素直じゃない茉季さんも可愛いなと思って。」
「か…可愛いくない…」
「ううん、可愛い。綺麗で、意地っ張りで、可愛くて。いろんな茉季さんを見られて嬉しいんだ。」
「…あの、梓君が、私のこと…好きって…本当…?」
「もしかして、僕ってそんなに信用ない?」
「からかっているだけのような気も…。梓君、余裕そうですし…」
「そう?こう見えても好きな女の子に告白して、結構余裕ないつもりなんだけど?」

梓の言葉一つ一つがどうしようもないくらいに嬉しくて…
茉季の心の奥の方へと、すっと沁み込んでいった。

「それ…嘘です…。」

クスクスと笑いながら言う梓に茉季からもようやく小さな笑いがこぼれた。

「なんだか逃げ場がない感じが…」
「うん、僕がそうした。茉季さんって押しに弱いタイプでしょ?」
「…」
「大切にするから。何よりも茉季さんが大事。」
「…嬉しい、です。」
「ふふ、可愛い。…茉季さん。キス、しても…いいかな?」
「き、聞かないでも…」
「好きだよ、茉季さん。これからもずっと、僕の隣で笑っていてね。」

額をコツンとつけながら梓が蕩けるような声で囁く。
思わず顔をそらしそうになった茉季の両頬を大きな手で包むと、甘い想いを彼女にぶつけた。


2017.01.12. UP




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夢幻泡沫