3-1
寒く暗い
ここはどこだろう?と周りを見渡そうとした藍毬の腕を誰かが掴む
凍るように冷たいその手が痛いほど強く藍毬を掴んで離さない
振り払おうと腕を掴むとヌメッとした独特の感覚が襲いかかり鼻孔に鉄の香りが広がる。
抵抗しようと暴れるが足元に突如として血の湖が現れ藍毬の脚をすくう。
怖くて必死になるがいくら力を入れても腕は離れず、抵抗しているうちに相手と向きあう形となってしまった。
「出来損ない、アンタなんて産まなければ…痛い、痛い、アンタも一緒に」
銃で撃たれた額からあふれ出す血、青白い見覚えのある顔
藍毬の背筋に戦慄が走る
―殺した。殺したはず。私がこの手で。
「あっ、か、おかあ、さん、ひっ」
顎は震え、歯と歯はうまくかみ合わず言葉がどもる。
もう生きてはいない。死んで。そう分かっていても体が言うことを聞かず昔の記憶が溢れるように戻ってくる。
生前お母さんと呼ぶと殴られ、物として扱われてきた記憶が…!
母親の姿は大きくなり藍毬を覆いかぶさるように見下ろす。
「逃がさない。あんただけ幸せになんか、させない」
周囲の血が、空間すべてが、藍毬を追い詰めるようにして母親の姿と共に襲い掛かる
―飲み込まれるっ!!
助けて、百…!!
「っーーー!!アッ…ア…ハァ…ハァ…」
見覚えのある椅子、布団
全身が嫌な汗で濡れてじっとりと肌にしみる
不快感が藍毬を襲い、冷静になろうと乱れた髪をすくった。
最近は見ることがなかった過去の夢…
尾形が入院し、鶴見中尉に監視され自由がなくなった日々がこれほどにまで自分を追い詰めているのか…とはけ口のない、耐えがたい憂鬱な圧迫感が藍毬を襲う
蒼白になりながら今にも泣きそうな顔で月明かりに照らされた小さな体を護るように強く抱きかかえた。
「(もう待つだけじゃ無理だ…私から行くしかない。こうなったら…!)」
固く冷たくなった体を撫で藍毬は決心した。
もう手段など問わない、百に会いに行かねば…と
冬の北海道の月が心配そうにその小さな体を照らし続ける。