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もうキミ以外欲しくない

06



次の日の朝、リビングからはいつものようにいい匂いが漂ってきていた。
右京が人数分の朝食を作って盛り付けているところに、起きてきた兄弟達が挨拶をしながら席に座る。

「さて、いただきましょうか。」

雅臣は不規則な仕事のせいか、朝にめっぽう弱い。
この場にいる中で最年長の右京が声を発すると、いただきますと各々が口にしてから箸を取った。

「あれ、きょーにー?茉季ちゃんは?」
「まだ起きていないのではないでしょうか?在宅の仕事だから、朝はゆっくりしていると聞きましたので。」
「ずりー!俺ものんびりしてー!」
「椿。バカなことを言っていないで、食べてしまいなさい。仕事があるのでしょう?」
「えーっ!?茉季ちゃん起きてこないかなー?一緒に朝飯くいてー★な、梓?」
「…そうだね。」
「だろー!俺、起こしてこよっかなー★」
「椿、食事中だよ。」
「…茉季さん?」

椿と梓が話していると、おっとりとした声が間に入ってくる。
そっちの方を見れば、その声に象徴されるように不思議な雰囲気を持つ弟が首を傾げながら双子を見ていた。

「そういえば、琉生は昨日いなかったね。母さんの再婚相手の娘さんだよ。」
「すっげーキレーな子★」
「光兄さんと同い年だって。」
「梓ってばさー…」
「椿?」
「…なんでもないです。すみません。」

ニッコリと笑った梓の後ろに黒い何かが揺らめく。
ゴクリとつばを飲み込んだ椿は、これまでの経験から素直に謝った。

「琉生には後で紹介をしましょう。あなたが仕事へ行くまでには彼女も起きてく…」

右京が琉生に折衷案を提示していると、これまで朝日奈家では聞くことができなかった高い声が朝の挨拶をした。

「おはようございます。」
「おや、『噂をすれば何とやら』ですね。茉季さん、おはようございます。」
「おはようございます。あの、噂って…」
「昨日いなかった兄弟にあなたのことを話していたのですよ。紹介します、あちらにいるのが8男の琉生です。」
「初めまして…あ、ううん、違う。おはよう、茉季さん。」
「おはようございます…って…えっ!?琉生君!?」
「うん。僕。」
「何で!?えっ、琉生君って『朝日奈』だったっけ?」
「うん、朝日奈琉生。よろしく、茉季さん。」
「えーっ、ビックリ!こちらこそよろしくね。」

ほわほわと笑う琉生に、茉季の驚いた顔も穏やかに崩れる。
2人のほんわかした雰囲気に周りにいた兄弟達が首を傾げた。

「琉生、知り合いなのー?」
「うん、茉季さん。」
「それは知ってるって!お前、こんなキレーな子とどこで知り合ったんだよー!?」
「僕の先輩、の友達、の仕事仲間…が、茉季さん?」
「う…んと…うん、そうなるのかな。」
「一緒に仕事、することも、ある。」
「そうね。」
「茉季さんの髪、とっても綺麗。アレンジ、楽しい。」
「琉生君のアレンジは素敵だから、私も琉生君にいじってもらうの嬉しいわ。」
「ふふ、よかった。」
「…だあーっ!2人の世界に入るなっつの!!」

再びほんわかした2人に、椿が割って入った。

「茉季ちゃん、俺達と琉生とで態度がちがくないー!?」
「そうですか?」
「うん。知り合いだからだろうけど、ずいぶんと気心が知れてるって言うか。琉生だけズルい、かな。」
「…梓君まで。そんなことないですよ。確かに琉生君とは何年もの付き合いだから、楽にしていられますけど。」
「僕も。」
「ありがとう、琉生君。」
「うん。茉季さん、朝ご飯…食べた?」
「ええ、もう下で食べてきたの。」

緩やかに笑ってキッチンへ入って行くと、茉季は今週の予定をホワイトボードに書いた。
そこは見事に仕事や外出の予定で埋まっていて、兄弟達の眉間に皺が寄る。

「なんだよー。茉季ちゃん、全然いないじゃんかよー。」
「本当だね、僕達より不規則だ。…大丈夫なの、茉季さん?」
「忙しいのですか?」

椿や梓が不満の声を上げる。
それから兄弟の中でも家事を取り仕切っている右京が、眼鏡をクイと挙げながら茉季に訊ねた。

「すみません。この時期はとても忙しくて…本当に生活も不規則になってしまいますので、私のことはいないものだと思ってください。」
「ですが…」
「私も皆さんの邪魔をしないようにします。それでは…」
「茉季さん、お仕事?」
「そう、納期が近くてね。琉生君もこれからお仕事でしょう?気を付けていってらっしゃい。」
「うん。」

素直に頷いた琉生にクスリと笑うと、茉季は食卓を囲んでいる兄弟達に会釈をして共有スペースを出た。


2016.05.26. UP




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夢幻泡沫