「この前ヤバかってん」

 全員作戦室に集まっての定期ミーティングの時だった。次の対戦相手の直近の試合ログを見終わったタイミングで生駒が切り出したため全員の視線が自然と隊長へ集まる。
「なん?もちろんランク戦に関係ある事やんな?」
「あらへんけど……」
「ミーティングの最中やで?他に話しとくことないんか?」
 生駒が真顔で話を切り出す時の脱線率が99.9%なので、毎度の事ならがオペレーターとしてブレーキはかけておく。ランク戦の転送直前でもこの調子なので、ある意味これが儀式なのかもしれないが。
「他に……?せやけど、海とイコ散歩した時の話聞きたない?」
「ホンマなにしとるん?」
が、効果はなかったようだ。小さくため息を吐く。マリオとて生駒隊の強みは事前の綿密な作戦会議とは別にあるのを理解しているし、何なら話の続きも気になる。一度止めた以上突っ込みとしての責任は果たしたので、これ以上は口を挟まんと聞いとこ。
「俺呼ばれてへんわ」
「俺もや〜」
 そのイコ散歩に連れてって貰えなかったらしい男二人が、わざとらしく仲間外れにされて悲しいですといった表情をした。折角話の続きを促したのに、と話の腰を折るなの視線を送るも見事にスルーされる。この男どもは意外にかまってちゃんなのだ。
「ちなみに、この話マジでヤバイっす!」
「やんな?」
 イコさんと海がなにやら二人だけでで「あれは流石にヤバかったっす!!」「やんな?」と盛り上がっている。何がどうマジでヤバいのか一ミリも情報が増えていない。
「ええから、早よ話しぃ!」
 そんなん二人でごちゃごちゃ言うてても何にもわからへんわ。生駒は「そんな俺の話聞きたかったんやな」と照れた風に(表情の変化はない)噛み締めてから話を切り出した。
「一昨日ごっつ暇やってん。でも、新しい必殺技考えようにも海しかおらんしな。それでそや、三門市の知見でも深めよか。って思い立ってん」
「まあ、良い感じの木の棒拾って適当に歩いてただけですけどね!」
 ボーダー本部を出て分かれ道が来る度に、持っていた棒を倒して指した方向へ行く。それだけのルールだったが、思った以上に知らない道や、知っていても通り過ぎる街並みを立ち止まって見てみたりして結構盛り上がったらしい。
「本部じゃ見かけない美人なねこチャンの写真も撮りました!」
「海は、よお出来た子やな〜」
隠岐が海の頭をかき混ぜるように撫でる。末っ子だからか褒めらたのを素直に受け取り、満面の笑みでされるがままになっている。
「へへっ!それで調子に乗ってどんどん歩いてたら、なんか川?淵?みたいなとこに着いたんですよ。えっと、本部と玉狛の間にある森っぽいとこってわかります?警戒区域をちょっと出た先なんですけど」
 海は作戦室のホワイトボードに、ざっくりとした地図を描いた。
 そこは森というよりは雑木林といった規模だったが、手入れがされていないせいで、荒れて鬱蒼としていた。その薄暗い雑木林の中を細い川が流れている。川とは言っても川幅が大人一人分の身長程度しかない狭い小さい支流だ。最近の雨のおかげかたっぷりとした水が、音も立てずにゆっくりと流れていた。落ち葉や枝が堆積してなければ川の底が見えたに違いない。
 水はなみなみと満ちていたがそれでも歩いても渡れそうな川に、人が一人通れるくらいの細い橋が掛かっていた。渡っても雑木林が続くだけなので、あまり使用されてないだろう橋は木が腐食していて体重をかけるには勇気がいるなと思った。
「橋の名前が書いてある雰囲気はあったんですけど、古すぎて全然読めなかったです。それで現在地を地図のアプリで調べればわかるんじゃないかってなって」
 川の名前はそれでわかったもののやっぱり橋の名前は出て来ない。
「それで川の名前と橋って書いて検索エンジンにかけてみたんですよ。で、いくつかの橋の名前が二十四時間営業中って出て。なんか面白くないですか?それ。
 地図の場所から多分これだろうなって橋を選んで詳細を見たんですよ。それで、営業時間と一緒でお店の混雑状況を教えてくれる機能ってあるじゃないですか」
 そう言われてみれば、概要や写真の下に訪問数などの目数が書いてあった気がする。大体の店や施設は土日が混雑していて平日の昼間は空いている、のがわかったりするやつだ。
「それが『現在とても混雑しています』って表示されてて……普段人が来るようには見えないこんな場所が?って不思議に思ったっす。今オレ達が来たからそれがカウントされたのかなって思ってたら、イコさんが『俺たち以外に誰かおるんか?』って言うので、急にゾっとしちゃって。よく考えたらいまのオレたちがカウントされててもおかしいし、どう考えても混雑するとは思えないしで」
海はいつもの調子で笑顔で喋り続けるのだが、それが話の内容とちぐはぐなので妙な気分になってくる。笑顔の裏に何か恐ろしい物が潜んでそうで、目を合わせるのが怖い。
「さっきまで静かな所だなくらいにしか思っていなかったそこが、薄気味悪い気配でいっぱいに思えたんです」
最後の言葉は不自然に抑揚が消え、部屋の中にすぅっと消えていった。海はずっと笑っている。真織は隣にいる水上が手で首をさすったり後ろを何度も確認するものだから、自分たち以外の何かが後ろにいるんじゃないかと思えて仕方なかった。
「めっちゃ怖かったんでイコさんとアンパンマンマーチ歌いながら、全力疾走で帰って来ましたっ☆」
「せやねん」
 生駒が腕組みをしながら神妙な顔で頷いた。いつもの生駒隊の作戦室の空気が戻ってきて、知らぬ間に詰めていた息をゆっくり吐いた。
「いやや、怖いわ!」
 声を出してから、本当に怖い時は怖いと言うのすら出来ないものなんだと思う。それに怖いと口にした事でなんだか緊張が解けた気がした。
「でも大丈夫っす!お守り代わりに水上先輩の将棋の駒持ち歩いてるんで!」
「なんでやねん」
「あかんかった?」
 水上の突っ込みに、生駒が上目遣いで返す。可愛くはない。
「いや、返してくれはるなら別にええですけど」
「怖かったんで、作戦室戻ってからめっちゃ調べたんすよ!そしたら将棋の駒の材料の木ってなんか魔除けになるらしいってネットに書いてあったんで」
 キリッと顔を作った海がポケットから桂馬を出した。するとパキッと音を立てて縦にヒビが入る。
「……ツゲって硬いんで有名やなかったっけ?」
 隠岐がインターネットで検索した所によると、「柘植は日本にある木材の中でもっとも緻密で均一な材質で、硬く割れにくい特性を持つので、プラスチックが登場するまでは幅広く利用されていた」との事らしい。
「いやいや、劣化してたんちゃう?」
「それよりなんで桂馬やねん」
「なんか、ビビッと来たんで!」
「イコさんは何持っとるん?」
「そら、やっぱり銀やろ」
 生駒が胸ポケットから出した銀の駒は、真っ二つになっていた。それも縦ではなく横に。割り箸だってこんなに綺麗には割れた試しがない。しかも、木目は縦に入っているので、自然に横に割れる確率はゼロに等しい。
 全員の視線が手の平に置かれた見るも無残な駒だったものに注がれる。これが身代わりとして割れたとしたら……。
 沈黙が続く中、生駒は神妙に口を開いた。
「海、いまからお祓い行かへん?」
                                                           たくさんいるところ/了