03

「本当に帰っちゃうの?泊まって行ったらいいのに…」
「お夕飯をご馳走になっただけでもありがたいのに、これ以上お世話になるわけにはいきませんから。また改めて、来させてください」
「いつでも来てちょうだい!」


挨拶してすぐ帰るつもりがもう少し、夕飯まで、なんて引き止められて結構な時間になってしまった。桔平さんの人柄に両親共に惚れこんだようだ。
嬉しいけれど、何だか複雑。
名残惜しそうにする母に改めて挨拶をして、自宅から少し離れた駐車場に停めてある車に向かった。
桔平さんが、そっと手を繋いできた。
驚いて見上げると、いたずらっ子のような表情で見つめ返してきた。


「車に戻るまで、だ。そんな顔してたら後のお母さんに怪しまれるぞ?」
「う…」


平常心を心がけて前に向き直る。
愉快そうに笑う声に、なんだか恥ずかしさが増した気がした。


「とてもいいご両親だな」
「そういってもらえると嬉しいけど…母が時々はっちゃけると言うか…」
「ああ、それはなんとなく、な。だが、華がこうやって真っ直ぐに成長できたのが納得できるくらい素敵なご両親だと思うぞ」
「あ、ありがとう…」


優しく微笑みながら言う桔平さんの言葉が、嬉しいけれどこそばゆい


「…また、会いに来れるといいんだがな」


その後に呟かれた言葉に、どう返していいか分からなくて、握っていた手をぎゅうと握り返した。





帰り道は、ぽつりぽつりと会話を交わすだけだった。
滞りなく終わって、後は元に戻るだけなのに、何だか寂しくて。
このまま時間が止まってしまえば、なんて少女じみた事まで考えてしまうようになっていた。


「…ありがとうございました」

マンション前に車が到着した。
シートベルトを外すと、桔平さんが外に出たのでそれに倣って自分も車から出た。
助手席側に周って来た桔平さんが、手を差し出してくれたのでそれに捕まって立ち上がる。


「ああ、お疲れさん。何とかなってよかったな」
「はい、桔平さんのお陰です」
「…敬語、戻ってるな?」
「…後は、もう恋人では、ありませんから…」


からかうように言ってきた彼にそう返すと、2人の間が静寂に覆われた。
この手を離して、もう一度有難うって言うんだ。
それで、終わりにしなければ。そう思うのに、中々体が言う事を聞いてくれない。
そうしているうちに、触れていた手がぎゅっと握り締められた。


「名前」


名前を呼ばれて見上げると、桔平さんの顔がすぐ近くにあって、そのまま、唇が自分のそれに優しく触れた。
ほんの少しの間だったのに、時が止まったかのように感じた。
触れるだけのキスが、ゆっくりと離れて、触れていた手も解かれた。


「…俺は、嘘を言ったつもりは無いからな。ご両親にも、お前にも」


自信に満ち溢れた瞳がこちらを見据えていた。
恥ずかしさからなのか驚きからなのか、声も出ない。
自分でもどんな顔をしているのか分からないけど、私の顔を見てふっと笑うと、桔平さんは おやすみ と頭をぽんと撫でてから、車に戻っていってしまった。
慌てて車内を覗き込むと、意味深げに笑って、そのまま車を発進させてしまった。


「…なんなの…」


突然降ってきたキス、紡がれた言葉はどう捉えたらいいのか分からないくらい曖昧で。
熱を帯びたままの指先と唇だけが、妙にリアルに感じた。



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