54.平和は悲しみに堕ちて
様々な世界に様々な想いが交差する。
この世には目に見える世界の現世と魂の眠る死世の2つが存在される。聖書の中にも詠われた事であり、まだ人々が知り尽くしてはいないもの
――そして死世…彼の闇の彼方に属する世界。
手の平に収まる程の人魂の様な魂が飛び交う中に…1つだけ不釣合いな影が膝を抱えて蹲っていた。
瞳を閉じて闇の空間を浮遊する者はそっと瞼を持ち上げる。
光のない瞳に光を刺したのは…この場には不釣合いな神々しい光だった。
―聞いてないわよ…こんな終わり方っ!
何故、どうしてこんな酷い終焉を迎えなきゃいけないのよ…!!
――あたしはヤだよ。こんなバッドエンド、誰が望んだと言うの!!
何処か焦ったような声で神々しい光は呟いた。彷徨う視線は神々しい光に目を向ける事は無い。
離れていくように光を小さく細めると、彷徨う視線が横一線に閉じられた。
##NAME2##……―――
―――現世では光が溢れる世界。
窓枠に手を掛けた1人の少女は、広い中庭を静かに見つめる。
そんな少女の前に鎧を纏った兵士が敬礼をして現れた。
「ゼルダ様、お呼びですか」
「ええ…あなた方にお願いがあるのです」
「お聞きします!」と申した兵士は背筋を伸ばした。ゼルダ、そう呼ばれる少女は愁いに帯びた瞳を少し伏せると再び背中を向けて見えない影で両手を握り締めた。
「後に来る緑の少年…彼は客人として率直に通しなさい。
そして―――直ちに、時の神殿にある時の扉を…封印するのです」
平和は悲しみに堕ちて
―――サァァッ
ガヤガヤ、ざわざわ
心の中から湧き出てくる冒険心、体に一杯浴びる太陽の光、綺麗に澄んだ風を追いかける、快晴な空を飛びまわる小鳥。
そして何より…活気付いた城下町と町の人たち。
未来にはない平和な空気が、そこら中に敷き詰められていた。
「さあ買った買った!効果のいい防具売ってるよ〜!!」
「新鮮な野菜ありまーす!」
食べ物や道具などを売っている市場からは活気溢れた声が張り上げている。
大人も子供もカップルもご老人も。皆、その顔には笑顔を一杯に広げて
「う、わぁ…」
思わず、口からはその活気さに溜息が零れた。だって…今さっきまで見てきた【未来】には、ありえなく想像がつかない光景なんだから。
どうしよう、子どもになって、遊びたいとか、楽しみたいとか、そんなんじゃなくて…
何だか、泣きたい
「懐かしいなァ…あの時にオレ、此処で狐のお面貰ったんだっけ」
街に設備されたガーデンのレンガに付いたヒビ1つ変わらない。
何故覚えてるかは狐のお面を貰った時にたまたま助けた人がこのヒビを作ったのを見たから
「……」
ヒビに触れると、頭の中に1つの情景が浮かんできた。
お面を貰ってはしゃいでいる自分に逸れないで、と細心の注意を払う舞とナビィ。
あの時、確かに彼女は此処にいた。
「舞……」
じわりと滲む涙が悔しく、瞬きをすることで涙を誤魔化した。
今は泣いている暇は無い、そんな暇があれば早い所城に走った方がマシだ。
パンッと乾いた音を立てて両頬を叩くと意気込んだ精神が漲ってきた。
「ようしっ、行くぞ!!」
両手で握り拳を作って全力で駆け出す。もうさっきのヒビも振り返らない、オレは一直線に真っ白な巨大な城に向かって走った。
*****
++舞side++
朦朧とする自分の視界には部屋に備えられた多種多様な機械だけ。
それ以外と言えば薬品臭さのついた白いベッドシーツのみ
「舞、林檎持ってきたの。食べるでしょ?」
隣にカタン、と椅子を引く音と母の声が聞こえた。
少女は呼ばれ、何も言わずに口元に弧を描くとそれだけで母親には伝わる。
「お母さん、何時も貴方を1人にしてたから罰が当たったのね。暫く仕事は休みを取らせてもらったわ。
今晩にはお父さんも来てくれるそうよ」
シャリシャリと林檎の皮が剥かれていく。白いまな板の上に積まれていく螺旋状の赤い皮
いつも一緒に居る事が少ない母親が近くにいてくれる。
それだけでも入院中の少女には心強かった。とても嬉しく、心は満足……
「…お母さん、あたし……今までずっと、何処にいた?」
「え?舞はずっと此処にいるじゃない」
「そうじゃ、ないの…目が覚める前…あたしは、何処にいたの?」
帰ってくる答えなど分かりきっているのに、少女は胸がチリチリと焼ける気がした。
何かに戸惑うような視線の少女の手をとり母親は何度も摩る。
「舞はずっとベッドで寝ていたわ。母さん、ずっと手を握ってたもの」
「本当…?」
「ええ。心配しなくとも舞もお母さんも何処にも行きはしないわ。
…怖い夢でも見たのね」
頭の上に乗せられるとても大きいとは言えない手の平。
温もりに触れ、安堵した表情になると母親も落ち着いて再度林檎を手に取った。
その様子を眺め、暫くすると少女は目線を窓へと向ける。
「(…怖い夢……そうだったの…?)」
疑う気持ちに気付き、母の言った言葉を納得させて自分に言い聞かせた。それなのに競り立てるこの心情はどうしてだろう。
落ち着け、と言わんばかりにコッソリと服の上から胸を押さえ込んだ。
見られればまた心配性の母は取り乱してしまうから
――舞……、…舞…
誰かに呼ばれた気がして少女はハッと振り返る。
けれど、振り返った先では同室の老婆が震える指で折り紙を折っているだけだった。
同じく、同室の中年男性がギブスの付いていない左手で煙草を吸った。
こっちにまで漂ってくる煙に咽返りながら、何処か心に張ったもやもやと同じものを感じる。
―――…舞、……
「(誰……?)」
(あたしを呼ぶのは 一体…)
*****
++リンクside++
「……へ?」
「ゼルダ様より貴方は客人としてお通ししろと言われています」
「ゼルダ様の居られる中庭はこちらです。さあどうぞ」
両脇を挟む兵士に正直オレは驚いていた。
簡単に淡々と言われている言葉にも驚き…だって前なんか命がけで潜入したほどなのに。勿論今回もそのつもりだったんだけど。
まあすんなり事が運ぶならこっちとしても助かる事だから、オレは何も言わずに黙って前の2人について行く。
暫く歩くと明るい場所に出た。
雰囲気の変わった場所に着くと、兵士は頭を下げて後ろに下がる。姿が見えなくなったのを確認すると、オレは中庭へ飛び入った。
するとその先では見覚えのある背中が窓の向こうを見つめている。
オレは躊躇無くそれを見つけると走らせた足を止めた。
「ゼルダ!!」
名前を呼ばれた相手先は少し間を空けるとゆっくりとこっちに振り返ってくる。
「リンク…やはり来ましたね。貴方なら必ず来ると思いましたわ」
振り返った顔は紛れも無く、ついさっき…時間で言えば7年後の未来で見た
王女、幼少ゼルダ姫だった。
「ゼルダ…聞きたい事が」
「貴方の活躍は確かにハイラルを救いました。心から感謝を述べます」
言葉を遮ってゼルダはスカートの裾を持ち上げた。
「ゼルダ」
「今は無き活躍でも、7年後には未来永劫残る伝説として書物に…」
「ゼルダ!!!」
小難しい事を言う彼女の言葉を今度はオレが遮ってやった。
罪悪感に満ち溢れた表情はオレの言いたい事を分かってる筈。それを知らん振りされるのが嫌だった。
オレが聞きたいのはそんな事じゃない
「……分かっています、舞でしょう?」
ほら、やっぱり気付いていた。それもそうだろう、世界にとっては7年後の未来でもオレ達にとってはついさっきの出来事だ。忘れるわけが無い
「彼女は何処に居る。何処に行ったっ、何でオレの隣にいないの!?」
「リンク…舞は元々別世界の人間です」
まるで全て諦めきった様な表情でゼルダは重い口を開く。
心の中では何処か分かっていたものの、やはり直接言われるとそれが遠くに聞こえてくる。
「まさか……」
「私の手違いで呼んだ、以前そう言いましたね?ですから私は三大神の力を借りて過ちを直し、彼女を元の世界に還したのです」
嘘だと思いたかった。これは全部悪い夢だと……
だって、オレ…舞に分かりきったように言ったんだぞ?絶対に還さないって、消さないって…!
頭の中は真っ白なのにオレは顔が真っ青に染まるのが分かった。
「お分かり頂けましたか?これで私の過ちも正す事が出来ましたわ、これで…全てが、元通りに……」
「う…嘘だ!!手違いで呼んだなんてっ、舞は君がこの世界に連れて来たんだろ!?」
吠えるように言った言葉にゼルダは大きな目を更に大きく開く。
お化けを見た様な表情は「何故知っている」と無言で言っていた。
「フロルから聞いたんだ…あの時、まだ理解の出来ないオレにゼルダが嘘を言ったんだって」
「勇気の女神が…」
「確かにあの時のオレなら分からなかったかもしれない…。
でも今なら!色んな事を経験してきた今のオレならもう分かる!!」
だから隠し事はするな、と続きを叫んでやりたかった。
けど、あまり吠え立てると逆に追い込みすぎてしまうと思って止めておいた。
案の定、言葉を続けられるゼルダはキッとした目でオレを見る。
「そうですね……確かに私が彼女を連れてきました。この世界を守る為に」
「じゃあどうして今更…!」
「…それが世界の法則なのです。彼女をこの世界に留める事は許されません」
それは…舞をこの世界から追放したも同然じゃないか!
「それでいいのか!?ゼルダは、そんな世界の理に縛られた決断をして本当に君はそれでいいの!?」
「……」
「今、その法則の所為で君もオレも酷く傷ついてる!もしかしたら舞だって…――!」
勢いで迫りたてていた言葉が急停止する。ふと思った、舞は決戦前夜の日、この時が訪れるのを怯えるようにオレと話していた。
約束をして漸く取り戻した明るさでも腑に落ちない顔をしていたのに……そんな彼女があっさり承諾なんて出来るのか?
いや、もししようとも彼女を溺愛していたゼルダが何もせずにはいない筈。そのままだと舞はこの世界に呪縛されて精神が崩壊、と言う事だって……
まさか、と思ったオレは少し塞ぎ気味になった顔を上げた。
「もしかしてゼルダ…舞を元の世界に送って何かしたんじゃないか?例えば、今までの事を全部なかった事にしたとか!」
嫌な予感がして言い払った言葉にゼルダの肩が一瞬揺れた。
彼女は祈るように組んだ両手を下に降ろすと、揺れる眼差しのまま首を縦に頷かせてキッパリと言い退けた。
「その通りですわ…リンク、貴方の言う通り」
「君は…舞に一体何をしたんだ?」
「率直に言えば、彼女の中のハイラルでの記憶を…全て削除しました」
「な…!き、記憶を消したって言うのか!?」
「はい。それが彼女にとって最善の方法だと思ったから」
鈍器で頭を殴られたような衝撃が体中を走った。
記憶が無くなったと言う事は、もう舞がオレ達の事を覚えてはくれていないと言う事。
彼女が…?この時代に会い、7年後の未来を一緒に旅し、旅の苦楽を共にして色んな事を助けてくれた彼女が、
それを全部忘れたって言うの?
「う…嘘だ…っ」
「リンク…これは、真実なのですよ。現に彼女はもうこの世には」
「嘘、だっ…!嘘だーーーーー!!!」
泣き崩れる。この表現が一番今のオレにしっくりくるだろう。
まるで玩具を取り上げられた子どものように大声を上げて泣きべそを掻くオレ。いや…事実その通りなんだ。
大事に仕舞っていたモノを無理矢理奪われて、返せと言わんばかりに泣き叫ぶ。
只1つ違うと言えばそれが玩具ではなく大切な人と言う所だけ
「嘘だよっ…だって、ついさっきまで一緒だったのに…!オレの事っ、リンクって…呼んで、くれていたのに!」
涙が1つ落ちていく度に色んな彼女が浮かび上がってきた。笑った顔とか泣いた顔…確かこう言うのを走馬灯って言うんだとデクの樹サマに聞いた気がする。只違うのは死に際に浮かぶ事…
なら尚更思い出したくないのに、意思に反するように涙は零れていった。
「リンク、もう忘れるしかないのです。この国を救った聖女とだけ覚え、他の事は忘れないと…苦しいだけですわ」
「! そ、そんな…!本気で言ってるのかゼルダ!?舞なんだぞ!君の友達じゃないのか!?」
友達と言えばゼルダは辛そうな顔を余計歪ませた。
「友達……だからこそ、私は忘れたいのです…!こんなに苦しむぐらい慕う方が居なくなった…そう思うだけで私は可笑しくなってしまいそうっ」
彼女の言う通り忘れる事が一番の楽な逃げ道だ。
でも…それが出来ればの話しだし、例え出来てもオレは逃げるなんて事したくなかった。
「ゼルダは…舞にもう一度会いたいって思ってるんでしょ?」
「!」
「そうだろ?会いたいからそんなに苦しむんだろ?」
「そ、それは…」
「ゼルダの舞への思い…凄く大きいって分かる。じゃあどうしてその強い思いを、彼女ともう一度会う事を考える方へ使わないのさ!」
彼女ほどの地位と知恵があればそれだって出来ると思うのに…オレにはそれが不思議だった。
オレ達2人とも同じ気持ち、舞にまた会いたいって言う気持ちが。
「なあ、だから一緒に考えようよ?舞を戻す方法…ゼルダなら出来るんじゃないか?」
「そん、なの…っ、そんなの許される筈ないでしょう!!」
オレは思わず目を見開いた。驚いた…だって何時もおしとやかに振舞うゼルダが、初めて大声を張り上げたのだから。
城内にも聞こえた声に、中にいる兵士の驚いている様子が窓からちょっと見えた。
「私は王女です…時の賢者なのです!高き地位に聳える者が私情だけで扉を開くなど、それこそ世界の論理が高じますわ!」
ゼルダは両目に溜めた涙をじわりと滲ませた。
「…っ、私は…!ハイラルの王女として、時の賢者として…私事を挟む事など許されないのですっ。特別な存在がどれだけ、私の行く手を阻んだ事か!」
溜め込んでいたものが溢れるように、オレと同じように涙を流した。
俯くように両手で顔を覆うゼルダを見てオレは確信した、彼女も苦しんでいることに。
それは、以前オレもフロルも身を持って知った『特別』の苦しさ。自由を奪う呪縛は想像以上に大きいものだ。
「分かったのなら…どうかもうお引取り下さい、門前まで兵が送りますわ……」
ゼルダの場合は王女と時の賢者の両方が枷になっている。その立場にいる以上、決して許されない自己の為になる行動
背中を向けるゼルダにオレは2歩進んで少し近づいた。とは言っても段上にいる彼女には程遠い距離
「じゃあ…じゃあ『ゼルダ』個人の思いはそれでいいのか!?」
「! だからそれはいけないとっ」
「王女だから、時の賢者だから。確かにそんな重大な役を買ってたら許されない事かもしれない…
でも今此処で見過ごしたら、きっとゼルダ、後で後悔すると思う!」
「後悔…?」
「許してもらおうとするから怖いんだ。だから…許してもらおうと思わなかったらいいんだ!最初から自分の重罪を分かっておけばいい、それだけの事だろ?」
オレの言葉にゼルダは信じられないと言う様に驚愕に目を見開いた。
「あ、貴方…本気で言っているのですか!?相手は世界、神ですよ!?それを相手に意の赴くままに行動しようと言うのですかっ」
「人一人助けてくれない神様なら、オレ…そんな神様なんていらないよ。オレはっ、神様に反発されても世界を敵に回してでも舞を迎えに行く、絶対に!」
「リンクなら分かるでしょう!?時の勇者であった貴方ならっ、特別であるが為に犠牲にしなければならないものがある事など!」
「それはっ」
あんなに勢いよく押し攻めていたのに、図星を突く言葉を言われた途端言葉を詰まらせた。
――どうして…何で道を塞ごうとするんだ?どうしてオレじゃ駄目なんだよっ
「世界の事も私の事も何も知らない癖に、知ったような口振りをするのは止めて下さい!」
「…!!」
「…っ、この地位にいながらにして手に入れることが出来ないものは…絶望に等しいものなのです…っ!」
お金で買えるものなら何でも手に入るけど…
王女と言う身分のお陰で手に入れるものは多くとも、その王女と言う身分の所為で手に入れられぬものだってあるのだ。
「…確かに、オレは君の事は全然知らないよ。カッコ悪いけど、言い返せない……」
それぐらいなら分かるけど…確かにオレはゼルダの事なんて露1つ知らない。
その辺りは全くと言って良い程言い返せはしないだろう
…けど、
「だけど…舞の事なら分かるよ」
「…!?」
「きっと舞の事だから、記憶を消されても僅かに残った欠片を集めようとして苦しんでいると思う」
「そんな、馬鹿な…っ。彼女から取り払った記憶は何かしら影響が及ばぬ限り、時間が経つに連れ全て掻き消されます!」
「ほら。…時間が経つに連れてなくなっていくのなら、今はまだ完全じゃないんだろ?」
「!」
「ほんの少しでも可能性が残っているのなら…オレ、探しに行く。
舞が完全にオレを忘れるまでは絶対に諦めない」
真っ直ぐのオレの眼差しとは逆に、不安に揺れるゼルダの瞳。これだけで今のオレ達の心情の大差がどれ程か分かる。
「けれど、彼女の世界の時間は此処とは違うのです。こちらの世界で1時間経った時間も、彼女の世界では既に1週間が過ぎたも同然…っ。舞がいない以上、もう時間を遅くする必要はなくなった向こうの世界は、既に何日過ぎた事か……」
「じゃあ急いで方法を探すまでだ」
「そ、そんなの無理に決まっているでしょう!漠然とした時差に追い着くほど簡単な問題ではないのですよ!?」
「でも可能性が全部消えたわけじゃないっ。舞に会える可能性があるのなら、オレは何だってしてやる!」
「っ、世界に反してまで彼女に尽くすと言うのですか?
話しになりません…もう、いいです。私はこれから時の扉の封印に参りますわ」
「これで失礼します」そう言うとゼルダはスカートを翻し、数えるほどの段を駆け下りて来た。
時の扉の封印…それは、マスターソードが封印された場所。可能性の1つとも言える場所
可能性が消されるのか?舞と、会う可能性が…?
「――…っ!」
脳裏で舞の笑顔が消えていくと思った途端、隣を通り過ぎようとしたゼルダの腕を反射的に掴んだ。
「なっ、待…!駄目、だ…っ、そんなの!」
「何ですか。」
「ほ、本当にいいのか!?舞は…君にとっても大事だしっ、オレだって…!オレに、だって…っ」
何かを続きに言おうと思っても口から言葉が出てこない。痺れを切らしたゼルダが振り払おうとする。
「いい加減になさいリンク!離してっ」
「ぜ、ゼルダっ……オレっ!」
「もういいんですから!私はこれ以上意味の無い言い争いなど――」
「舞が好きなんだ!!」
目の前で大きく目を開くゼルダを脳は認識できない。
只、口から出てきた言葉に自分でさえ驚く。ずっと、口に出すのが怖かった一言…何でオレいきなりこんな事……
けど、意思とは反対に1度言った言葉の背中を押すように何かが込みあがってきた。それは言葉のようで…言い表せないような切情。
「好き、だ…」
――リンク!――
「す、好きだ!好きだ!!好きだ好きだ好きだ、好きだっ!!」
溜めてきた思いは言葉に、涙となって止め処なく溢れてくる。
思い起こすのは愛しい人の笑顔と声。こんなに簡単に言えるのなら…彼女が居た時に、思いを伝えれば良かった…っ
今更だけど――もの凄く彼女の存在は、オレの中で大切なものだったんだ…!!
「オレッ、舞が大好きなんだよおぉっ!!!」
「リン、ク……」
男とは思えないぐらい、情けないほど溢れ出る涙が幾つも服に染みを作っていく。長い耳は先まで熱が集まるのだって分かる。
ゼルダを押さえていない方の腕を目元に押し付けた。どんなに拭っても満足出来ない量の涙
「(会いたい…っ!もの凄くっ会いたいよ、舞…!!)」
オレはこんなに彼女への思いを押し留めていたのかと思った。同時に…絶大な恐怖と嫉妬に魅入られていた。
――本当は、ダークが羨ましかっただけ。
最後の決戦の時…ガノン城が崩落しかけた瞬間、オレは情けないほど震え上がり足がガクガク震えていた。
地震の揺れで誤魔化せて良かったと思っていたのを確かに覚えている…
流れる涙ばかりに気を向けていると、掴んでいるゼルダの腕が力なく垂れ落ちたのを感じる。
顔を上げると、彼女は涙の浮かぶ視線を足元の花に向けていた。
「分からない…貴方は、どうしてそこまで頑張れると言うの…?」
「ゼルダ…?」
「わ、私だって……私…だって……っ」
目元を押さえるとゼルダは小さな阿吽を漏らした。
…オレがこんなに頑張れるのは、ダークのお陰なんだとはとても言えない。けど、本当にオレの勇気はダークの勇気あってこその賜物なんだ。
「頑張ってくれたから…」
怖くて震え上がっていたオレとは逆に、ダークは、危険に晒されると知っても最後までかっこよく前を向いていた。
全身で、命を懸けて舞を守るって言う姿勢が…もの凄くカッコいいと思ったんだ。
――だから……オレは、
「今度は…オレが勇気を見せる時なんだ」
――ダークに負けないぐらい舞を大切に思ってる事、分からせてやるんだ
オレは静かにゼルダの腕を離すと無言のまま元来た入り口へ向かって歩き出した。
それに気付いたゼルダは顔を上げて首を傾げる。
「リンク…?何処に、行くのですか?」
「舞を連れ戻しに。急がなきゃ…時間がない」
「! し、しかし!何処にそんな当てがあると言うのです!?」
「オレ達の未来を大きく変えたマスターソード…あそこ以外考えられないんだ。
何でか分からないけど…呼ばれてる気がする。」
同じ武器同士なら共鳴と言うんだろうけど、オレにはそれに近いものが感じられた。
あの場所に彼女がいなくとも…何かが、誰かが、
オレを待っている気がする。
出口に差し掛かった時、やっぱり耐え切れないようにゼルダの悲痛な声が後ろから聞こえてきた。
「でもっ、リンク!特別な存在ではなくなった今…貴方は何を頼りに前に進もうと言うのです!?
頼りになるものなど、何処にも…!!」
「っそんなに必要なのかよ!!特別な存在が邪魔だって言ったのはゼルダだろ!!」
気付かない内に大声が張り上がっていた。体と一緒に振り返ると、案の定と言うかそこには驚いた顔のゼルダがいた。
「リンク…!!」
左の手で握り拳を作ると細めた目で彼女を見つめ、口を開いた。
「今のゼルダは…ガノンドロフと同じだ」
「なっ…!?」
「自分の都合が終われば存在を消して、何もなかったように目を逸らしてる…!それも、舞は別世界の人間でハイラルには全く関係ない人物だ!!
そんな人がこの世界の為に血を流して痛み我慢して、最後まで頑張ってくれたんだよ?ゼルダはその頑張りを侮辱しているも同然なんだよ!?
奇麗事述べても結局変わりない――幸せなんてハイラルの人間だけじゃないか!!!」
「――!」
「オレにとっての本当の幸せは、旅をしてきた仲間達がいる世界だっ!
だから…今のハイラルが平和だって言うのなら、それならまだガノンドロフに世界を支配されている時の方が良かった!」
リンクの放った言葉がゼルダの胸を貫く。思い出の様に、ずっと痛みに耐えながら最後の戦いを耐え抜いた彼女の姿が一瞬浮かび上がったのだ。
そしてそれは、今吠え立てるリンクも同じ事
「何を捨ててもいいっ、でも舞だけは絶対捨てられない!だから彼女を奪う君はオレにとっての敵だっ。
何一つ変わらない、今のゼルダのしている事は―――ガノンドロフがしていた事と同じじゃないか!!」
吐き捨てるように言った言葉に反論が帰ってくる前に、オレは踵を返して走り出した。
遣る瀬無い気持ちと急がせる心に恐怖と虚無を覚えて涙が頬を伝って落ちていった。
ゼルダには悪いかもしれない…でもオレ、舞を忘れるなんて事絶対に出来ないんだ。彼女だけは忘れられないっ
オレは只頭の中でゼルダへの謝罪を述べながら、無意識の内にでも向かう事の出来る場所へ走った。
++
リンクのいなくなった中庭には、1人残されたゼルダが愕然としない表情で彼がさっきまでいた場所を見つめていた。
どうすればいいのか分からない様に困惑しきった彼女は身動き1つ出来ないまま。
――最後まで頑張ってくれたんだよ?ゼルダはその頑張りを侮辱しているも同然なんだよ!?
先程のリンクの言った言葉を思い返すと再び痛む胸をぎゅうっと押さえつけた。
耐え切れない様に膝を崩すと、衝撃で地に根付いた野花の花びらが宙を舞った。
――ゼルダは…舞にもう一度会いたいって思ってるんでしょ?
「会い、たい…」
――じゃあ…じゃあ『ゼルダ』個人の思いはそれでいいのか!?
「良い訳なんてない!彼女に会えるなら…方法があればっ、私は何だってした…!
けれど……」
―――けれど、方法がなかった!!
両手で胸を押さえるゼルダは頬を伝う涙を気に留めることなく打ちひしがれた。
だって…初めてな人だった。王位継承者とも言われる自分に一歩置かず、素直に自身を曝け出してくれた。そんな人を失うような事したくなかった。
だが…やはり立場と面目を考えると仕方がなかったのだ。ハイラルが平和になるには犠牲が必要で、億千万人の命と1人の命とを比べると差は歴然だったのだから。
こうとしか決断は許されない。そして立場を弁えたゼルダもその部分は覚悟して決めた事。
……だけど、
――オレはっ、神様に反発されても世界を敵に回してでも舞を迎えに行く、絶対に!
あんなに真っ直ぐと自分の意思を持てるリンクが不思議で仕方がない
…反面、羨ましくもあった。
彼は捉われていない。世界も神をも敵にすると宣言して、たった1人の為にその身を投げ出した。
怯えもなく立ち向える様が、正しく『勇者』
「私は…、私はどうすればいいの…?彼のような勇気があれば……私だって」
何時しか自分が言った、もうこの世にはいない少女への言葉が鮮明に思い浮かんだ。
その時の自分は只目の前の事に必死で…少なくとも、今よりは輝かしく生き生きとしていた。
――”最後は皆で”…そうですわね舞?
――私だけ仲間外れは嫌ですよ
「違う…違うっ、私が彼女を仲間外れにしたんだわ!血を、涙を流しながら必死だった彼女の努力を全て……っ―――!!」
ドレスに落ちていく涙を見つめながら、ゼルダは口を両手で覆った。
立場と自分のやるべき事に捉われて周りが見えなかったが……今気がついた。リンクの言葉を、舞との思い出を思い返して漸く。
自分はとんでもなく酷い行いをしてしまった事を分かってしまった。
「ああっ…!あああぁあ、舞っ!!」
普段なら見せてはいけない涙も、今となっては呆気なく地面に零れ落ちていく。
悲しみの窮地に浸るゼルダの身体を、優しい風が吹きぬけていった。
大切なものは目の前から消えて初めて気付くと言う。
どうも出来ない気持ちに、心が滅茶苦茶になりそうだった……
――舞…っ、舞!!
*****
++舞side++
「―――!」
また…誰かに呼ばれた。もう条件反射並みになったあたしは辺りを見渡した。
此処は外。今日は天気がいいから、看護士さんに許可を貰って散歩している途中なのだけど…
「(やっぱり、誰もいない…。いつも何処から聞こえてくるの?)」
異変の始まりは2週間前。あたしが目覚めた次の日辺りからだろう
知らない声に呼ばれ、夢には知らない光景が浮かび、ぼんやりしていると意味の分からない言葉を呟いていたりもしていた。
先生は事故の後遺症で精神がまだ安定しきれていないと言うけど…どうしても不安だった。
何だろう。言葉で言い表すのは難しいけれど……心はいつも、何かに急ぐように騒いでいた。
まるで、自分に時間がないとでも言いたそうに
コロコロ……
「…?」
物思いに耽っていると足元に小さい衝撃がきた。視線をずらすと足に赤色のゴムボールが当たっている。
身体を屈めてそれを拾うと、小さな足音が直ぐ近くにやってきた。
「おねえちゃーん、ゴメンなさい!それボクのなんだ!」
小さい男の声に気がついて、このボールが彼の物だと分かるのは容易い事だった。
後ろからやって来る男の子に返そうと車椅子を反転させると、相手の男の子が目の前にやってきた。
「――…え……」
「アリガとうー!」
嬉しそうに受け取る男の子は煌く笑顔を向けてくる。
その子の髪は金色で、瞳は綺麗に染まる蒼い瞳…。きっと外国人かハーフなのだろうと思った。
それなのに、見た事も無い男の子なのに……何故か、心地よい、懐かしい感じがする。
「え、えっと…うん、いいのよ…。君は、外国人?」
「うん、正確に言うとハーフなんだ!どうもアリガとう。ねぇ、お姉さんの名前教えてもらえない?」
「あ…舞、よ……」
「舞お姉ちゃんって言うんだー!ヨロシクね、ボクは浅木ケイト!」
「舞って言うんだね!宜しく、僕は !」
一瞬、ケイト君の影に誰かが見えた。小さい男の子…あたしの名前を知っている知らない人?
知らない人…見た事がない人…
その人は……赤の他人
「――舞お姉ちゃん?どうして泣いてるの?」
ケイト君の驚いた言葉にあたしも驚いて頬に触れる。指先が濡れているのが分かると、それは涙だとも分かった。
な…何で涙が出てくるのか分からない。どうして泣いたのか分からない……
「お姉ちゃん、そう言う時はギュッてしてもらうといいんだよ。いつもボクはママにしてもらってるんだ。」
小さな身長を一杯に伸ばすとケイト君は座っているあたしの背中に腕を回してきた。
太陽の匂いがする髪が触れると、また何か、変な感覚に襲われた。
あたし……さっきの、知らない男の子とこんな事があった…?
ううん違う、男の子じゃない男の人……。似たような、お兄さんのような人と
分からない。知らない。あたし、あんな人知らない…!
――舞…っ!!
知らないわっ
――オレ、また信じてみるよ…、…皆の為に戦うから…っ
――ありがとう、 。
知らないって言ってるでしょう!!
無意識の内に熱く否定していると余計に胸が苦しくなった。涙が零れる感触が自分にも伝わり、両目を強く閉じてケイト君の優しさに甘えた。
それでも、さっきの知らない人が心の内を支配していく事に…心の何処かで嬉しく思う自分がいるのに、可笑しいと思い、泣きたくなった。
―――舞っ、待ってて。オレが助けるから…だから、
お願い…誰か
忘れないで。オレが君の傍に居る事を
誰か、助けて
この苦しみをどうにかして…っ!!
Next Story.