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もうキミ以外欲しくない

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今から出てこられる?
茉季がそんな連絡をもらったのは、大晦日の夕方。

『お仕事終ったんですか?』
『うん。それで、茉季さんがよければ夕飯でもどうかな?』
『お疲れ様でした。夕飯のお誘い、嬉しいです。でも、年越しパーティーがありますよね?』
『夕飯ぐらいは茉季さんと2人がいいなと思って。いやかな?』
『…嫌じゃありません。』
『よかった。じゃあ駅前で待ち合わせよう。楽しみにしてるから。』

そんなLINEのやり取りをしてから慌てて外出用の服に着替える。
…まあ、普段着姿も見せてしまっているので今更感は大いにあるのだが。
それでもやっぱり良く見せたいと思うのが恋心というもの。
いつもよりしっかりとメイクをしている自分に苦笑しながら、茉季は準備を進めた。



「茉季さん。」

そう穏やかな声で彼女を呼ぶと同時に、片手をあげて自分の場所を示す。
梓は世間で『人気若手イケメン声優』と言われているのだから、ファンも多くてバレないように変装しているはず。
そう勝手に思い込んでいた茉季は、梓の思った以上にラフな格好に一瞬動きが止まった。
帽子、マスク、サングラスの三種の神器は絶対だろうと彼を探す覚悟をしていたのに、帽子を若干深めにしか被っていない。

「あっ…梓君。」

大きな声を出しそうになって慌てて口を噤み、小さく自分の名前を呼んで小走りに駆け寄ってくる茉季が愛しくてたまらない。
目の前に来た茉季に額を擦りつければ、驚いているのが肩越しに分かった。

「っ…お待たせしました。」
「うん。でも、待っているのも楽しかった。いつ茉季さんが来るのかなあ、って。」
「あの…梓君。」
「なに?」
「顔、とか…隠さなくていいんですか?」
「…どうなんだろうね。でも僕としては、茉季さんは隠れてお付き合いするような相手じゃないし。」
「…梓、君…」
「バレても僕は一向に構わないんだ。」
「…」
「さてと、時間も限られていることだし早速食べに行こうか。フレンチとイタリアン、どっちがいい?」

『どこがいい?』なんて聞かない辺り、やはりイケメンなのだろう。
顔を真っ赤にして返事のできない茉季にクスリと笑って立ち上がると、梓は茉季の手を優しく包み込んで歩き出した。



マンションに帰って直接リビングに顔を出すと、もうすでにパーティーは始まっていた。

「梓ー、待ってたよー。」
「はいはい。ただいま、椿。荷物片付けてくるから、どいてくれないかな。」

正面から抱きついてきた椿を適当にあしらうと、梓は茉季のコートや荷物もひとまとめにして手に持つ。

「あっ、梓君。自分で片付けに行きますから。」
「いいから。僕の部屋に置いておくね。茉季さんは飲み物でも飲んでて。」

茉季が荷物を持とうとするのをやんわりと制止すると、梓はリビングを出て行った。

「あーちゃん、ご機嫌だね。」
「だなー。茉季ちゃん、なんかあったー?」
「いえ。特には何もなかったですけど…」
「でも2人でどっか行ってたっしょー?俺、梓と一緒の仕事だったのに帰りがバラバラでさみしかったんだぞ★」
「…」
「つばちゃん、分かってないなあ。その2人っきりってのが嬉しいんじゃないの?なんて言っても、今日はあーちゃんの誕生日だしね。」

要の言ったことに茉季は勢いよく彼を見た。
彼女の驚き顔に、要も驚いて目を大きく開く。

「…今、何て…?」
「え?今日はあーちゃんの誕生日だねって言ったけど。」
「俺の誕生日でもあるぞー★…てか、茉季ちゃんもしかして知らなかった?」
「…」
「え、マジで!?」
「…知り、ませんでした。うわ…どうしましょう…」
「だーいじょーぶだって!最高のプレゼントを茉季ちゃんは持ってんだから★」
「それ、教えてください!私、何も用意していませんよ!?」
「分かんねー?…プレゼントは『わ・た・し』★」
「…」
「え!?なにその憐れんだ目は?」
「…梓君のところに行ってきます。」
「え!?なんで疲れてんのー?」

ちょっとー!と叫んでいる椿を尻目に、茉季は急いで梓の部屋へ向かった。



「…どうしたの、茉季さん?僕、すぐリビングに戻るつもりだったけど。」
「…あ、の…」
「うん?」
「あの…今、日…」
「うん、どうしたの?」
「今日…梓君の、お誕生日って…さっき、聞いたんですけど…」
「ああ、うん。そうなんだ、今日は僕の誕生日だよ。」
「…っ、ごめんなさい!本当にさっき知って…その、何も用意していなくて…」

玄関を開けたら茉季がいて、彼女の表情が焦っていて、話を聞けば自分の誕生日のことを言われて。
梓は驚いたものの、茉季の必死さについ頬が緩んだ。

「いいよ、気にしないで。だって僕が言ってなかったんだし。」
「でもっ…!」
「そんなに必死になるのは、茉季さんが僕のこと好きだからでしょ?それだけで充分だよ。ありがとう。」
「っ…梓君…ごめんなさい。」
「いいんだ。でも、どうしても茉季さんの気が済まないって言うなら…そうだな、茉季さんをちょうだい?誕生日プレゼントは茉季さんで。」

クスクスと笑いながら瞳の色を深くした梓に、茉季の胸が高鳴る。
それをごまかすようにフイと横を向くと、咎めるように小さく呟いた。

「…椿君と同じこと言ってます。」
「椿と一緒、か…。それは困ったな。取りあえず、中…入って。」

大きくドアを開け自分の体をストッパーにして茉季を誘う。
2人を吸い込んだドアは静かに口を閉じた。



「紅茶でいいかな?」
「ありがとうございます。でも、なくても…」
「僕も飲みたいんだ。」

ミニキッチンでカチャカチャと音を立てながら梓が飲み物を用意している間、茉季は所在なく部屋に立ったままでいた。
梓の部屋は綺麗に掃除されていて、彼の性格がよくあらわれている。
居心地がよく、安心できる空間だった。

「お待たせ…って、適当に座っていてよかったのに。」
「ありがとうございます。」
「はい。ほら、座って?」

ミニテーブルにマグカップを置いて茉季を座らせた梓は、彼女の隣にすっと腰を下ろした。

「僕のカップでごめんね。今度、一緒に買いに行こう。」
「私こそ急にお邪魔することになっちゃってごめんなさい。」
「そんなことで謝る必要ないのに。茉季さんは僕の彼女だから、いつでも来てくれてかまわないよ。」
「…ありがとうございます。」
「…ねえ、茉季さん。」
「はい。」
「遊園地でも聞こうと思ってたんだけど…」

そう言って梓は紅茶を飲んでから茉季を見る。

「…なんで敬語なの?」
「え?」
「椿や僕に対していつまでも敬語で話すでしょ?僕達は茉季さんに対して普通に話してるのに。」
「ああ、それは…」

茉季もカップを置くと、梓を見てはにかむように笑いながら言った。

「初めて梓君と会った時に、梓君はもう社会人として働いていましたから。」
「だから敬語?」
「はい。年下でも同じ社会人なら敬語でお話しした方がいいかな、と思っていますので。」
「それなら琉生は?」
「琉生君は初めて会った時、まだ高校生でしたよ。だから…」
「…ねえ、お願いがあるんだけど。」
「お願いですか?」
「うん。敬語、止めない?」
「え?」
「僕達、お付き合いしてるよね。僕は普通で、茉季さんは敬語で…っておかしくない?それに、なんだか壁があるように感じちゃうんだ。」
「…」
「お願いがダメなら、誕生日プレゼントでどうかな?」
「…こんなので…いい、の?」
「うん。僕は茉季さんと自然体でお付き合いしたいんだ。だからそうやって話してくれると、とても嬉しい。」
「…梓君。」
「なに?」
「お誕生日おめでとう。」
「ふふ。ありがとう、茉季さん。」

照れたように微笑む茉季に、梓も柔らかく微笑み返す。
穏やかな空気が2人を包んだ。
どちらともなく重なった唇は離れがたく、満足するまで何度も互いのそれを求め合った。


2017.01.19. UP




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夢幻泡沫