04
橘課長がよく分からない。
仮の恋人役をお願いしたあの日から、特に何の変化もなく2週間が過ぎた。
橘課長はいつも通りで、 『頼れる課長』 の姿そのままだ。
なんだかあの日の事をなかったようにされているみたいで、少し胸が痛む。
私自身は、あの日からずっと 『桔平さん』 の事が忘れられなくて、仕事をしていても、家に居ても、頭の片隅から彼が離れなかった。
「名字さん、今日の飲み会行く?」
「え?ああ、課全体のでしたっけ…参加にしてたと思います」
金曜日、課で担っていた大きなプロジェクトが今週無事に終了して、それの打ち上げと課の交流を兼ねた飲み会が今日の夜に行われる。
明日は休日だし、ゆっくり呑めるだろうという配慮らしい。
「よかった、折角の機会だからいろんな人に来て欲しいし、名字さんとも飲んでみたかったから」
「はあ…」
「それじゃあ、また後で」
同じ課の…名前はよく覚えていない男性はそう言うと、さっさと自分の席に戻ってしまう。
私がこの課に配属されたのは今年度からで、課の人たちと話す機会は中々とれていなかったから、たしかに貴重な機会かもしれない。
今日は早めに仕事を切り上げなければならないから、少し急がないと。
この報告書を課長に提出して、サインを貰えば今日の急ぎの分は終わりだ。
橘課長の姿を探すと、課長は資料室へと入っていくところだった。
自分の席を立ち、その後に続く。
「課長」
「ん?おお、どうした」
「この報告書の確認をお願いしたくて…」
報告書を課長に手渡すと、 ちょっと待ってな といって報告書に目を通し始める。
オフィスフロアから少し離れたこの部屋は、あまり人が来るところではない。
気にする事なんてないはずなのに、何だかそわそわしてしまう。
ちらりと橘課長を見上げると、丁度こちらに目を向けた課長とばちりと目が合った。
「どうした?」
「い、いえ何も!」
「…名字」
慌てたせいか声が上ずってしまう。
課長は少し間をおいて、私を手招きして資料室の奥にすすんだ。
そのまま付いていくと、資料を収納している棚に、ゆっくりと肩を押し付けられた。
「え、かちょ…」
そのまま顔の横に手をつかれて、逃げ場を封じられた。
見覚えのあるいたずらっ子のような表情が、すぐ近くにある。
「…忘れられなくなったか?俺の事」
「ほぁっ!?」
「少しでも意識してくれるようになれば十分だと思ってたが…そんな顔してると、期待してしまうぞ?」
期待、とは何に対してなんだろうかとか、こんな場所で見つかったら大変なんじゃないのかとか、ぐるぐると考えばかりが巡って言葉が出ない。
そうしているうちにゆっくりと課長が離れていって、頭に手が置かれる。
「今日の飲み会、お前も参加するんだったな」
「あ、はい…」
「あまりハメ、はずしすぎるなよ」
そう言って、頭から手を離すと、持っていた報告書にサインをして、戻してくれた。
慌てて受け取ると、意味深げに笑って資料室から出て行ってしまった。
「なんなのよ…」
ばくばくと煩い心臓と、熱い頬。
橘課長が何を考えてるのかが、本当に分からない。
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