04.迷子ハイライト
『ちょっと私は用事があるから。悪いんだけど、タロ達と遊んでてあげてくれない?』
イリアがそう言って私達と別れた後、私はタロとベスとマロの三人に連れられて村を案内してもらった。
その際、この村に住んでいる人々とも顔を合わすことができた。
タロとマロの親のジャガーさんとキュリーさん。
ベスの親のセーラさんとハンジョーさん。
そしてこの村の村長のボウさんにも挨拶は忘れない。昨日のお礼も込めて改めて伺うと、ボウさんは優しい笑顔で私の容態を気にしてくれた。
タロに聞くと、この村の住民は計14人と言う少人数なので、皆が皆家族のようなものだと教えてくれた。
なんだかそう言うのっていいなァ。
家族か……そう言えば兄さん、今頃どうしてるかな?
私が家からいなくなって半日は経過してるから…きっと心配してるんじゃないかな。
でもこの村に電線は見当たらないし、きっと電話は使われてないだろう。
仕方ない。そろそろ此処がどんなところか知る必要がありそう。
「ねェ、三人とも。ちょっと連れて行ってほしいところがあるんだけど…」
迷子ハイライト
「げーっ。なんで舞、コリンの家に来たがるんだよ〜」
不貞腐れたように愚痴を零すタロは、嫌そうにしながらも先頭を切って案内してくれた。
向かった先は、そう。タロが言った通り、モイさん一家の家。
「タロ、モイさん達が嫌いなの?」
「モイさんが嫌いなわけあるか!モイさんはリンクに次いで二番目に凄い剣の使い手だもんっ。尊敬してるよ!」
「あのね舞、タロが苦手なのはこの家の子供、コリンなの」
タロに代わって、私の右手を繋いだベスがそう代弁した。彼女の口から出てきた子の名前は聞き覚えがある。
今朝会った気の弱いおかっぱ頭の男の子だろう。
「どうして苦手なの?」
「だってあいつ、いーっつもウジウジしてて鬱陶しいんだもん!」
「…気弱…」
「確かにねェ。あの性格さえ何とかなればまだマシなんだけど…」
「三人とも、そんな言い方しちゃ駄目よ。皆それぞれ性格も違えば得手不得手も違うんだから。コリンだって、もしかしたらもっと強くなりたいって思ってるかもしれないでしょう?」
そう言うと、三人は罰が悪そうに視線を泳がせた。
思わず苦笑を零し、私は俯いてる彼らの顔を覗き込むように膝を折る。
この村に住んでいる子供たちだ、きっと心からコリンのことが大嫌いって思ってる筈ない。
「案内してくれてありがとう。私ちょっとこれからモイさんに聞きたいことがあるから、悪いんだけどまた今度遊んでくれる?」
「え…遊んでくれるのっ?」
「ええ、タロ達さえ良ければね」
私が言った言葉に、三人の顔が途端に明るく華やいだ。
「じゃ、じゃあ…明日!」
「うん、明日ね。分かった、じゃあ明日一緒に遊びましょう!」
「約束だぞ…忘れるなよ…」
「忘れた時はマロ達が呼びに来てね」
「あたし、舞に聞きたいことが沢山あるの!だから絶対、絶対絶対明日だからねっ?」
「うんうん、約束ね!」
三人は興奮を抑えきれない様子で駆り立てる。子供特有の無邪気さに思わず微笑みながら、「じゃあ明日、絶対迎えに来るからなー!」と言って去って行く子供たちの背中にひらひらと手を振って別れを告げた。
「……よし、」
幼い背中が三つ見えなくなったのを確認して、私はくるりと体を反転させる。
緩やかな坂を上り、木の香りに包まれた家の扉を前にすると、2、3度ノックした。
コンコンッ
「はーい。…あら?貴方、今朝の」
「あ、あの、こんにちは!突然お伺いしてすいません」
ガチャッと音を立てて開かれた扉の間から、ウーリさんの顔が伺えた。
ウーリさんも誰か分かると扉を半分以上開いてにっこりと笑顔を見せてくれる。
「そんな畏まらないでいいのよ。舞ちゃんだったわね、どうしたの?」
「えっと、モイさんに少し聞きたいことがありまして…。モイさんいらっしゃいますか?」
「主人なら中でコリンと本を読んでいるわ。あ、丁度よかったわ!今、温かいミルクを淹れて寛いでいたの。舞ちゃんもどうぞお入りになって?」
「え、でも、皆さんの憩いを邪魔するんじゃっ」
「いいの、いいの!それに、私も貴方とゆっくりお話してみたかったのよ。さあどうぞ。あまり風に当たると風邪をひくわ」
ウーリさんは優しい手つきで私の手を引いて、家の中へと促してくれた。
それに有り難い気持ちで頭を下げて入ると、直ぐのところにある椅子に大きな背中と小さな背中が見えた。
「あなた、舞ちゃんよ。」
「ん?お、こりゃ嬉しい客人だ。どうしたんだい?」
ウーリさんが声をかけると、二つの内大きな背中が振り向いた。
笑って先を促すモイさんに頭を下げる。
「こんにちは!ちょっとモイさんに聞きたいことがあって。
イリアから、モイさんは知識が豊富だから分からないことがあれば聞けばいいと教えられたので…。」
「なんだ、そういうことか。勿論いいとも、なんでも聞いてくれ!」
「どうぞ座って?今ミルクを出すから」
「え``っ!?み、身籠ってるウーリさんにそんなことさせられませんよ!」
「あら、大丈夫よ?こう見えて結構強いの。コリン、ちょっと手伝ってくれる?」
「うん!」
ぴょんっ、と椅子から飛び降りてコリンが台所へ向かうウーリさんの後を追いかけた。
いいのかな、と思っていると、モイさんが「さあ、座りなさい」と誘導するものだから、おずおずと向かい側へ座った。
「さて、何が聞きたいんだ?俺で答えられることなら何でも答えるぞ」
「えっと、じゃあ…ここって国はどこですか?」
「ここか?随分と突飛な質問だなァ…。まあいい、此処はハイラル国だよ」
は、はいらる?そんな名前の国、今まで聞いたことがないなァ…。
聞きなれない単語に呆けていると、モイさんが「この辺りの地方は分かるかい?」と聞いてきたので首を横に振るう。
するとモイさんは、奥の戸棚から古びた地図を持ってきて、それを広げて一つ一つ丁寧に教えてくれた。
「いいかい?この国は6つのエリアで分けられているんだ。
先ず、このトアル村からトアルの森までをラトアーヌ地方と呼ぶ。森を抜けて北に進み、ハイラル平原の中央部に至るまでがフィローネ地方。
オルディン地方にはカカリコ村やゴロン族達が住まうデスマウンテンが特徴として見られる。
西の一帯を占めるのは灼熱の砂漠、ゲルド砂漠だ。あそこは一旦迷うと命取りになる場所だな。
更に北東の方角には雪男がいると噂されているスノーピークと言う雪山が聳える。
そして、ハイラル城が象徴となる、この国の中心区ラネール地方だ。ラネールにはハイラル城だけでなく、ゾーラ族が管轄する水源、ハイラル湖も特色に見える。
まあ大きく区切ればこんなところだろう。」
紡がれていく言葉が増える度に、私の頭の中を白が染め上げていった。
何、この地名…。ラトアーヌ?ラネール地方?ハイラル城って一体何?
呆然となった私から返事が返ってこないことを不審に感じたのか、向かい側のモイさんが心配そうな顔で覗きこんできた。
「どうした舞、顔色が悪いぞ?大丈夫か?」
「え、あ…まあ……多分」
モイさんに失笑しか返せなかった。情けなく失礼なことだと言うことは重々承知しているけど、これは流石にちょっと…驚きすぎて、言葉が出ない。
幾ら世界の地理に疎い私でも、これだけは分かる。
ここは、確実に、日本では…ない。
「(う、そー…。ど、どうしよう。ここから日本って帰れるのかな)」
「あ、あの…」
「ぇ?」
俯いて考え込んでいる私の視界から、今まで映っていた足元が消える。
その代わりに湯気を立てるクリーム色の液体が映った。
「これ、良かったら…飲んで、ください」
それがホットミルクだと分かった時には、ミルクを差し出すコリンの顔も認識できた。
「あ…ありがとう」
そっと受けおり、早速カップに口をつける。ミルクを飲んでいる間、コリンが私をじっと見つめる。
一瞬私からのキスを待っているのかと思ったが、その意図を読み取ってコリンと目を合わせて目を細めた。
「すっごく甘くて美味しい。ありがとう、コリン」
「…ぇへへ…」
お礼を言いながら照れて揺れる金髪を撫でる。
な、何だこの殺人兵器は…!このまま私は他にも手を出しちゃいけないんでしょうか…!?(いけません)
萌えを取るか理性を保つか。悩みに悩んだ末、私が選んだ答えは……
「コリン、抱っこしていい?」
「へ?え、あ…ど、どうぞ…?」
中立をとりました。
気持ち悪いぐらいにっこにっこしながら私はコリンを抱きあげて膝に乗せ上げた。
コリンはあまり免疫のない私に抱かれたことで戸惑っていたが、ポンポンと頭を何度か叩くと、おずおずとお腹に回っている私の腕に手をかけてくれた。
お父さんっ!僕にこの娘さんをくださいっっ!!
「(なんだか悪寒が…)舞はどの地方から来たんだい?このトアルの村の崖に引っ掛かってたとは聞いたが…ラトアーヌ地方から?」
「え、えーっと…」
「あら、そうかしら?私はラネール地方から来たように思えるわ。彼女の空気、とても新鮮だから」
笑顔でトレーを抱えたウーリさんがモイさんの隣に座る。
トレーからテーブルに、白い色のポットと木の器に入ったクッキーが並べられた。
「クッキーも良かったら召し上がって」とウーリさんに勧められ、有り難く私は自分の分とコリンの分の二枚をとった。
「ぼ、僕は…フィローネじゃないかな、って…」
クッキーを渡す際、コリンの口からぽつりと紡がれた。
どうやら三人とも意見がバラバラらしい。しかし残念、この中に当たりはなかった。
「えっと、私がいたのはハイラルって国じゃなくて…。日本って言う国の、東京って言う地方で」
「ニホン?トーキョ…?聞いたことがない名前だが…結構知られているのか?」
「えー、多分。外国ではジャパンとも呼ばれてて。日本は経済大国と冠されているので結構知られてると思うんですけど…」
「そうか…。俺は聞いたことがないが、ウーリは知ってるか?」
「いいえ、私も聞いたことがないわ?」
そんな…。一応膝の上にいるコリンにも問うと、眉を垂らして首を横に振った。
あれ、私が思ってるほど日本って知られてないのかな。でもテレビでも外国と交流してるところとか見た事あるし、多分そうでもないと思うんだけど…。
パキリ、とクッキーを噛み砕く音が空しく響いた。
とりあえず、モイさん達から聞けることは聞けた。それがプラスに繋がったかと聞かれれば微妙なところだけど、少しでも収穫が出来ただけ有り難い。
「お話聞かせてくれてありがとうございます。お陰でこの国の形態が分かりました」
「いや、構わないんだが…。」
「舞ちゃん、大丈夫?話を聞いてると、この辺りを良く知らないみたいだから、身寄りがないんじゃないの…?」
「あー…大丈夫ですよ!多分、なんとか頑張りますから」
「舞ちゃん…」
本当は正直のところ、頑張れるかなんて分からなかった。
昨日まで普通に住み慣れた場所で過ごしていたのに、突然こんな知らないところに放りだされたのだから。それも、お兄ちゃんも傍にいない独りの状態。
不安ではないと言えば嘘になる。
でも、泣き言は言ってられない。と言うより、言ってはいけない気がする。
一度折れてしまえばそのまま墜落していってしまいそうだから。私の代わりに心配そうな顔をするウーリさんを見て、口元が引きつりそうなぐらい無理やり笑顔を広げた。
―――トントンッ
「? はーい、どうぞ」
ガチャッ
「モイ〜、舞いる?」
ノック音の直後、玄関の扉が開かれる。連動するような流れで家の中に顔を覗かせたのはリンクだった。
リンクは返事が返ってくるより先に私を見つけ、笑顔を見せた。
「あ、やっぱりいた!さっき、タロ達に会ってキミが此処にいるって聞いたんだ」
「リンク、山羊追いは終わったのか?」
「ああ。今日は特にファドの山羊達が言うことを聞かないから困ったよ」
笑っているリンクの頬が茶色くなっている。本当に大変だった様が脳裏に浮かび上がった。
茶色い頬のままリンクが私の近くまでやってきて、膝の上に乗っているコリンの頭を撫でる。
「おっ。コリン、舞と仲良くしてもらったのか?」
「う、うん…。舞、とっても優しいよ…」
「良かったな。また遊んでもらうといいさっ」
「、うん…!」
まるで本当の兄弟のようなやりとりをする二人。
こんな光景を目の前に見せられて、よく発狂しなかった私!偉いっ!
「さてと。そろそろ帰ろうか、舞」
「あ、うん」
コリンの頭を撫でる時、私より小さかった彼が立ち上がった瞬間、高さが全然変わった。
今度はこちらの方が低い私に、リンクは昨日のように手を差し伸べた。
…昨日から思ったけど、リンクって女性のエスコート上手すぎるだろ。
「それじゃあモイ、ウーリさん、コリンも。」
「ああ。リンク、舞はあまりこの辺りのことを知らないらしい。優しくしてやれよ?」
「勿論、分かってるさ!」
「舞ちゃん、また遊びに来てね。今度はゆっくりと、女同士語らいましょう」
「はい、是非。ありがとうございます!」
「ば、ばいばい…」
遠慮気味に手を振るコリンに手を振り返した。
仲の良い夫婦と愛されている息子に別れを告げて、私とリンクはモイさんの家をお邪魔した。
「ごめんね、わざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「いいんだよ。元々オレが朝早くから連れ出したんだし、お互い様さ!」
伸びをしながらリンクは本当に面倒くさい、と思っているような素振りも見せず笑顔で語った。
この男はいつか女を天然でたらしこむんじゃないか?見た目だけでもいいのに中まで男前だなんて…。やるなリンク!完璧すぎるだろっ!!
「村のみんなとは仲良くなれたかい?」
「え!?あ、うーん…そうね。一応みんなと顔合わせは出来たよ。あと、ファドさんって人だけ会ってないけど、それ以外の人たちは」
「そっか。みんな舞のこと気にしてたんだよ。こんな小さな村だからさ、大きな事件とか珍しい客人とかに敏感なんだ」
「へー…」
確かに、このトアル村は村民みんなが仲のいい上に、面積も小さいからあっと言う間に噂が流れついてしまいそう。
でも、みんな突然来た私の存在を煙たがることもなく、寧ろ笑顔で出迎えてくれた。
「いい村だね」
お世辞でもなんでもない、心から思った本音を口に零した。
リンクは一瞬驚いたように目を開くが、すぐに照れ笑いながら赤くなった頬を掻いた。
自分の村を本当に誇ってる。そう語るリンクの笑顔に、羨ましさを感じた。
彼の反応に笑みを零しながら、彼より数歩先を歩いていたら
「、あ、あれっ?」
「…ん?」
後ろにいるリンクからぽろっと声が漏れた。
反射的に振り返ると、きょとんと呆けて私を見ているリンクが歩みを止めていた。
じーっとこちらを凝視しているので、私は思わず自分の身嗜みを確認。
「ど、どうしたのリンク?私の顔に何かついてる?それとも凝視するほど顔が失敗してるってか?分かってるよそんなの、こちとらその顔と17年間付き合ってるんだから」
「ち、違うって!!そうじゃなくてっ、さっき一瞬だけ、舞の髪の毛が金色に見えたから思わず…」
「え?金色?」
誤解だ、と慌てふためくリンクの言葉を復唱する。
それから彼の言った言葉を改めて認識すると、ああ、と呟いて納得した。
「このちょびっつ金髪か」
「(ちょ、ちょびっつ?)何だ、それ?」
「私の髪の毛ね、薄く金色がかかっているから、時々金髪に見える時があるのよ」
「どういうこと?」
「さあ、私もあまり知らないんだけどね、友達がそう言ってたの。光が当たる角度で変わるんだけど、一瞬だけ見える時があるって。多分、今リンクが見た時も丁度夕陽の光が当たったんじゃないかな?」
「そ、そうなのか…?親が金髪なのかい?」
「ううん。私の両親、どっちとも黒髪だから」
「へ〜…。不思議なこともあるんだなァ」
そうだね、とリンクに相槌を打つ。私の髪の毛は本当に不思議で、兄さんだってこんなじゃない、純粋な黒の髪だったのに。
でもまあ支障が来すわけでもないし、学校の頭髪検査にも引っ掛かったことがないから気にしたことはないんだけど…。
でも、染めたりしたわけでもないのに、どうして私の髪は金色が少し混じってるんだろう?
改めて考えると不思議で、思わず首を傾けた。
…それと同時に、
ぎゅるるる、と奇妙な音がお腹から飛び出す。
誰のかと言えば、私の。
「……」
「………」
「っあっはははは!!」
「わ、笑うなテメエェェェェっ!!」
静寂だった分リンクの耳にも鮮明に届いたらしい。彼はお腹を抱えて背中を逸らすほど大きな笑い声を挙げた。
仕方ないでしょうっ!今日なんて朝からまともにご飯食べてないんだからっ、ここまで持ち堪えただけでも褒めてほしいもんだっっ!!
それでもリンクの笑いは止まることを知らない。
兄さん、私は初めて美形を後ろから殴りたいと思いました。
そんなことを睨み上げながら考えていると、リンクは涙を浮かべた笑顔を向けて私の手を徐に掴んできた。
「の?」
「お腹空いたな!早く帰って夕飯にしよう!」
その言葉に返事を返すよりも先に、カクンと私の手を重点的に体が前のめりになる。
それが、リンクに引っ張られて走らされていると気がつくのにそう時間はかからなかった。
ちょっ、急に引っ張られたら足が…!
私の心の中の訴えは当然だがリンクには届かず、結局走る足に意識を向けることしかできなかった。
「り、リンク!はやっ早いよ…!もう少しっ、おお落ち着いて…!!」
「舞も腹減ってるだろ?早く帰った方が飯にありつけるって!」
「そ、それ言われたら返す言葉が見当たらねえわ……」
「ほら、頑張ろう!」
今度は前を走るリンクがとんでもなく笑顔でそう言うものだから、やっぱり私は抵抗なんかできなかった。
楽しそうなリンクを見て苦笑だけが零れ、弱音を吐きそうな足に鞭をいれて走った。
お兄ちゃんごめんね。まだ帰れそうにないの。
もう日が暮れていきそうな空を見上げて、心の中でこっそりと兄に謝罪を述べながら。
…遠い、遠い、彼らの頭上に広がるものと同じ空の下。
片方では同じ空の下で長閑に一日を終えようとしている場所もあれば、
片方では存続の危機を迎えている場所もあった。
―――ガシャーーンッ!!
騒音を立てて鉄の体が地面に横たわる。鋼鉄な兜の隙間から「うぅ…」と苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
そんな物体は幾つも転がっていた。床に転がっている者、階段に凭れかかる者。その物体はなんと、人間の型を象っていた。
何故人間が無残な姿で倒れているのか…それは、人間の近くに立っている黒い化け物が原因だった。
顔に大きな仮面のような物をつけた不気味な化け物は、人間の首を掴みあげて宙に吊りあげたり、大きな足で体と床を縫い付けている。
その光景は正に地獄絵図……。
「っ…」
それを見た、玉座の前に立つ人物が口惜しそうに唇を噛みしめる。
これほど力の差は歴然なのだろうか…。長い歴史を渡り、王家の為に力を積み上げてきた兵士達の力が、まるで赤子の手を捻るように容易くのされるなんて……
綺麗なドレスを身に纏う女性の手に握られた不釣り合いな剣。
それを握る手に力をぎゅっと込める女性の視線の先で、入り口から何者かが玉座の間に足を踏み入れた。
カツン、カツン…
静かな空間に嫌と言うほど響く、不気味な足音。
一歩一歩近づく都度、身を凍らせるような寒気が襲いかかる。
両脇に黒い化け物を従えながら、たった今入ってきた人物は階段の前で進行を止めた。
顔を見せないように作られたのだろう、不思議な仮面は、表情を見せない分更に恐怖を駆り立てた。
「選ぶがよい。降伏か、死か…」
顔を見せない謎の男から声が発せられた。
重苦しい言葉が、ずしりと重圧をかけて、ビクリと肩を揺らす女性の体に圧し掛かった。
「ハイラル全土の、生か!死か!!」
男の言葉を聞き、女性を守るように両側で剣を構えた兵士が様子を伺うように恐る恐る女性を振り返った。
女性は何も言わず、視線だけ辺りを徘徊させる。
化け物に歯が立たず無残な姿で地に伏す兵士達。
じりじりと首をかこうと迫ってくる化け物の群れ。
恐らく、謎の男はこの化け物を従えるボス。僅かのみ残された兵士と自分だけの力では、勝機の可能性はほぼ0。
もう、彼女達が選ぶことを許される選択肢は一つしかなかった。
「…―――」
女性は諦めたようにゆっくりと瞳を閉じる。
力を抜いた掌からするり、と銀装飾の剣が滑り落ち、乾いた音を立てて床に転がった。
―――カラァァン…ッ
その瞬間、女性側の敗北が決し、謎の男の勝利が確定した。
くつくつと謎の男が満足そうに笑みを零す。
広いホールの中、反響する笑い声を聞きながら王女の唇が苦しげに動いた。
「悪夢が…始まる……」
表情に影がかかった女性に、化け物が体を揺らしながら歩み寄る。
覆いかぶさる影に冷や汗を流しながら、女性は胸の前で手を組んだ。
これが、ハイラル全土を巻き込む、膨大な伝説の始まりだった。
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