02

そうして訪れた土曜日、妙に緊張しながら課長を待った。
課長とはちょこちょこと連絡を取りながら、お互いの事を知っておいた。
課長には妹さんが居て、熊本からこっちにご両親の転勤がきっかけで中学時代に転校してきたらしい。
中学時代の写真も見せてもらったけど、少し幼いけど課長の面影が残った金髪の少年で、ちょっとびっくりしてしまった。
そんな事を思い出していると、マンション前に黒いハッチバック車がゆっくりと停車した。事前に聞いておいた車種と同じだったので近づくと、橘課長が軽く手を上げてくれた。


「おはよう。待たせたか?」
「おはようございます。いえ、大丈夫です」


助手席に座りながら、課長に挨拶をする。
シートベルトを閉めようとしていると、課長がこちらをじっと見ているのに気付いた。


「課長?どうかしまし…!」


何かあったのかと声をかけようとすると、橘課長の指が唇に触れた。
課長は何だか楽しそうに笑っている。


「こーら、名前で呼べと言ったろう?それに敬語も。そんな話し方の恋人がいるか?」
「あ、う、すいませ…じゃなくて、ごめん…?」
「よし。ほら、名前も」
「い、今言わなきゃ、ダメ?」
「今練習しないでいつやるんだ。ほら…」


おでこがくっ付きそうなくらい近づいてこようとする課長を、慌てて押し返す。


「分かった、分かったから!…き、桔平さんのいじわる…!」
「ははは!よし合格」
「もう…」
「それじゃあ、行くか」


運転席に座りなおし、シートベルトを確認すると、橘課長…改め桔平さんは、車を出発させた。





実家までは車で2時間くらいかかる。車内でもお互いの事を話したり、名前を呼ぶ練習をされたり…桔平さんに、名前と呼ばれるのは何だかくすぐったいけれど、胸の辺りがじわりと熱くなる。
桔平さんは私の事を気遣ってここまでしてくれているのだから、甘えすぎてちゃダメだって分かっているのに。桔平さんの知らなかった事を教えてもらえて、会社で見る表情とは全然違う優しい顔に、どんどん惹かれているのを感じる。こんな人が、本当に自分の恋人だったら、どんなに幸せなのだろう…


「ただいまぁ…」


漸く付いた我が家の扉を、そっと開くと奥からぱたぱたと母親がやってくる音が聞こえた。


「おかえりなさーい!んふふ待ってたのよー!」


含んだ笑いの母が若干怖い。とりあえず後に居る桔平さんを玄関へ招き入れた。


「…初めまして、名前さんとお付き合いさせて頂いてる橘桔平と申します」
「まあまあまあ!遠いところわざわざようこそ!さあさ、あがってくださいな!」
「ありがとうございます。これ、お口に合うか分かりませんが…」
「あらー!わざわざ!ありがとうございますー!」


桔平さんを見た瞬間の母の輝かんばかりの表情が凄かった。
男前だもんね、分かるよ…
いつの間に用意していたのだろうか、手土産を母に手渡すと、お邪魔します、と家の中に入った。
リビングには父が緊張した面持ちで待っていた。
向かいの席を勧められて二人並んで座る。
母がご機嫌そうに人数分のコーヒーを淹れて持ってきたところで、桔平さんが口を開いた。


「改めまして、娘の名前さんとお付き合いさせて頂いている橘桔平です。ご報告が遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「いいのよぉ、私が急かしてしまったみたいで、ごめんなさいね?」
「いえ、名前さんから聞いているかと思いますが、私たちは結婚を前提としたお付き合いをさせていただいています。それを決めた時点でご両親にご報告をするべきだと思っていたのですが…私事で恐縮ですが、今年度から課長に昇進した兼ね合いで、中々時間がとれず、今日になってしまいました」
「まあ、課長さん!なら尚更お忙しいところ大変だったでしょう…」
「いえ、漸く落ち着きまして、こうしてご挨拶に伺うことも出来ました。
…私は、彼女の明るく前向きな姿にいつも支えられてきました。出来ればこの先も、共に歩んでいきたいと考えていますが…付き合って間もないので、ゆっくりと検討していければと思っています」


落ち着いた表情で桔平さんが語る。彼の言葉に、両親が凄く安心した表情になった。


「随分としっかりとした人じゃないか」
「本当に!橘さんならこの子の事をお任せできるわ」
「そういっていただけて安心しました」


和やかな空気がリビングを包む。
何だか私蚊帳の外みたいだけど、桔平さんのお陰で上手くまとまったようで、よかった。
2/7
prev  next