06
「うー…」
そうこうしているうちに飲みすぎてしまった。
多少ふらつくけど、意識ははっきりしてるし気持ち悪くもない。
私を酒豪に産んでくれてありがとう、おかあさん。
「名字さん大丈夫?」
「だいじょうぶです…」
さっきから隣に居てくれた社員さんが心配そうに覗き込んでくる。
宴会はさっき終了したばかりで、帰宅する人、二次会に行く人だったりがお店から出て行く。
「俺、二次会行く予定だけど…」
「あー、私はここで失礼します。タクシーとか捕まえるので、大丈夫です」
心配かけないように笑ったつもりが、逆に心配させてしまったらしい。
「俺、送っていこうか?」
「え、大丈夫ですよ。多分見た目より酔ってませんし…」
「いや、でも何かあったら心配だし…」
さすがに出会ったばかりみたいな人に家を教えたくない、というか2人きりになるのはまずい。
なるべく穏便に断ろうとしても、妙に強引に押し切られそうになる。
そして何故だか肩に手を置かれている。
非常に不味い予感がしてきた。
「名前」
どうやって振り切ろうか考えていたら、出口のほうから低くて優しい声が聞こえてきた。
橘課長が、こちらに近づいてくる。
手に持っているミネラルウォーターを、私に差し出してくれた。
「飲みすぎたのか?」
「あ、少しだけ…」
「あれほど言っただろう、ハメをはずすなって」
「うう、すみません…」
橘課長の手が背中に触れる。
それだけで何だか安心してしまう。
貰ったお水を飲んでいると、橘課長が社員さんに話しかけた。
「悪いな、こいつは俺が送っていくから、お前は二次会行って来い」
「え、あの…橘課長と名字さんって…」
どういう関係?と聞きたそうな声。
肩に回っていた手は既に戻されている。
社員さんの言葉に、橘課長は ふっ と笑うと、背中に触れていた手を肩に回して、グッと近づいてきた。
「ああ…まあ、 『そういう』 事だ」
課長が楽しそうに笑ってそう告げると、社員さんの表情が固まった。
ついでに私も固まった。
私が?誰と? 『そういう事』 ?
「そ、そうだったんですか…すみません、俺邪魔しちゃいましたね。お先に失礼します」
引きつりながらそういうと、社員さんはそそくさとお店を後にした。
橘課長が、浅いため息をつく。
「大丈夫だったか?困っているように見えたんで、割り込んでしまったが…」
「あ…はい、正直少し困ってました。ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「ん?」
「あんな言い方をしてしまって…来週には、部署の人たちに色々話がまわってるでしょうね」
助けるためとはいえ、また課長に気を遣わせてしまった。
それだけでなく変な誤解を招くような事まで起きてしまっては、申し訳なさ過ぎる。
「ああ…まぁ、気にするな。タクシー呼んである。そろそろ着くはずだから、俺達も店を出るぞ」
ほら と手を差し出される。
そっと触れると、ぐいっと立たせてくれて、荷物等を持たれてそのまま店を出た。
外気に当たると少しだけすっきりしたように感じた。
大通りから見える位置でタクシーを待つ。
立ったままは辛いだろうと、腕を掴ませてくれて、寄りかかるように言われた。
さほど酔っていないつもりだったのに、課長に触れてから意識がふわふわしだした。
「ずいぶん飲んでいたな。おかあさんに似て酒豪だとは言え、今はああいう奴だっているんだ、自衛のためにも気をつけろ」
優しい声でそう咎められて、すこし腑に落ちない。
元はといえば課長が思わせぶりな態度をとったにも関わらず、他の女性にまで優しくしてるのが悪いのだ。
そう、私は悪くない。
「…半分は課長のせいです」
「俺か?」
「私が、課長にお願いしたとはいえ、恋人のフリをしてもらった時、意味深な事を言っておいて、その後何事もなかったかのようにしてくるし。忘れるべきなんだと思って、普段どおりにしていたのに、今日だって、あんな…」
「…」
「なのに、飲み会では女性達に囲まれて、まんざらでもない顔してて…私、よく分からなくなりました。飲みすぎたのは自分の責任です。でも、こうして助けてくれるし、噂になるような言い方するし…どうすればいいのか、わかんなくて。私の、こういう気持ちとか、言っていいのかも、全然…」
底まで言ったところで、視界にタクシーが見えた。
ハザードをつけてゆっくりこちらに停車してきたので、課長が呼んだタクシーに間違いないだろう。
「…そうか、俺のせいか」
「課長?」
「俺のせいなら、ちゃんと責任とらなきゃな」
強気な瞳がこちらを射抜く。
それだけで胸が跳ねて、何も言えなくなる。
課長の腕を掴んでいた手を、そっと握り締められて、そのままタクシーに乗り込む。
「すみません、隣町の〜〜までお願いします」
聞き覚えのない住所だった。恐らく課長の家なのだろう。そっと課長を見上げれば、いつか見た優しい表情で微笑み返してくれた。
繋がれた手は、そのままに。
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