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もうキミ以外欲しくない
04
「茉季さんの部屋はここと向こうの奥になるんだ。部屋と部屋が少し離れてしまってごめんね。」
「いいえ、気にしないでください。」
エレベーターを降りてすぐ横の部屋の前に立ちながら梓が説明をする。
「どっちも同じ間取りだよ。」
「ええと…それなら奥の方をプライベートで使います。」
「そう?因みに、隣は僕の部屋なんだ。よろしくね。」
「梓君がお隣さんですか?よろしくお願いします。」
業者が次々と持ってくる段ボール箱を2つの部屋に振り分けながら茉季がホッとしたような顔を見せた。
「何か手伝えることはある?女の子1人での引っ越しは大変でしょ?」
「ええ、まあ…。でも、大丈夫です。ありがとうございます。」
「本当に?うちはムダに男がいるんだから、こんな時こそ使わないともったいないよ?」
梓のおどけたような言い方に茉季の顔が綻ぶ。
「ふふっ…」
「あ。」
「え?」
「やっと笑った。少しぐらい緊張は解けた?」
「…そこまで緊張していたつもりはないんですけど、ありがとうございます。」
「そう?それで、僕としては少しぐらいは手伝いたいんだけど。ほら、お隣になるんだし。」
「…それなら、一つお願いしてもいいですか?」
「一つでも二つでも好きなだけどうぞ。」
「パソコンの接続をお願いしたいんですが…。ここって、そういった設備は整っていますか?」
「もちろんだよ。僕もパソコンを使うし、他の兄弟達も大体はパソコンを使ってると思うよ。どっちの部屋に設置すればいい?」
「こっちの部屋でお願いします。」
仕事場と決めた部屋に入っていき、運び込まれた荷物の山からシンプルなパソコンデスクを探し出すと茉季は部屋の隅で組み立て出した。
「デスクの組み立てもやるけど?」
「えっ、そこまで甘えるわけには…」
「いやいや、これこそ男の仕事でしょ。荷物はまだ残っているみたいだし、茉季さんはその振り分けでもしててよ。」
「…それなら、お言葉に甘えて…」
「うん、そうして。ああ、ついでに他にも力仕事みたいなものがあればやっとくけど。」
「ええと…あるにはあるんですけど、本当にそこまでしてもらっては…」
「いいから。どれ?」
「…」
「ほんとに、ついでだから。」
「…ありがとうございます。」
「うん。何をすればいい?」
「棚を…そっちの壁際いっぱいにメタルラックを天井まで組み立ててもらえると、本当に助かります。間隔は溝の10こ分ずつ開けてもらって…」
「分かった。僕のことは気にしないで、茉季さんは茉季さんの作業しててね。」
「すみません、ありがとうございます。」
「ううん、気にしないで。さっそく茉季さんの役に立てて嬉しいよ。」
茉季から工具を受け取ると、梓は機嫌良さそうにデスクを作り始める。
自分の方を見ていない梓に頭を下げると、茉季はいったんその部屋から出た。
荷物の振り分けが終わって確認をし、引っ越し業者が引き払った後で仕事場になる部屋へ行ってみる。
すると、大変な作業であるはずのメタルラックがほぼ終わっていた。
「すごい…っ!」
「ああ、茉季さん。そっちは終わったの?」
「お陰様で。ありがとうございます。すごいですね、ラックが完成しているなんて…」
「最初は少し時間かかったけど、慣れちゃえば案外簡単だったよ。パソコンの方ももう少しで接続できそうだし。」
「えっ、もう…ですか?」
「そんなに難しいことじゃないからね。」
「何から何までありがとうございます。」
「どういたしまして。他に手伝えることはある?」
「あ、いえ。もう充分すぎます。本当にありがとうございました。」
「…そう?それじゃ、あとはパソコンをやるから。茉季さんもこっちの部屋、片付ける?」
「はい。後ろでガサゴソしていてもいいですか?」
「どうぞ。僕ことは気にしなくていいから。」
「ありがとうございます。」
お礼の言葉しか言っていない自分に苦笑しながら、茉季は段ボール箱を整理し始める。
中から小分けされた箱をいくつも取り出し、梓が作ってくれたメタクラックに種類ごとに並べた。
フォトアルバムも順番に並べ、オーディオを配置し、その脇にメモリが入った小箱を置いた。
次はどの段ボール箱を…と茉季が物色していると、小さな声が聞こえてきた。
『あ、電話だよ。誰からかにゃー?早く出たげなって。あ、電話だよ。誰から…』
「え?」
「…ああ、ごめん。僕の電話だ。」
「今の…着信ですか?」
「うん、椿が以前やったアニメキャラの着信ボイスなんだけどね。椿が勝手に設定したみたい。ちょっとごめんね。」
困ったように笑いながら梓がズボンのポケットからスマホを取り出す。
「もしもし…あ、うん。分かった…今?茉季さんの手伝い中だけど…え、茉季さんも?…分かった。なるべく早く行くよ…うん、了解。じゃあ後で。」
少しの会話の後に切った梓は、茉季の方を見る。
「京兄からだった。夕飯の支度ができたって。」
「えっ、もうそんな時間ですか?すみません、ずっと手伝ってもらってしまって。」
「ううん、僕が手伝いたかったからいいんだ。」
「ありがとうございます。どうぞ行ってください。長い時間、ありがとうございました。」
「と言うかね、茉季さんも連れてこいだって。」
「え?」
「今日の夕飯は茉季さんの歓迎パーティーだって。茉季さんが行かないと始まらないよ。」
「あの、さっきも言いましたど…」
「食事の件?あれ、京兄はきっと無視するよ。まあ僕が作るわけじゃないけど、いまさら一人増えたところで大して変わらないでしょ。むしろ作らないと母さんに怒られるのは京兄だから。」
「美和さんに…?」
「そう。母さんは雅兄から弥まで全員を対等に扱うからね。母さんにとって、茉季さんだって子供の1人になるんでしょ?それなのに茉季さんだけ食事なしとか、京兄だけじゃなくて僕達まで雷を落とされちゃう。」
「…」
「そんなわけだから、茉季さんも諦めて食事に付き合ってよ。」
ね、と苦笑いながら手を合わせる梓に茉季は躊躇ってしまう。
「でも…」
「時間的に無理な時はあらかじめ教えてくれれば大丈夫だから。後で教えるけどキッチンにホワイトボードがあってね、そこに予定を書き込めるようになってるんだ。京兄のことだから、茉季さんの場所もきっともう作ってあると思うよ。」
「…」
「とにかく、今日は茉季さんの歓迎パーティーだから。引っ越しは一旦ここまでにして、上に行こう。あんまり遅いと椿や弥から文句を言われちゃうよ?」
「…分かりました。では、今日だけ。」
「うん、行こう。」
玄関に向かう梓の後を追って茉季も部屋を出る。
リビングに行けば、クラッカーと共に兄弟達が待ち構えていた。
2016.04.28. UP
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夢幻泡沫