笑う角には




「お願いしまーす」


 大勢で賑わう廊下を歩きながら適当にチラシを配っていく。上手いこと時間調節ができて早めにシフトを抜けさせてもらったため、今から幸村のいるC組に行こうと思う。幸村のシフトは知らないけど…きっとなんとかなるでしょ、と信じて人混みをかき分けている最中である。



「あのすみません、幸村精市いますか?」
「幸村くんならさっき交代しちゃって…」



 C組に到着し受付の人に声をかけてみれば、先程交代してしまったらしい。やっぱり予定を聞いておくべきだったか。受付の彼女にお礼を言って歩き出す。

…あれに一人で入るのは些か気が引けるがしょうがない。そう思って歩いていれば、見たことのある後ろ姿に思わず声をかける。



「…手塚くん?」
「?、あぁ、神崎か。先日ぶりだな」



 青春学園テニス部部長、手塚国光。その人がちょうどA組のクラスの前に立っていた。



「うん。今日はうちの部長の無茶ぶりでごめんね」
「いや、折角の誘いを無下にするのもどうかと思ってな」
「手塚くんは本当真面目だね…断ってくれてもよかったのに」
 


 どうして手塚くんが海原祭にいるのかといえば、脚本を書いている幸村がゲストに呼ぼうと言った一言が原因であった。いくらなんでも…と思ったが、了解の返事をもらった時は珍しくあの柳も驚いていたな。



「衣装とかはステージ袖で管理してるからあとで幸村に教えてもらってね」
「ああ。…ところで神崎は今何を?」
「いや、幸村を誘って真田を見に行こうと思ってたんだけどクラスにいなくて」



 嫌だけど一人で入ろうとしていたと告げれば、では一緒にどうだろうか、とお誘いを受けてしまった。

なんでも集合時間までは暇らしく、真田に顔を見せに行こうとしていたようで。手塚くんも一人で入るのは思うところがあるようだ。



「それは助かる!共有する人がいないのも寂しくて。それじゃ入ろっか」



受付を済ませガラガラと扉を開けて中に入れば。

 

「「おかえりなさいませ、お嬢様」」



 出迎えてくれたのはしっかりと燕尾服を見に纏い、45度でお辞儀をした真田と柳生だった。…まずい。



「む、神崎に手塚か。珍しい組み合わせだな…よく来たな手塚」
「ああ。今日はしっかり努めさせてもらう」
「こちらこそよろしく頼む」
「ところで…大丈夫ですか、神崎さん」



 あまりの衝撃に思わず下を向いていれば、柳生から声がかかった。声が漏れないように抑えていたが、もう限界かもしれない、っふ。



「まっ、ふ、ふぶっ、おかし、ふ」
「どうした神崎」
「や、ちょ、こっち見ないで、あはっぁ、さなだ」
「ふむ、これは珍しい。どうやらツボに入っているようですね」
「そのようだな…一人で入りたくないと言っていた理由はこれか」



 あの真田が燕尾服にお嬢様呼び。執事喫茶と聞いた時から笑いそうになっていたが、本物の破壊力たるや。これで幸村の追撃があればもっと面白かったに違いない。



「でも意外と似合っているだろう?」
「ひぇ、ゆ、ゆきむら」
「入れ違いだったみたいだね、恵那」



 気付けば後ろに幸村が立っていて、どうやら入れ違いになっていたらしい。笑いすぎて出てきた涙を手で拭いながらゆっくり息を吐いた。



「似合ってるのはそうだけどさ」
「褒められていたのか」
「褒めているというか…ま、久々に面白かったよ真田」



 笑ってごめんね(笑)という気持ちを込めて肩をポンポンと叩いてみた。幸村が視界の端で笑ってるのが見える。

ゆっくりしていけ、という真田の言葉に従おうとしたけれどそろそろフォトコンの受賞者発表の時間が迫っていることに気付く。
そのため手塚くんにその言葉をお譲りして、私は会場に向かったのだった。



「あれ月光つきちゃんが着たら……いや、やめよう想像だけでしんどい」



 頬に手を当てながら呟いた私の言葉は誰にも届くことなく、ただ雑踏に溶けていった。



- 5 -

*前次#






le fer Clair de lune