37.勇者の苦難
―――!舞…っ、舞……!!
「(リン、ク…?)」
頭が、意識が、一緒にぼーっとする。何故か体には大きすぎる重圧みたいなものが乗っているようで、まるで全力疾走をした後のような、そんな感覚。
何故だかさっきから、横向けに倒れている体に石つぶてが食い込む。硬いコンクリートの上に、無数に散らばった石ころが…
此処が何処なのか確認したかった。でも、頭は全く働いてくれないし、体だって動こうとしない。
だるい…体を動かしたくなくて……もうこのままでいいか、なんて
「―――だ、仕方ない……」
「しかし、このままで―――」
「…?」
耳に届いてきた、途切れ途切れの話し声に視線だけ動かせた。やっぱり言うことを聞こうとしない体をそのままに耳を話し声に傾ける。
…と、ゴォォン…と重い扉が開かれた音が、石造りの壁を跳ね返って響いた。部屋が暗かった分、開け放たれた入り口から入ってくる光は眩し過ぎる。それには思わず目が細まる
「ん?おお、どうやら目が覚めたようじゃの〜」
「ふむふむ、まだ体は動きそうになさそうじゃがな」
「ケケケッ、仕方のないことじゃ。ありはちと強力じゃからの」
「…だれ……」
ようやっと喉から絞り出たのは、風邪の時に出るような掠れた声。小さくてもそれは相手に届いていたようで、相手は不気味に笑うと、何と宙を飛び回った。
―――ボワッ
突然、部屋に取り付けられている蜀台に火が灯された。それにより、今はじめて気がつく。部屋の両隅には、並ぶように一列のモンスター達が並んでいる事に。
これには流石に驚いた。ダルイからと体を動かさないわけにはいかない、危険を察知した体は自然と、手を支えに何とか体を起き上がらせようとする。
「くくっ、動こうとしても無駄だぞ。今回は以前森で盛った時とは違う、また一段強いものだからな」
「…!」
背後から聞こえた声に嫌な汗が流れた。以前のあたしなら聞いた途端絶叫するのに、今はその力もない。
ゆるゆると力のない動きで体をゆっくりと振り返らせた。
そこにいた者に、瞳が限界まで開かれる。
「、―――…ガノ、ん……」
「ようやく捕まえたぞ、舞。いよいよ世界も完全なる闇の支配下へ向かうぞ!」
怪しく、不気味に声を高々と張り上げて笑う変態魔王―ガノンドロフ。そいつが何故自分の目の前にいるのかは分からない。けど、あたしが驚いているのは奴じゃない。
奴の座る玉座、左側に静かに立っている人物に向けての驚愕だ。その人物は愕然と見つめるあたしを真っ直ぐと見つめ返してくる。
「どう、して……」
さっきよりも掠れた声が漏れると同時に、全体重を支えていた右手がガクンと揺れた。支えのなくなった体が自然の法則で乱暴に地面に倒れこむ。何もする気も起きない筈の瞳から雨が1つ落ちた。
「充てた部屋へ運んでおけ。丁寧に扱えよ」
【ハイ!】
モンスターとガノンドロフの声が耳に届く中、徐々にあたしの意識が遠のいていく。
ここはきっと、ガノンドロフの居城…
なのに、何故ここに金と紅を映す彼が存在するのか……――――
勇者の苦難
蒼く輝く水面。ハイラルの全ての水源地となるハイリア湖。一望の出来る直ぐ近くに家のある小高い丘の上から、腰を低くしたご老人が海を見渡していた。
「よい天気じゃ。こういう日は何かありそうで逆に恐ろしいわい」
ずり落ちた眼鏡を指の腹で押し上げると彼、みずうみ博士は持ってきていた小瓶を取り出す。
蓋を開け、押さえのなくなった穴からパラパラと魚用の餌が落ちる。
水面に落ちてきた餌を求め、いつぞやに見た虹色の魚たちがやってきた。美味しそうに食べる彼らの姿に、みずうみ博士も満足そうに微笑む。
「さて、今日は何の実験をするかの〜…」
『みずうみ博士ー!』
いつものように部屋に篭り、新しい実験を試みようとした矢先、甲高い声が耳に届いた。
幾らご老人と言ってもその声は聞こえていて、滅多に自分以外の声など聞こえない此処に響いた声の主を探した。
見つけた。原因の人物は、ハイリア湖畔と平原を繋ぐ谷を潜ってきた。
「おお、もしや…リンク達か?」
間違いではなく、そうだ。緑と黒を身にまとった同じ顔、その頭上付近に輝き光る妖精を連れているのは彼らだけだ。
しかし、どこか足らない部分に疑問を感じていると、2人と1匹は早くも近くにやってきた。
『ちょっとぶりデス!元気でしタ?』
「勿論じゃ、この通りピンピンしとるわい。そっちはどうじゃ、上手く進んでおるか?」
『ア…』
みずうみ博士の言葉に、今まで元気に羽ばたいていたナビィの羽が落ちる。彼女の様子と、ずっと俯いているリンク達の様子に、ただ事ではないと察知した。
「いや、それよりも…舞はどうした?見当たらんが、はぐれてしまったのか?」
『えっト…実は、舞ハ……』
「…っ、舞は…ガノンドロフに攫われた…!」
ずっと俯いて黙っていたリンクが、苦しそうに言葉を搾り出した。その一言にみずうみ博士の皺だらけの目が一杯に開かれる。
つい一昨日、自分の元で明るく笑っていた少女が攫われたのだ。驚くのも無理はない
「な、何と…これはどうした事か!?
…と、兎に角中に入りなさい。詳しいことは中で聞こうっ」
『お願いしまス』
いつもよりも早く、急かしなく足を動かせ、みずうみ博士は先を誘導した。その間も、ダークは抜け殻のように虚ろな瞳のまま、リンクは泣きそうな顔を堪えたまま俯いていた。
***
「…そうか、そんな事があったのか」
以前よりも数の少ないカップがテーブルの上に並ぶ。飲み終わった空のカップを皿に戻し、みずうみ博士は背もたれにもたれかかった。
ランプの上にナビィが止まっている為に、光は発さなくても十分に明るい。
『リンクもダークも、その所為か全然元気ないんデス。ナビィも心配デ…どうしたらいいのか分からなくテっ』
「うむ、そうじゃろう。何せ相手が世界を統べようとしておる魔王じゃからの。手も足も出まい」
『デモ、それでも彼女を助けなキャ…このままジャ賢者様の封印を解くのにモ身が入りませン!』
「うーむ……困ったのう」
テーブルに山積みされた資料、指を滑らせてその中からある物を探す。頭のいい彼でも悩むほど、唸り声をあげる。
だが、ふとみずうみ博士は今更ながらにある事に気づき、辺りを見渡した。
「ん?そう言えば、リンク達はどうした?話に夢中で気づかんかったが」
『ダークは散歩に行くッテ言って出て行ったケド…
リンクは……――――
――――−−---・
「………」
ポチャンッ、水の弾ける音が小さく響く。いくつもの波紋を広げていく湖を見つめながら、覇気をなくしたリンクは手元にある小石を投げ続ける。
ポチャンッ
結局同じだ。結局…
ポチャンッ
油断したからなのか?オレがいけないんだよ、そんなの分かってる
ポチャンッ!
分かってるから、こんなに苦しいんだっ
「―――!!ああっくそ!何なんだよ、全部っ、全部!!」
バチャァンッ!
大きな石が思いっきり叩きつけられ、水面は派手に大きく水しぶきと音を上げた。
怒りの所為で顔を真っ赤にして、リンクは肩を上げ下げさせて呼吸を乱した。
「…っ、訳わかんないよ…」
それは突然ガノンドロフが現れたことだけじゃない、いきなり当たり前の存在が隣からいなくなった事もある。
しかし、一番のダメージは…仲間だと思っていたシークの裏切りだ。見間違いかとも思った、でも彼は間違いなくガノンドロフを『様』付けで呼び、奴と一緒に消えて行った。
冷たくも鋭い視線を残したまま……
「デクの樹サマ…オレ、やっぱり舞を守れなかったよ……
もうっ、世界だってどうでもいい気分だ…!彼女がいない世界にっ、もう、意味なんて…!!」
一心不乱に空に向かって吠える。
『……リンク』
すると、いつも聞いている相棒の心配そうな声が聞こえた。一瞬反応はしても、リンクは振り返りもせずに、その声を耳に届けた。
「…ナビィ…」
『大丈夫?中に入ったラどうかナ』
「…ううん、いらないよ……」
『……。えと…ア、あのネっ、舞を戻す方法、今博士が調べてくれてるヨ!これ分かったら、舞を助けに行けるネ!』
舞を戻す方法?明るくする為に言ったんだろうが、ナビィの言葉にリンクはイライラとしていた。
何故そんなに明るく出来る。何故そんなにテンションが高い。どうして…どうしてっ
「そんな方法ないよ…そんなの待ってるくらいなら、今すぐ敵の本拠地へ乗り込んだ方がマシだ」
『!そんなの…無理だヨ。何処にあるか知らないシ、そんな力まだナイもん』
「…何?」
『力不足なんだモン、まだナビィたちジャ!だから、それなら確実な方法デ舞を―――』
そんな力がない…だと? オレにそんな力がないって言いたいのか?
「っ!ナビィまで否定するのかよ!!オレの実力を否定するのか!!」
『エ?り、リンク…?』
「ダークの時とは全然違う、いつもオレばっかり下に見やがってっ、そんなにオレは頼りないのかよ!!」
『!そ、そんなんジャないヨ!だっテナビィ、リンクの舞に対する想いはとっても大きいッテ分かるもん!』
…?オレの、想い?
「オレの想いって、何。ナビィはオレが舞を守る理由を知ってるって言うのか?」
『エ?そ、そりゃ勿論…』
「…どんなの、だよ」
いつも舞を守るって言ってた自分自身でも分からない答えを、彼女は知っているのか?嫌、多分オレは分かってる。彼女を守る理由を…でも、いつもこれは違うって
『…ジャあナビィが聞き返すよ。リンクは、どうして舞を守りたいノ?』
「そりゃ、オレが男だと思われてない気がするから。オレは何だか女々しい行動ばかりだからさ」
『…へ?り、リンク?』
「?」
何故だろう、表情はないのにナビィが信じられないと言うような振る舞いをしているように思えるのは。
『もしかしテ…自分ガ女らしく見られルのが嫌なダケ…みたいナ感じなノ?』
「あー、うん……そんな感じ」
チクッ
…?『チクッ』?一瞬、ナビィの言葉を否定した瞬間に胸が痛くなった。
『と、特別ナ想いトカは!?』
「特別?…いい仲間…って事じゃないのか?」
チクッ
…また、なった。さっきから何だろう、と思いながら胸元に手を添えようとすると、目の前を飛んでいるナビィの体がふるふると震えた。
「ナビィ?ど、どうしたんだ」
『し…信じらんナイっ、リンクが、自分の想いに気づいテないなんテ、ナビィ思わなかっタ…ッ』
「オレの想いって、だから何なんだよ?それを詳しく―――」
『!し、知らナイ!!リンクの馬鹿ッッ、デリカシーの欠片もないんだカラぁ!!』
「うわ!?」
ビュンッ!!と光速で飛んでいった事により、オレの体は風圧に押された。ドサッ、と音を立てて背中が芝生に扱けて…あの小さな体の何処からこんな風圧を生み出せるんだって疑問が浮かんでくる。
…いや、それよりも…
「な、何なんだよ…オレの想い、って」
舞を守りたい、そう思うことはいけない事なのか?いやでも、ナビィが怒ったのは違うことみたいだった…彼女が怒り出したのは、オレが舞を守る理由、彼女に女の子みたいに見られたくないって言った後から。
チクッ
「…またかよ」
さっきから何なんだ。オレがさっきからこの理由を言う度に、胸が張り裂けそうなほどの痛みを一瞬感じる。それと一緒に、ムカムカとした感情が少しずつ積もっていく。
「…っ、最悪だ…余計気分悪くなった…」
イライラして、ムカムカして、吐き出す術のないこの不快感をどうにか吐き出したくて。
それでもどうする事も出来ないから余計腹が立つ。腹いせに右手で作った拳をドンッ!と乱暴に地面に叩きつけた。
衝撃で舞う葉っぱは、殴りつけられて痛いと訴えかけてくるように見える。
早く早くと急かす胸を無理矢理押し付けて、空気を思いっきり吸い込んだ。香りに、光の匂いがなくなってきている。森で育ったオレは、それだけでもう日が暮れてきている事に気づいた。
***
泣き声を漏らしながら力なく羽を動かすナビィは、みずうみ博士の家へ向かって飛んでいく。
『ヒック、ぐす…っ、リンクの馬鹿ァ、何も分かっテないんだカラっ』
ナビィは思っていたのだ、リンクは舞の事を好きなんだからああやって全力で守ろうとしているのだと。
しかし、勇者はその想いに気づいていないようで…逆に自分で不思議に感じていたほどだ。その責任のない想いに彼女は腹を立てている。
『クスン…もうナビィ、どうすれバいいのか分かんないヨ…』
自分の相棒にあんな態度をとってしまった事、小さな自分にはモンスター一匹倒せない事、彼女なりに色々と沈んでいた。
もしかして自分はお荷物なのでは?そう無意識の内に考えこむと、さっきよりも一段と元気をなくした。
いつも明るく光り輝く羽も、今では色が悲しくなっている。
「――!…っ―――!!」
『…?』
小さな体はピタリと動きを止める。何処からか聞こえた声に体が反応したのだ。
渓谷へ続く道…その辺りから乱暴な声が聞こえてくる。モンスターかもしれない…そう思いながらも原因が気になったナビィは警戒しながら方向転換をした。
何だろう、なるべく高いところへ飛び上がり、上から渓谷への道を覗き込むと―――
『!あ、アレ…!?アレってまさかッ』
――ダーク!?
そう、彼女の視界に入ったのは、回りに溶け込んで分かりにくいもののれっきとしたダーク本人。
彼は両手で紅いマスターソードを持ち、肩で息をしていた。その理由は彼の周りには取り囲むようにモンスターの群れがいる事で分かる。
祐に数が30以上いるモンスターを相手に1人で戦っているのだ!
『大変…!り、リンクを呼ばないト…――』
「――ハァッ!!」
ザンッ!!と、リンクを呼びに行こうとしたナビィの耳に音が届いた。振り返ると、ダークが敵を剣でなぎ払っている。
真正面の敵を斬りつけると、弾かれるようにモンスター達が一気に襲い掛かる!
『!だ、ダーク!!』
ナビィの悲鳴も他所に、ダークはモンスターに向かって躍り出た。モンスターを剣で串刺しにすると、そのまま剣を振り払い後ろの敵を斬りつける。
衝撃で串刺しになったモンスターが剥がれ落ち、吹き飛んだ死骸に何体かのモンスターが崩れる。
それを視界の隅で捕らえながら、挑発するように剣を突き出す。
「ハッ、次来いよ!!」
挑発に乗るように両サイドから同時にガイコツのモンスターが攻撃を仕掛ける。ダークは一瞬でそれを見切り、今度は両手を地面についてそのまま両手を軸に体を回転させた。
――ドガッ!!
【ギッ!!】
強力な回し蹴りに、向かってきたガイコツは2体とも頭を吹き飛ばされる。攻撃が終わり、足を付けるまでの間、一瞬の隙が出来た。
【ギギーー!!】
ゴッ!
「!!…っそ、ウゼェッ!」
ゴブリンの攻撃を後頭部に受けながらも、ダークは怒りを全部突き刺すようにゴブリンを始末する。さっきの攻撃で頭から血が流れ、それは重力に従い顔を塗らした。
予想以上に出欠の量が多く、ダークは体を揺らして片膝をついた。それをチャンスとばかりに回りのモンスターは一気に飛びかかる!
『あ、危なイダーク!!避けテっ!』
思わず大声を張り上げるナビィ。彼女からは丁度モンスターによって見えなくなったダークは鋭い目を更に吊り上げた。
ついた片膝を持ち上げ、彼はその場で右足を軸に重心を下半身にかけた。右手に持った剣を突き出し、その場で一回転をする!
「邪魔だああああ!!」
ガガガガガッ!!
――バキィンッ!
【ギャアァアァアァァァ!!】
ドオォンッ!
ダークによって繰り出された大回転技――回転斬りにより、何十と残っていたモンスターが全て一掃された。武器も全て折られ、粉々となったものは地面に落ちる。
モンスターの倒れた大きな音は渓谷で響きかえり、地震が起きたように大きく地響きをあげた。
ポカーン、という効果音が似合うであろう様子で、ナビィはダークを見入っていた。
『(うっわァ…強イ…)』
「――ふんッ、雑魚が…話になんねえ」
ダークはピッ、と無造作に剣を振り、剣についた血を払った。
凄い、と関心を漏らしていると、歩こうとしたダークの体が揺れ、剣を地面に突き刺して座り込んでしまった。
『!ダークっ、大丈夫!?』
やはりさっきの傷が深かったのだろう。慌ててナビィが駆け寄ると、少し顔が青白くなっているのに気がついた。それと同時に、遠くからでは見えなかった、多くの切り傷や無数の傷跡が……
彼が博士の家から出て行ってから、どれだけ戦ったのかが分かる。
「…何だ、妖精か……何の用だ…?」
ダークの閉じられていた瞳がゆるゆると開かれた。
『怪我が酷いヨっ、直ぐにみずうみ博士の所に行って治してもらオウ!』
「俺確実に仕留められると思うんだが」
『ア』
そうだった。あの人、実験対象は人間の方が好きだから…もしも彼を連れて行ったら治療と称した解剖をされ兼ねない。
自分で言ったにも関わらず、ナビィも冷や汗を流した。
『ジャ、じゃあナビィが回復すル!』
「あ?別に構わねえよ、そんなもんいらねえ…」
『ダメだよ、出血量が多いモン!だ、大丈夫、ナビィ絶対治すカラっ』
「おいおい、強がんなよ。テメェは回復用の妖精じゃねえだろ…絶対無理だ、止めとけ。
こんなもん唾付けとけば―――」
『絶対イヤ!!』
いつもと違い、強気なナビィにダークは目を開いた。ナビィは退こうとしない、まるで何かに耐えてるように震えてるのは気のせいじゃないだろうか?
『ナビィだっテ、役に立ちたいヨ…ッ、出来ること一生懸命したいヨっ』
微かに彼女の声は震えている。きっと人間の姿なら、確実に涙目になっている筈だ。さっき泣いたばかりなのに、また涙が出てきそうになるのをナビィは堪えている。
悲しみながら、ナビィは心の中でリンクに謝っていた。今になって分かった、頼りにされない気持ちがどんなに辛いかを……
静かすぎる沈黙の中、とうとう我慢できなくなったナビィが泣こうとした。
「………俺の頭、相当血が出てるのか」
…が、小さく呟かれたダークの言葉でナビィの意識はそっちに傾く。
『エ?う、うん…』
「ふーん」
『ダーク…?』
「…人間の脳内って脳みそ以外はほとんど血で詰まってるもんなんだよ。…知ってるか」
『?』
ナビィはダークの言葉の意味が分からなかった。
何が言いたいんだろうと内心首を傾げる。彼女の様子にダークは俯いたままで何処か視線を泳がせた。
「……俺、どこかの奴らみたいに頭空っぽにはなりたくねえんだけど…」
『!わ、分かっタ…!』
反射的に己の羽を羽ばたかせたナビィは、血が流れる彼の傷口に近寄った。淡い光を漏らしながら、ダークの遠まわしながらも優しい対処に体をピンク色に染めた。
素直にダークもナビィの治療を受けながら、辺りにモンスターがいないかだけ確認した。
「妖精、あの勇者はどうしてる」
静かにしていたダークがポツリ、と呟く。消えそうな声にナビィは過剰に反応を示した。
『リンクなら、ハイリア湖を眺めてたヨ。やる気もなくなってルみたイ、無理もないケド…』
「…そうだろうな…俺でさえあれだったんだ、多分そうだろうとは思ったぜ」
『?…そう言えバ、ダークは何をしていたノ?』
ナビィが羽を一振りするたびに光の粉が落ちてくる。さっきより、出血の量がなくなった。
「分からねえ。只…我武者羅に暴れてただけだ」
『どうしテ?強くなろうトしたカラ?』
「強く?…そうか、そう言う捕らえ方があんのか…」
何故か俯き加減に喋るダークだが、上から見ている為にナビィには表情を読み取ることは出来なかった。
暫くどちらとも口を開かないまま時間が経っていく。その沈黙も、ずっと俯いていたダークによって終えられた。
「今日は…あいつを放っておけ」
『エ?で、でも…』
「あんな状態で戦場に出したら確実に殺される。…まあ、何より足を引っ張られたら…折角の俺の腕が落ちるからな…」
『ダーク…そっカ、そうだよネ…』
ナビィもダークの言いたい事が少し分かったのか、心の中が今の自分から発せられている光のように暖かくなっているのに気づいた。
自分は急ぎすぎていたのかもしれない。急いた気持ちが、自分を押しすぎて…本来の目的を見失っていたのかも。
それならばリンクは尚更のことだ、気持ちを落ち着かせる期間を与えないと…とんでもない事になるかもしれない。
『ナビィ、何となく分かっタような気がする、カモ……ナビィはサポートする為にいるのニ、自分でリンクを追い込んじゃっタんだネ』
「どうだろうな。あいつ自身、弱いからな…」
『そんな事ナイよ。リンクは頑張ってルもん、だカラナビィも頑張らなくッチャ』
最初に比べ、幾らか明るい口調に戻ったナビィがダークの許から離れた。体を元気な黄色に染めると、ダークの肩に1度とまった。
『ナビィ自分のやらなキャいけない事分かったヨ!これからみずうみ博士のお手伝いしてクル、舞を取り戻す方法探してみルよ。ありがトうダーク!!』
嬉しそうに言うと、ナビィは夜に映える金色の光を灯した。風に乗るようにふわりと羽を浮かせると、方向を博士の家に向けた。
その様子を見届けながら、ダークは血で塗れた剣先を渓谷に流れる水に乱暴につける。
「!」
水面に映る自分の顔を見てダークは目を開く。剣を持っていない左手は、さっきまでナビィが治療していた頭へと向かった。
「傷が…塞がってる…?」
そう言えばさっきと比べて全く痛みが感じない。彼女は回復用の妖精ではない為に、どんなに小さな傷でも血が止まるぐらいしか出来ない。
だけど、水面に映ったのは完全に傷跡が塞がり、顔色を正常に戻した自分だった。
「…ふん、やるじゃねえか」
余計な手当てを自分でする必要もなくなり、ダークは口の端をくっと持ち上げる。
ナビィは少しずつ進化している、リンクもこれを乗り切れば、自分を取り戻すだけでなく強くなるだろう。
「…俺は、どうすればいい…。また我武者羅に暴れれば、強くなれんのか…?」
普段見せない、少しの不安が混ざったような表情。ダーク自身、不安なところがあるのだ。捨て切れたと思っていた恐怖感の残りと、話にもならない程の自分とガノンドロフの力量の違いに。
心の中で全てが廻る。どうする、どうすればいい…暴れていてそれでいいのか。他に何か方法があるのでは?
「―――…何もしねえよりかは、マシだ。」
固まった血は水で解される。水と一緒に払って除けると、銀色に輝く刀身が月の光を帯びて輝いた。
「暴れてやる、それで、俺なりに強くなればいい。…もうあいつに人生のレールを敷かれる事も、言いつけどおりの台本を読み通す必要もないんだ」
ダークは1度剣を強く握ると、大きな月に向かって剣を掲げる。それは中世の騎士が、己の夢を追い求めると決断した時に行う儀式と同じもの。
「此処からはあいつの為の命じゃねえ。この俺の…ダークリンクの命だ。
誰にも渡さねえ」
紅いマスターソードが、仄かに残る血で赤く塗らした刃を月明かりで反射させる。
怪しくも幻想的な光景は、この世のものとは思えないほどのもの。
「…俺は吹っ切った、妖精も恐らくそうだ。後は勇者…テメェだけだぜ」
さっさと這い上がって来い。眉間に皺を寄せたダークは静かに呟く。
彼の声に呼応するかのように、渓谷の地面から無数のスタルベビーが這い出してきた。カタカタと音を鳴らし、不気味に歩み寄ってくる。
徐々にゴブリンやアメンボのようなモンスター青テクタイト、更に植物のデクババやウルフォスまでも出てくる。
ダークは短くため息を吐くと、さっき血を払ったばかりの紅いマスターソードを抜く。
両手で構え、前を見据えて
「…中途半端な気持ちは捨てた。もう迷わねえ、俺は裏切り者の影人となる!!」
妖艶に光る垢の目は敵を鋭く捕らえ、瞳の色を映す刃を手に駆けた。間もなく渓谷で、影人が漆黒の剣を手に舞い踊る。
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