しろくてあつい頬だけ
「——それで毎食めっちゃ豪華なビュッフェとかでてくんの。やばくね?」
「しかもしかも!風呂めっちゃデカいんスよ!コートもめっちゃあるし」
スマホ越しに聞こえてくる丸井と赤也の声に相槌を打ちながら、眠気を吹き飛ばすようにカーテンを開け放った。差し込む日差しに負けそうになりながら、シャルを起こさないよう気を張りつつ羽織を引っ掛けてテラスへと出る。
選考の日から1週間が過ぎ、もうそろそろ結果が出てしまうなという頃合いに差し掛かったタイミングで、立海レギュラー陣がU17合宿所に参加したという連絡が届いた。正直選考のことで頭がいっぱいだったため、中学生が合宿所に招集されたと聞かされた時には「そうだ、そうだよね?!」と食堂で大声を出してしまったくらいだ。
レギュラー陣のメッセージは時差の関係もあり数時間経ってから気づいて眺めることがほとんどだったため、参加の知らせに気付いたのも合宿所初日であろうやりとりから動きのないメッセージ欄を見てのこと。
あまり真面目にメッセージ欄を見ることは無いとはいえ、それまで気が付かなかったことに改めて自分の視野の狭くなりやすさを実感して落ち込んだ。確かにマネージャーは関係のないこととはいえ誰か事前に教えてくれてもいいのにな、という愚痴はお門違いかもしれない。
いつもより少しだけ早く目が覚めてしまった休日の朝。寝起きの冴えない頭で他愛のないメッセージ欄を眺め、みんな元気にやってるかな…と思いながら誰かは見るだろうと『頑張れ』と久しぶりにメッセージを打ち込めば即座に2名の既読がついたのだ。
あぁ日本は今昼か、そう頭をよぎった直後スマホの画面が切り替わり【着信 丸井ブン太】の表示と着信音に肩が揺れた。
「もしもし?恵那?」
「はーい神崎ー」
「お、マジで出た」
欠伸を噛み殺すように間延びした声で答えれば、本当に出るとは思っていなかったと驚かれた。遠くから赤也(であろう)「先輩繋がったんスか!」という声や通りがかりであろう「誰にかけてんだ?」という知らない声も聞こえて来た。どうやら昼食の最中らしい。
「男テニのマネージャー」と誰かに返す丸井の後ろから響く雑音がBGMとなって耳に届いた。
咄嗟に電話を取ってしまったが、これから二度寝しようと考えていたところだったのに。少し迷ったがこのまま電話を切るのもなんか違うなと、ベランダにあるテラス席へ腰を落とした。
限られた範囲しかあの合宿所のことは分からないし、どんなことをしているのか知れる良い機会かもしれない。
「強い順にコートが分かれててさ。高校生に勝たないと上のコートに行けないシステムなんだと。1番上のコートに幸村くんに雰囲気がすっげー似てるやつがいて、最初赤也ヒビってただろい」
「ビビってないっスよ!」
「はは。幸村に似てる人か〜そんな人もいるんだ」
まだ合宿所に来て数日しか経っていないらしいが、初日から上空から降ってくるボールを拾って合宿退去を免れたり、桃城くんが入れ替え戦で鬼さんという高校生に敗れてしまったことなど中々に濃い日々を過ごしていることを話してくれた。
十字のラケットで試合する人と聞いて、前に大会練習に見た人だ…と記憶を思い返していれば丸井の声が遠くなる。
「部長!今恵那先輩と電話してるんス!」
「幸村くんも変わる?」
「え、恵那と?今
驚いた様子の幸村の声が聞こえたかと思えば、閃いた!と言わんばかりの丸井の声。怪訝に思いスマホの画面に目を落とせば、パッと画面が切り替わる。
そこにはお盆を持って困ったように立つ幸村と画面を覗き込む丸井、赤也がそれぞれ見切れながら映っていた。
「ちょっと、丸井」
「見えてる?」
「あ、せっかくだし先輩もカメラ切り替えて下さいよ!」
「すごい食事中…電話してないで食べなよ」
レストランのような場所で食事をしている様子が飛び込んできて驚きと呆れが一緒に口をついて出た。3人の背後に中学生や高校生が行き交っているのが目に入る。昼時は混むだろうに、電話なんぞしていたら怒られるのではないのだろうか…。ほら、現に幸村も困っているし。
「それに私はカメラ無理だから。こちとら寝起き」
「え?!朝なんスか?今?」
「うーん、赤也。時差って知ってる??」
「ほら、だから言っただろう?丸井。わかってただろうにどうして電話なんてかけたんだい」
「偶々メッセージ飛んできたからこれは起きてるだろい!って思って」
各々好き勝手に話しながら幸村がテーブルに着く。画面の片隅にちらっと映った氷帝のジャージを反射的に目で追いながら、こういう時1番に叱りに来そうな真田がいないな、と疑問を口にすると歯切れの悪い返事が返って来た。
「あーーーまぁ、」
「?何かあったの?」
「それが、」
「真田たちは今ここにはいないよ」
嫌にさっぱりとした声色で告げる幸村に、歯切れの悪い丸井と少し不貞腐れたような顔になる赤也。
どういうことだ、と問えばシングルスをして負けた方は合宿を追われたという。立海からは真田、柳、仁王にジャッカルが2日前に退去したとのことだった。真田と幸村の本気の試合をしたというし…間近で見たかったな。
「柳生は?」
「あそこだろい。まだ列並んでる」
「ほんとだ。…まぁ、U-17の合宿だし"ふるい"は至る所にあるよね」
「そうだね。今までとなにも変わらないよ」
話を聞く感じ世界大会を見据えて人数を削っているのだろうな、という印象を受けつつ、強化合宿でもあるのに一度の試合だけで退去させてしまうことに違和感も憶える。しかも話を聞けば越前くんたちも退去したというし、錚々たるメンバーをあのU-17選抜合宿のコーチたちが手放すとは考えにくい。
「どっかで帰ってきそうな面子すぎる…」
「恵那もそう思うかい?」
「やっぱ?」
「順当に考えれば、なんとなく。
まぁみんなが元気にやってるならそれでよし。引き続き頑張って!合宿の成果が見れるの楽しみにしてるよ。あ、柳生も頑張って!」
「はい?神崎さん?」
経過を聞いている間に戻ってきた柳生にも声をかけて、そろそろみんなの昼の邪魔になるし電話を切ろうと最後に外カメラをオンにして手を振る。「もう切っちゃうんスかー!」と飛んでくる赤也の声に、「ちゃんと昼食べなよ」と苦笑した。
「朝早くにサンキュな」
「また何かあったら連絡するよ」
「えぇ、今度は時間が許す時に話をしましょう」
「俺絶対1番コートまで行くっスから!期待してて下さい!」
「うん、それじゃまたね」
各々の言葉を最後にパッと暗くなった画面を見つめる。次会う時はおそらく真夏のメルボルンの地になるんだろうなと予想を立てながら、その時はお互いどんな立場に身を置くことになっているのだろうか。
誰が代表に選ばれるのか今から楽しみだなという思いと、あと少しで結果でるな…という複雑な気持ちになりながら、眠そうにテラスに出てきたシャルに挨拶をなげた。
あっという間に合格発表当日となった。朝から心ここに在らずといった感じで、授業中も意識が明後日の方向に飛んでいた。受かっていて欲しい気持ちと、あの出来で受かるはずがないという気持ちが拮抗し合って、事あるごとに溜息を吐いては友人に心配される無限ループにはまっていた。
合格発表自体は簡易なものとなっており、フランス時間で午後2時にHPに番号が記載される形だ。幸いにも今日のその時間帯には授業がないため、お昼を食べ終わってすぐに自室へ戻るとパソコンを起動させて通話アプリを開く。
しばらくすれば画面が切り替わり、真っ赤な代表 ジャージを見に纏った幼馴染の姿が映り出される。久々に顔を合わせた安心感と発表への緊張とで、月光ちゃんの名前を呼ぶ声が裏返った。
先日の選考が終わった後、手応えが無さすぎたことを月光ちゃんへ伝えれば、私が落ち込みすぎていたのか合格発表は一緒に見ようと提案してくれたのだった。同室のシャルも当日は予定があるということで、お言葉に甘えてしまった。正直1人で見るのは心細かったところも無くはないため、大変有り難かった。
こちらの緊張をほぐすように最近の近況を話す彼に耳を傾けながら、鼓動を早くする心臓を落ち着かせるように深呼吸をしてその時を待つ。
「…よし。それじゃ、行くね」
彼が頷いたのを確認し、静かに結果を記すリンクをクリックする。すると数秒もかからずに画面が切り替わり、横6桁の番号が2つ中央に表示された。
頭の中で番号を反芻しながら指を滑らせ、画面を凝視する。
「—————う、かった………?これ、これだよね?」
「…ああ。そのようだな。番号も、間違いない」
画面と手元にある番号に視線を彷徨わせ、そう口に出せば月光ちゃんの返答に目が醒めたように立ち上がった。海が満ちるような高揚感と嬉しさが胸の内側からじわじわと広がる。
「〜〜!!やった…!」
驚きつつもなんで?!と心の中で疑問は浮かぶが、今は素直な喜びが優っていた。これで大会中のサポートがかなりしやすくなるし、なによりプロのストリングに触れることができるのが普通に嬉しい。
「メールも届いてる…!」
「よく頑張ったな、おめでとう。恵那」
「ありがとう〜〜良かった……」
安堵で机に突っ伏しながら、胸を撫で下ろす。
全身から力が抜けたことに相当気を張っていたんだと思った。息を深く吐きながら画面を見上げるようにすれば、優しげに目尻を下げた月光ちゃんと目があって、思わず伸ばした指先が画面をなぞってしまう。
「メルボルンの夏は太陽ジリジリ、なんだって」
「そうか」
「体調気を付けなくちゃね。お互いに」
「そうだな…今回の場合は特に恵那は、が強調されるがな」
「こっちには医療班の友達がついてますから!対策はバッチリで行くよ。心配しないで」
胸を張りながら応えれば、そうだったな。と少し残念そうに笑った彼に首を傾げるも、画面の奥から月光ちゃんを呼ぶ声に意識が逸れる。
後ろからひょこっと画面に映った毛利先輩と挨拶を交わす。どうやらコーチに呼ばれているらしい。
「電話中にすんません」
「いえ、大丈夫です。ちょうどメインイベントは終了しましたから」
「そうなん?です?」
「……あぁ」
「夜にありがとね。また時間ある時にかけ直すよ」
申し訳なさそうにする毛利先輩にも声をかけて、通話を切ろうと手を振る。いつものように頷く月光ちゃんと、その後ろで小さく手を振りかえしてくれる先輩の姿を見ながら通話ボタンを切ろうとした。
「恵那」
名前を呼ぶ声にディスプレイに伸びた手が止まる。長い前髪の隙間から覗く綺麗な瞳がスッと細められたのを脳が理解した瞬間、反射的に手でカメラを遮ってしまった。その反動でガタンとPCが揺れる。
「ってあれ?どないしたんです?急に画面切れて…」
「いや、問題はない」
急に真っ暗になった画面に驚いたのだろう毛利先輩とそれに応える月光ちゃんの声が流れてくる。
そんな中おそらく真っ赤になっているであろう、己の顔面を片手で抑えるのに必死になっていた。
「恵那、くれぐれも体調には気をつけてくれ。また連絡する。……おやすみ」
「…………うん、また。月光ちゃんも気をつけてね。おやすみ」
結局、あつくなった顔を晒すことはなく、今度こそ通話をオフする。真っ暗になった画面に映った情けない自分の顔をみて、のみ込んでいた息を大きく吐いた。
「あんな顔、初めて見た…………」
蘇る先ほどの柔らかい微笑みにもう一度頬があつくなるのを感じながら、私がそれを引き出した原因だと思うと胸がいたい。
日頃から笑顔の練習をしているのは知っていたが、まさかあんなにも自然に表情が造れるようになっていたなんて。愛おしすぎてつらい。
「ああもう……会いたすぎてしんじゃう………」
手の届かないことがこんなにももどかしいと思うのは、そう、いつものことだった。
「最後、顔見なくてええんですか?あんまり話せてなかったんとちゃいます?」
「あぁ、さして問題ない。
それにあまり長居するのはお互いによくない」
「?……あ。」
「どうかしたか」
「いや!神崎ちゃんも大会観に来れるとええですね」
「あぁ。そのことだが、実は——」