背中合わせの小夜曲



 なんとか気を取り直して舞台袖に到着すれば、劇は無事に終了したようだった。
道中にも好評な声が聞こえてきたし、終わったら私も映像を確認しよう。楽しみ。

 思考を巡らせながら用意されたパイプ椅子に腰掛け出番を待つ。なんだか音響の子たちの視線が落ち着かないので、早く始まってほしい。
なんとなく足を組もうとしたとき、スマホの振動が全身を駆け巡る。驚いて背筋がピンと伸びた。
なんだろう、とスマホの画面を覗き込めば一件のメッセージ。



「続いては!ヴァイオリンによる独奏をお届けします!」



 MCの声が聞こえてくる。…何故かハードルが上げられている気もするが。

"楽しみにしている"

そう言われたらやるしかない。





 



 



「……これは」
「うん、予想以上だね」


 波乱の劇が終了し、手塚たちも一緒に次のステージを待っていた。やたらと煽りの強いMCの呼び声で上がった幕は、想像を遥かに超えるものだった。

 黒のドレスに身を包んだ恵那が奏でる音は、決して派手なわけでも豊かなわけでもなかった。けれど確かに芯があり、寄り添うような柔らかい音色。楽しそうに演奏する姿に、目が離せなかった。

 友人から教えてもらったという恵那のヴァイオリンの演奏を聞くのはこれで2回目だ。短期研修でフランスに行ったとき以来だが、あの時とは曲も違えば雰囲気も異なり、俺は驚きを隠せないでいた。
マネージャーの新たな一面を垣間見て、少しだけ胸にモヤがかかったような気がしたのは、彼女がいつにも増して大人びて見えたから…だろうか。


講堂を優しい音色で包んだひと時は次第に大きくなる拍手をBGMに幕を閉じたのだった。




    





 二曲の演奏を終えて気分も良く部屋に戻れば、友人たちからの誉め殺しが待っていた。特に演劇部の友人には感動した、と涙目で抱きつかれたものだから苦笑せざるをえない。

 まぁ、いつもより張り切っていたのは認めるけれども。
公演開始前、月光ちゃんに送った衣装姿の写真に返信があり、少し時間ができたとのことでスマホ越しから演奏を聞いてくれていたのだ。しかも、楽しみにしていると言われて頑張らないわけがない。

 私がヴァイオリンを始めた経緯は少々強引なところはあるのだが、続けられたのは一重に彼が好きといってくれたからであった。
初めて弾いた時はテンポもバラバラで音階を追うのに精一杯な演奏とも呼べないものだったけど、また聞かせて欲しいと頭を撫でてくれたことは一生忘れない。


―――っと、懐旧に耽っている場合じゃなかった。友人たちに礼を言って手早く制服に着替える。
早いところ教室に戻ろうと、足早に講堂を後にすれば大声に引き止められた。



「先輩〜!!!」
「…そんな大声出さなくても聞こえてるよ、赤也」



 振り向けばテニス部のみんながこちらに歩いて来ていた。あ、越前くん達もいる。



「みんなお疲れ〜」
「恵那!凄かったぜ、演奏!」
「そうッスよ!!オレ、めちゃくちゃ感動しました…!!」
「見事だったな」



 わらわらと集まってきたかと思えば、演奏が凄かった、あんなに弾けるなんて知らなかった、等先ほど繰り広げられた光景がこちらでも広がっていた。
面と向かってこんなに褒められると少しばかり気恥ずかしいが、悪い気はしない。

 孫にも衣装じゃったの、とか聞こえてるんですけどね、そこ。




 演劇の方で手塚くんが越前くんをお姫様だっこしたという衝撃の情報を知らされて、越前くんに迷惑をかけたお詫びにまた一曲弾かされる羽目になるのはまた別のお話。






      







「ん?珍しいなぁ、月光ツッキーが休憩中とはいえ外でスマホ弄っとるなんて」
「少し用事があってな」
「ふぅん?お、なんか聞くん?」
「ああ。…そんな目で見てもイヤホンは貸さないぞ」
「えぇ〜気になるやん」
「………」
「わかった、わかった。それじゃ、先に戻ってるで」



 そう言って肩を竦めながら去っていく種々島を横目にイヤホンをつけ直す。時間を確認すれば二曲とも聞ける様子で、そのまま録音ボタンを押して開始を待った。
そして聞こえて来たいつもの音色に耳を傾けながら、僅かな時間を堪能するため、ひとり静かに目を閉じた。




「楽しそうだね、修さん」
「そうやなぁ。オモロイもん見つけたかもしれん」
「へぇ…ま、程々にね」
「ちゃい⭐︎」





  海原祭 これにて閉幕



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le fer Clair de lune