放課後、東隊の作戦室にお茶菓子を持ってお邪魔すると、ちょうどいいタイミングで作戦室のドアが空いて髪で半分顔が隠れた人見摩子が登場する。
「あれ?どちら様?」
不思議そうな顔でそう聞かれた。
「今日、東さんにアポイントを取っている唯我です」
「えーーーー!」
人見から大絶叫をくらい、思わず耳を両手で防ぐ苗字。
しかし、すぐにお菓子の袋を持っていない手を引っ張られ部屋に引きずられる。
「東さん!お客さんだよ!」
「…どちら様かな?」
そう東にも言われてしまった。
これでも悪名で有名人のつもりだったが、まさか知られてないなんて。
何度か顔を会わせているのに。
「太刀川さんからアポイントを取ってもらった唯我苗字です」
「えっ?唯我?髪も顔も違うだろう」
と、驚かれた。
そういえば、今日はチャームポイントの縦ロールとギャルメイクを辞めて、太刀川隊の隊服ではなく、ボーダー公式販売の緑ジャージに白シャツと黒パンのシンプルな装いだった。
だから苗字だとは思われなかったのか。
自分でもこのギャップは凄いと思ったが、あの厚化粧と縦ロールにかかる時間は無駄なので、昨日だけで十分。
今後する気はなかった。
「うわー、あの縦ロールちゃんは綾辻ちゃんに劣らない清楚系美少女だったのね。ノーメークだよね?」
「あの、恥ずかしいのでそんなに見ないで下さい。リップは塗ってますけど、後は何もしてないです」
唇が付きそうになるくらい至近距離で見られて顔を赤くする苗字。
片手では、人見の勢いを止めれない。
「可愛い。肌もすごく綺麗だし、可愛くて綺麗なんて反則」
「おいおい、人見もそれくらいで辞めてやれ。唯我、狙撃を教えて貰いに来たんだろう?」
困っている苗字を見て、東が助け船を出してくれた。
丁度良いタイミングだったので、持っていたお菓子とお茶の入った袋を手渡す。
「あ、そうです。これ、つまらないものですが、良かったら皆さんで食べてください」
「これって、老舗のブランド和菓子とお茶だよ。やった。さっそくお茶を入れてくるね。」
「すまないな、気を使わせて」
「いえいえ、ランク戦の真っ最中で手を煩わせてしまうので。本当に無理を言って申し訳ございません」
逆の立場だったら、自分のことで精一杯で絶対に断っている。
こんな状況で受け入れてくれた分、手土産は立派な物を選んだ。
「無理だったら断っているから気にするな」
「そうそう。当日はさすがにきついけど、ランク戦とランク戦の中間なら東さんになら余裕だから」
「そう言って頂けるとホッとします。ありがとうございます」
人見が持ってきたお茶とお菓子を準備して出してくれた。
「これ、美味しいね。緑茶と合うわ」
「良かった。私もこの組み合わせが好きなんです」
お茶を飲みながら、東の狙撃訓練は開始された。
「それで、狙撃を習いたいそうだが、狙撃のトリガーの種類は分かるか?」
「はい。自分で学べる所は勉強してきました。威力に優れたアイビス、距離に優れたイーグレット、弾速に優れたライトニングの三種類があります」
「よし、自分でしっかり予習出来ていて偉いぞ。その三種類の内のどれを学びたい?」
「そうですね。一通り学びたいんですが、主に必要になるのはイーグレットとアイビスです」
漫画の東と同じように、本人の意見を大事にしてくれる姿に感動していると、お菓子を食べ終わった東が椅子から立ち上がる。
「うん。太刀川隊なら確かにそれが噛み合っているな。さっそくやってみよう。人見」
「狙撃用のトレーニングモードですね。美味しいお茶とお菓子を貰ったので私も協力します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
東隊の狙撃用トレーニングルームへ案内され、実践が始まった。
初めて手に持つイーグレットは、拳銃よりも重かった。
スコープを覗きながら人形の的に狙いを定めて引き金を引くと、初めてだったが的には当たった。
「よし、初めてで的に当てるなんて凄いな。唯我には狙撃手の才能があるかもしれない」
「いえいえ、射手用の拳銃で的を狙うのに慣れていたからですよ。頭の黒い部分を狙ったんですけど、少しずれたので次は当てます」
謙虚な苗字の姿に、太刀川から聞いていた通り、以前とは性格が変わったなと思う東。
「ボーダーの狙撃用トリガーはよくできている。ちゃんと狙えばちゃんと当たるから、まずは止まっている的に確実に当てられるようになろう」
「はい」
それから、ど真ん中に連続して当たるまで、一時間程練習に付き合って貰った。
*
「今日の練習はこれくらいにしよう。最後にアイビスも試そうか」
「はい。…中々重いですね」
「慣れないと女子にはきつい重さだけれど、その分威力はあるからな」
「いきます」
イーグレットと違い、発射時にドンッと大きな音がして狙っていた的が全壊した。
千佳ちゃんの威力を想像していたら、ショボかったがトリオン5じゃそのくらいだろう。
「唯我のトリオン量は5だったよな?」
「そうです」
「トリオン量が増えてるんじゃないか?この威力だと俺の予想では10近くあると思う。一度検査して貰った方がいい」
どうやら、圧縮訓練は実を結んだようだ。
「今度検査してもらいます」
「ああ。それじゃあ、またな」
「ありがとうございました。失礼します」
訓練終了後、今度の合同訓練の日程を聞いて退室した。
後で戻ってきた小荒井と奥寺が苗字の変身話を摩子から聞いて、苦手だからソロランク戦に行っていたけど残れば良かったなどと話していたなんて知るよしもなかった。