気づいた時には全てが遅すぎた3

―――‐その頃、

「――?!」
「どうしたの?大さん」
「い、いや・・・何でもない・・・」

心の中の動揺を必死に押し隠し、赤井は何とかそれだけを口にした。
目の前には、仮初の恋人である明美の姿がある。

取り乱す事は出来ない。

ここは、アメリカ。赤井は諸星大という偽名で、ある組織への潜入捜査を行っていた。そして、その潜入を果たす為に、赤井は目の前の女性――明美と恋人同士となっていたのだ。今日はそんな明美との接触の日。下手な行動は後々問題になると分かっていながら、赤井は苦しさを抑えきれず声をもらした。

「・・・・っ、く・・・・・っ・・・・!」
「本当に大丈夫?! 随分苦しそうだけど、体調でも悪いの?」
「あ、あぁ・・・・少し眩暈がしてな・・・悪いが、今日はこれで失礼するよ」

ダメだと分かっていながら、苦しさに耐え切れず赤井はそう切り出した。
明美の方も、赤井の様子に尋常でない何かを感じ取ったのだろう。心配そうにしながらも、大人しく引き下がってくれた。

「っ・・・・くっ・・・・!」

足早に明美の前から去ると、赤井は人気のない路地裏へと入って行った。そのまま、壁を背にズルズルと座り込む。

眩暈ではない。赤井を襲ったのは――耐えようもない、喪失感だ。

今まで繋がっていた己の番――凛華との縁が、突然断ち切られた。

その瞬間の、まるで半身をもぎ取られたかのような絶望感。

今までは番契約を通じ、彼女の存在を感じ取れていた。
それなのに、確かに感じられた彼女の存在を、今は欠片も感じ取ることが出来ない。

「(一体、彼女の身に何が――?!)」

番契約の解除。それ自体は、可能である。
解除の方法は、3つ。

一つ、αからの一方的な契約解除。
一つ、α、若しくはΩどちらかの死亡による解除。
そして、最後の一つ・・・契約の、上書きによる解除。

彼女のαである赤井は、契約の解除をしていない。

ということは、考えられるのは二つ。

彼女が死亡したか、何者かが契約を上書きし、彼女の新たなる番となったか――・・・

「っ、・・・・・!!!」

脳裏によぎる嫌な予想に、赤井は息を詰めた。
そのどちらも、赤井にとって到底受け入れられるものではない。

何故なら、赤井は凛華を愛しているのだから――・・・

幼い頃から供に在った凛華。
一体何時から好きだったのかなんて、昔過ぎて覚えていない。

けれど、ずっと思っていた。彼女が、彼女だけが、己のΩなのだと。

だから、彼女と番契約を結んだ。
それは、傍から見れば一方的なものにも見えるだろう

契約を結んでおきながら、数年も放置するなど、赤井の行為はΩのフェロモンから逃れる為に彼女を利用したようにも見えてしまうだろう。

けれど、そうではない。
項を噛み番となったのは、彼女を誰にも渡したくなかったからだ。

自分とて、彼女を常に傍に置いておきたかった。けれど、まだ若く経験も無い赤井では、彼女を守り切れない。FBIに入れば、危険な任務も当然ある。彼女が狙われる可能性だって、ゼロではないのだ。だから、自分が力をつけて、彼女を守れるようになるまでは、と、赤井は彼女を日本に置いていく事を決めた。そして、日本に居ない間に彼女を他のαに取られないようにと、番契約を結んだのだ。

最も、数年も会いに行けないなど、思ってもみなかった。

本来の予定なら、彼女を迎えに行く予定だったのだ。
それが、潜入捜査が決まり、彼女を迎えに行くことはおろか、連絡さえ出来なくなったのだ。
幸いな事に、赤井のαとしての力は強い。故に、数年は契約を更新せずとも大丈夫だと、そう思っていた。

そう、高をくくっていたのだ。
誰にも、盗られるはずはない無い、と。

連絡が取れない間に、一体何があったのか、俺のΩに、凛華に、一体何が――!!!

「・・・・・くそっ・・・・・!!」

ダンッ!!と横の壁を殴りつける。

狙撃手の大事な腕だが、今はそんな事を考える余裕さえなかった。
ジンジンと痛みを訴える腕が、これは現実だと伝えてくる。

「っ・・・・!!」

ギリっと奥歯を噛みしめた後、赤井は瞳を閉じ荒く息を吐いた。
激情を押し殺し、落ち着け、と自分に言い聞かせる。でなければ、腹の底から湧き上がってくるどす黒い感情に、身を焼き尽くされそうだった。

――日本に、帰らなくては・・・帰って、確かめなくては――・・・!!!

そう決意して開いた赤井の瞳は――・・・まるで、手負いの獣のようにぎらついていた――・・・