08.ゴブリン、バトルだぜ!
皆さんは、暗い所ってどう思いますか?
暗所恐怖症というものをお持ちの方であれば、この暗い洞窟というのは最悪な場所になるのでしょう。
しかし、私は特に暗いところが大の苦手というわけでもなく、寧ろ夏なんかに入れば涼しいんじゃないだろうかとさえ考えます。
え?着眼点がそこかって?
ええ、そうですとも。馬鹿の着眼点はいつでも普通の右斜め上を突き進んでいますから。
しかし、ですね…。
流石にこれは勘弁してもらいたい。
「ギャアアア!!まっ、また来た!化け物がキターーー!!」
「ちょっ、舞!落ち着いて!君と一緒に持ってるカンテラまで暴れて先が見えないからっ!」
ゴブリン、バトルだぜ!
えー…皆さんこんにちは。前回、「リンクと手を繋げるとか、萌えktkr!!」と、意気揚々と洞窟に入ったものの、すぐに心境が急降下した女子高生です。
まさか洞窟がこんなに長くて複雑で、更には「獲物さん、いらっしゃ〜い☆」と言わんばかりにされたくもない歓迎を魔物にされるとは思わなかった…。
入ってからずっとギャーギャー煩いというのに、手を引くリンクは嫌な顔一つせずリードしてくれている。
な、何というか…後悔よりも罪悪感が…
「り、リンク、ごめんね…。私、早速足手まといになって」
「そんな、足手まといなんて思ってないよ!舞がいてくれるだけで、オレも一人じゃないんだって安心できるからさ」
道を塞ぐように張られたクモの巣をカンテラの火で燃やしながら謝ると、リンクは本当に気にしてないようでケロっとした顔で答えた。
寧ろお礼まで言ってくれると、リンクは再び先導して「足元に気をつけてね」と気遣ってくれた。
…リンクを産んでくれたお母様。貴方どうやってこんないい子に育てたんですか…!!
美形に優しさ加えるとかっ、さてはお母様も私達(腐ったヲトメ)の仲間!?←
「あ、そろそろ出口みたいだ。」
頭の中で大変失礼な勘違いをしていると、リンクが明るい声を出した。
見てみると、確かに今まで暗くなっていた視界に明るい光が見えてきた。
リンクに引かれるまま光の先に足を踏み出すと、少し霧掛かった景色が視界に広がった。
「ここ、本当にトアルの森?さっきまでと少し様子が違うようだけど…」
「ここから先はフィローネの森の中でも、特に魔物の出現が多い危険な場所なんだ。だから村の人達でも、剣を扱えるオレやモイ、それにイリアぐらいしか来ないんだ」
「へぇ、そうなん……ん?何でイリアも含まれてるの?イリア、剣術使えるの?」
はて、そんな逞しい姿は見ていない筈。
…それ以上にもっと恐ろしい姿なら見たけど、まさか…。
「それが…イリアは剣術が使えない筈なんだけど、何でかいつも無傷で帰ってくるんだ。此処に来る時は、何か…銀色の硬い棒を持って行ってるけど。」
「ぎ、銀色の棒…?それって何て言ってた?」
「えーと。確か村長が、て、鉄…パ?何とかって言ってたような」
Σまさか鉄パイプか!?鉄パイプで魔物と渡り合ってると言うのかッ!?
いや、渡り合ってるなんてもんじゃない。無傷で帰ってきてるってことは、それを超えてるってことだろ!?
イリアさん、あんた何という無敵伝説築きあげてんだーーッ!!(汗)
イリアの強さ(恐ろしさ)を再確認しながら、リンクと共に霧の中を抜けていく。
所々にモンスターが屯していて、その度にリンクが木刀で倒していく。
え、私?私はと言うと…
「喰らえ!富●フラぁッシュ!!」
【Σウギャーッ!!】
カンテラで頑張って応戦しております。
無謀だって?それでもいいとも!
リンクの足は引っ張らないと決断したんだから、これぐらいはやらないと。
「(前方に敵はいないな…。よーしよしよし、いい子だ〜。…ってあれ?何故にム●ゴロウさん?)」
「それにしても、舞って凄いな。」
「え?な、何が?」
恐る恐る前方をカンテラの明かりで照らしながら進んでいると、急にリンクから称賛の言葉を頂いた。
振り返ると、リンクは警戒しながらも柔らかい笑顔を浮かべて見ていた。
「だって、普通男でもモンスター相手だと物怖じするっていうのに、舞は自分からオレに着いてこようとしただろ?凄い勇気だと思うんだ」
「そう、かしら…。私は情けなくビクついてばかりだから、リンクの方がよっぽど凄いと思うけど」
そう。私が此処まで無事なのも、率先して敵を倒していくリンクのお蔭に過ぎない。
私なんて只カンテラ振り回してだけに過ぎない迷惑者だったから。
けれど、リンクはふるふると首を横に振り、私の隣に並びながら笑顔を向けてきた。
「そんなことないよ。舞は十分凄いさ!少なくとも、オレはそう思う。」
「さあ、もう少しで広いところに出るから頑張ろう!」と、リンクは私が返事をする前にそう切りだした。
…私はいつか、このイケメンに(萌え)殺される気がする。
何故にこの人は笑顔でさらっと…!さらっとぉぉぉ!!
【ヒューヒュー!オ似合イダネェ、オ二人サン!】
「!?」
「は?」
内心騒ぎ散らかしていると、何だか不思議な声が。
リンクと一緒に声のした方に視線を向けると、何やら青っぽい鳥が小さな小屋にある枝にとまってコッチを見ていた。
まさかとは思うけど…今、あの鳥が喋った?
【美男美女トハコノコトダネェ!コンナ森ノ中デでーとシテルノ?】
やっぱり喋っとる!?隣ではリンクもギョッとしている。
ううん…オウム…にしても喋りすぎな気もするけど。
でも、ひょっとしたら、この辺りにタロが来てたか見てるかも…
「ななな、何を言って…!お、オレと舞は、別にそんな関係じゃっ」
「ねえ、貴方この辺りで男の子を見なかった?」
【エ?男ノ子…?】
リンクの言葉に被さるように問うと、鳥は私の言葉に首を傾けた。
「な、何で舞は平気なんだ…?」と隣でリンクが呟いていると、鳥は何かを思いついたように声を上げた。
【見タヨ見タヨ!チョー見タヨ!】
「本当に!?その子、何処に行ってた?」
【ウ〜ン…チョット記憶ガ曖昧ナンダヨネェ。多分、ココデ何カ買ッテ行ッテクレタラ思イ出セソウナ気ガスルンダケドナ〜!】
「…ちょっと待て。お前の主人、キコルっていうアフロのカンテラ売りだろ」
【Σギクッ!!ナ、何デ知ッテンノ!?】
お前の手口と頭見りゃ分かるわ!!
そうか、何か見たことある気がすると思ったら、この鳥あのアフロの手先か!(手先違う)
図星を言われて体の色とは違う青で顔を染める鳥をじーっと見つめること数秒。
素直に財布を出そうとしていたリンクが(純粋すぎるから!!)、長いエルフ耳をピクッと動かした。
「―――!タロの声だ!!」
「え!?ど、何処にっ?」
「こっちだ!行こう、舞!」
タロの声を拾ったらしく、リンクは再び右手で私の腕を引っ張って走り出した。
後ろで青い鳥が【ア、かもガ…】とか言ってるのが聞こえる。
お前次に会ったらその羽毟り取るからな。
そんな不穏な企みを心の中で企てていると、聞き覚えのある声が私の耳にも届いた。
「こ、怖いよぉ…!助けて〜!」
「! いた!タロだ!!」
大樹の枝で作られた坂道を上った先に、木の檻に閉じ込められたタロと頭に花をつけたサルを見つけた。
二人の傍には、門番のように棍棒を携えて立っているゴブリンが二匹。
放っておくと不味い。私とリンクはすぐさま坂を駆け上った。
「タロ!」
「っ…!?り、リンク!舞!」
【ギ!?ギャギャー!】
タロと同時にゴブリン達も私たちに気が付き、襲いかかろうと飛び掛かってきた。
リンクはすぐさま一匹のゴブリンが振り被ってきた棍棒を受け止め対峙する。
すると、必然的にもう一匹のゴブリンは私の方へと向かってきた。
【ギーッ!!】
「!」
「あっ…!し、しまった!逃げて、舞!」
リンクも私の方に気づき、何とか来ようとしていたけど、もう一匹のゴブリンに足止めを食らって来れそうにない。
となると、私は逃げなければいけないわけだが…
「(リンクにばかりやらせちゃ悪いし…。
よーし、ここは…)
あえて、立ち向かう!!」
「Σええ!?ちょ、舞!?」
リンクの悲鳴のような驚愕を聞きながらも、私は無視して向かってくるゴブリンと向き合った。
両手に握り拳を作り、真剣な顔になる。
…え?自信満々に言ったってことは必勝法があるんだろうって?
ふふっ、そう思うでしょう!
実は、何も考えちゃあいないんだなァ。
そう、所詮は勢いだけ。そんな勢いだけで突っ込んだりすれば当然結果は…
【ウオギャァァア!!】(メゴォッ!!)
「Σんのあぁぁあ!?ちょ、おまっ!さっきまでそんな攻撃してなかっただろおお!!」
最悪になりました。(=無意味な挑戦だった)
しかも、何故かこいつさっきまでとは違い、地面を抉るほどの恐ろしい一撃を繰り出している。
慌てて方向転換して逃げるも、敵は興奮した様子で私を見逃そうとはしない。
それに気づいたリンクももう一匹に応戦しながら「舞!」と叫んでいる。
ど、どうしようっ。このままじゃやられるし、かと言ってそのまま放っておくとタロが…。
…! そ、そうだ!
「こ、こっちッ」
ゴブリンの注意を引き付けながら、私は背中にタロ達が閉じ込められている檻が来るように移動する。
まるで逃げ場を無くしたように見える私に、檻越しからタロが不安そうに私の名前を呼んだ。
「舞…!に、逃げなきゃっ。舞が、殺されるぞ!」
「だ、大丈夫。それより、タロ。そこのおサルと一緒にしゃがんでてっ」
「へ…?な、何で」
「いいから、早く!」
私の大声に驚き、タロは言われた通りサルと一緒に頭を抱えてしゃがみこむ。
すると、丁度いいタイミングでさっきのゴブリンが目の前まで来て棍棒を横なぎに振ろうと構えた。
再び「舞!!」と叫ぶリンクの声が響く。
「(…今だ!)」
その声に弾かれるように、私は敵の棍棒が振られたと同時に――タロ達のようにバッとしゃがみこんだ。
瞬間、
――バキィッ!!
【ギッ!?】
盛大な音を立てて、タロ達を閉じ込めていた木の檻が壊された。
やった…!上手くいった!
よ、良かった…何とか上手くいって本当に良かった!!
抜けそうになった腰に活を入れて、敵が呆然としている間にタロとおサルを引っ張り出す。
「は、早く逃げて…!私もう余裕ない!」
「キキィ!」
「ぁっ、舞も一緒に…!」
私達の声にゴブリンも我に返り、さっきよりも怒ったような形相で襲いかかってこようとした。
私たちの顔がサッと青く染まる。
ま、まずい…!せめてこの二人だけでも守らないと…っ。
慌てて二人を背で庇うように立つと、敵の棍棒が目の前で迫ってきていた。
両腕で何とか守ろうと構えた瞬間、
――バキッ!!
【ギャアッ!!】
「え…?」
突然、目の前まで来ていたゴブリンが鈍い音を立てて地面に倒れた。
何故?と思うも、倒れたゴブリン越しに肩で息をするリンクが見えた途端、すぐに理解できた。
「リンク!」
「ハァッ、ハァッ…!舞、タロ、無事か!?」
「リンクー!」
リンクの声に安心したのか、涙をボロボロ流しながらタロがリンクに飛びついた。
リンクはそんなタロを受け止めて「よく頑張ったな」と頭を撫でている。
ふと、先ほどまでリンクが戦っていたところを見ると、リンクが戦っていたと思われるゴブリンの棍棒が転がっていた。
それに、危険が過ぎ去ったということを読み取った。
良かった、無事に終わったんだ…。
過ぎ去った危機に、思わず私も心から安堵して溜息が零れた。
「(し、死ぬかと思ったわ…)」
「キキッ」
「うん?」
ふと、急に服の端をくいくいっと引っ張られた。振り返ると、そこには先ほど助けたメスザルが服を引っ張ってこちらを見上げていた。
随分人懐こいわね…。不思議に思いながら視線を合わすためにしゃがむと、何かを差し出された。
「キキ!」
「あら、何これ?…お花?」
それは、メスザルの頭にささっているものと色違いの花だった。
「もしかして、くれるの?」
「ウッキィ!」
ずっと差し出してきている様子を見る辺り、そうらしい。
「ありがとう」と言いながら受け取ると、メスザルはもう一度だけ嬉しそうに鳴き声を上げ、頭上高くにある木の枝を伝って森の奥へと去って行った。
その姿を見送ると、背後から少し強めに名前を呼ばれた。
「舞!!」
「Σうえっ!?あ、はい!」
振り返ると、そこには厳しい表情をしたリンクがいた。
さっきまでの穏やかな表情はどこに?と呑気に考えていると、タロを抱き上げながらリンクが詰め寄ってきた。
「何て危険なことをするんだ!だから早く逃げろって言ったのに!」
「ご、ごめん。でも、リンクばかりに無茶はさせちゃいけないと思って」
「だからって、もう少しでモンスターにやられるところだったんだぞ!?
女の子なんだから、もう少し自分の身を大事にしないと!」
初めて見たリンクの怒りように驚きつつ、彼の言いたいことが分かった。
リンクは、私が危険に身を投じたことを心配してくれたんだ。だからこんなに厳しい顔で怒っているのだ。
彼の本心に気づくと、罪悪感が募ると同時に、こんなに真剣に心配してくれていたことに少し嬉しくなった。
「ごめんなさい、リンク…。確かに私はあまりに無謀だったと思うわ。
でも…きっとあのまま何もしなかったら、私は後悔していたと思うの。」
私たちのやり取りを間近で見て不安そうにしているタロに笑顔を見せ、私も真剣な顔でリンクと向き合った。
「子どもの命がかかっている場面で、女だからっていう理由を盾に逃げることだけはしたくないの。さっきのこと、全部謝って反省するわ。でも…これだけは分かってもらえないかしら?」
そう言ってから暫くリンクと無言で目を合わせていると、先にリンクのほうが折れた。
少し俯いて溜息をつくと、一息置いてから心配そうな顔を上げた。
「君を責めているつもりはないんだ。きっと、オレがさっきの舞の立場だったら、舞と同じことをしていたと思うから。だから…もうこれ以上は言わないよ」
「リンク…」
「ただ、さっきみたいな無茶だけはしないで。オレはモイからモンスターのことや剣の心得を習っているけど、舞は違う。女の子とか関係なく、オレが守りたいと思う人達の内の一人なんだ」
空が段々黄昏色に染まってきた。
茜色に染まる空を背景に、リンクは少し困ったような笑顔で首を傾げた。
「無力だからとか、そう言うんじゃなくて、もっとオレを頼ってほしいんだよ。オレはもっと…舞の力になりたいんだ。オレからも、これだけは分かってもらえるかな?」
とても綺麗な笑顔と共に、そう言われた。
普通の可愛らしい乙女ならここで顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くんだろうが…私は違う。
リンクがいい男すぎて今すぐ悶え暴れたい気分なんだっっ!!←
くっそー!ここが無人島なら私はあらん限りの大声で叫んでやるのにぃぃい!!
「…オイラ、リンクと舞が来てくれなかったら、あのサルと一緒に食べられちゃったかも…」
発狂しそうになった時、今まで不安そうに私達の話を聞いていたタロが、急にそう切り出してきた。
タロはリンクの腕から降りながら静かに話を続ける。
「アイツ、結構いいヤツなんだ…。オイラのこと、庇ってくれようとして一緒に捕まっちゃったんだよ。」
「そうか…。」
リンクは優しい顔で頷きながら、膝を折ってタロと視線を合わせた。
「タロ、言っただろ?動物達もトアルの家族なんだって。きっと、あのサルも同じ家族のタロを助けたかったんだよ」
「本当…?」
「リンクの言う通りよ!だって、そうじゃなかったらこんなお花のお礼なんてくれないと思うわ。」
私はお花を見せ、リンクは微笑みながらタロの頭を撫でる。
すると、タロも嬉しそうに笑顔を見せ、思い出したようにパッと顔を上げた。
「ねえ、リンク、舞。このこと、とーちゃんには黙っててくれよな」
「え?何で?」
「だって…森の奥は危ないから、絶対入るなっていつも言われてるんだ。怒られちゃうよ。
だから、絶対言わないでね!約束だよ!」
ああ…なるほど。
確かにタロのお父さん――ジャガーさんの性格を考えると、どうなるかは安易に予想できる。
とりあえずリンクと顔を見合わせてから二人で頷くと、タロは安心したようにホッと息を吐いた。
「とにかく、村に帰ろう!きっとジャガーさん達もタロのこと心配してるだろうから」
「そうね。それに、マロとベスも心配してるでしょうし」
もう黄昏時も本格的に空掛かってきている。
もう一度リンクと顔を見合わせ、タロへと顔を向ける。
「帰るか、タロ!」
「うん!!」
元気よく返事をして、タロはリンクと手を繋いだ。
「舞も繋ぐぞ!」と言われ、タロのもう片方の手を差し出される。
え、何この萌えシチュエーション。頑張った私へのご褒美ですか。そうですか!?
…と、叫びそうになった自分を押さえつけ、平然を装いながら差し出されたタロの手を握った。
…まあ、思わず口から「萌えシチュありがとう」と出てしまったことは大目に見てください。
「オイラ、今日のことはちょっぴり怖かったけど、スゲー嬉しかった。」
タロの温かさが手の平から伝わってくる。
黄昏の所為なのか、タロは頬を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべて見せた。
「モンスターをやっつけてくれたリンクも、オイラ達を助けてくれた舞も、すげえカッコよかったよ!」
そう言って笑うタロに驚きながらも、私とリンクは(本日三度目になるが)顔を見合わせた後、照れくさい笑顔を見せた。
大きさの違う三つの影が、村へと続く獣道をゆっくりと辿って帰って行った。
***
―――一方、こちらは数時間前のトアル村。
リンクと舞が子ども達を追って森へと入って行った頃、彼らだけでなく、トアル村でもある騒動が起きていた。
「お父さん、舞を見てない?今日まだ一度も会ってないんだけど…」
「ああ、少し前にリンクと村まで降りてきていたらしいぞ。今ならリンクの家におるんじゃないか?」
「そう。じゃあ、あたし今から行ってみようかな―――」
「そっ、村長ー!大変だー!!」
イリアと話していると、自身を呼ぶファドの慌て声が聞こえてきた。
その声に「また山羊を逃がしたのか」と溜め息を吐きながら村長は牧場ヘと続く坂へ振り返る。
しかし、慌ただしく坂を下ってくるファドを見て表情が一変した。
何と、顔面を青くした彼の背中に、見たことのない青年が気絶して背負われていたのだ。
「な、何事じゃファド!その者は…?」
「そ、それがっ…俺にも何が何だか分からないんだ!
さっき、急に小屋にいる山羊達が騒がしくなってたから様子を見に行ったんだよ。そしたら、この男の子が干し草の上に倒れていたんだ!」
ファドの説明を耳に入れながら、村長は背負われている青年の様態を見た。
その顔色はあまり良いとは言えず、衰弱しているのが目に見えた。それも、只の衰弱ではない。
「(これは…まるで一昨日の舞のようじゃないか。このままではいかんっ)
イリア。すぐにわしのベッドを準備してきてくれんか?あと、桶に湯を張ってタオルを用意しておいてくれ」
「う、うん!」
咄嗟に言われたことに戸惑うことなく、イリアはすぐさま踵を返して家へと走って行った。
その場に残った村長は、厳しい表情でファドへと向き直る。
「ともかく、わしの家で休ませよう。ファド、すまんがそのままその青年をわしの家まで運んでくれ」
「分かった。じゃあ、村長は少しここから牧場を見ててくれないか?またいつ山羊達が逃げ出すか分からないから」
「よし、分かった。」
ファドは村長から了承をもらうと、再び青年を背負い直し、イリアが向かった方角へと歩いて行った。
その背中を見送りながら、村長は眉を顰めた。
「(このような事件が立て続けに起こるなんて、有り得ないことなんじゃが…。)
何か不吉なことでも起きようとしておるのか…?」
村長の呟いた声は、トアルの森から吹いてきた風によって空しく消されていく。
まるでその呟きが聞こえたかのように、ファドに背負われた青年の唇から苦しそうな息と共に、ある言葉が紡がれた。
「―――舞…っ」
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