星が還る場所



「お客さん、この辺りで大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございました」


 運賃を渡して外に出れば、少し冷たい風に吹かれる。辺り一面森だらけだが、今日は天気が良いため空気は澄み渡っていい日和だ。

 長い坂道を足取り軽く進んで行くと、目の前に表れる石垣の入り口。
そして端に遠目でも分かる長身が目に入り、心境を反映するかのように足が動き出した。



―――U-17選抜候補合宿所



 高校生日本代表選抜の名の下、日本テニス界の人材育成を担う場所。
そして、彼らの挑戦の場である。







「――月光ちゃん!!」
「…恵那」


 軽く息を吐きながら約2ヶ月ぶりに彼の温もりを肌で感じる。いつものように身長差を考慮してしゃがむ彼の首に手を回せば、軽々と持ち上げられる身体。それを良いことに首元に顔を埋めて数秒。私が顔を上げるのを合図に視線が混ざる。


「ただいま」
「あぁ、おかえり。…ただいま」
「うん。おかえりなさい」


 離れる期間が長い私たちが昔から再会するたびに行う恒例の会話。私が安心したように笑えば、ふ、と柔らかい雰囲気になる月光ちゃん。うん、今日も愛いな。

 少しして地面に足がつけば、合宿所の方に歩き出す。あの門を超えてしまえば触れ合いは憚れるため少し残念ではある。が、ここに来た目的はちゃんと果たさなければならない。少しの我慢だ、私。
手を繋ぎながら門の方まで歩いていけば、不意に月光ちゃんの足が止まる。頭にはてなを浮かべて顔を向けると被っていた帽子を取られてしまった。


「どうしたの?」
「いや、少し上を向いてくれないか」
「いいけど?なに、」


 軽いリップ音とともに離れていく顔。徐々に唇の感覚が全身に回るように身体が熱を持っていくのを感じる。完全に視界から月光ちゃんの顔が消える直前、その長い前髪の間から視線を逸らして照れる表情も見えて、私が悶絶する番だった。


「〜〜っ!!」
「…すまない」
「き、す、するときはいつも言ってって」
「その表情かおが見たくてつい、な」


 うぅ、こういうところがあります。この人…もうすぐそこ敷地だというのに何をやっているのか。語彙力は溶けて消滅しました。


「ちょ、と。もう少し、入るのまって」
「あぁ」


 うん、一旦落ち着くから頭ポンポンするのやめてください。







 スタッフの方から通行証を頂いて首から下げる。ここの合宿所は基本立ち入り禁止だが、事前に申請して許可が下りればこうして制限付きで立ち入りが可能になる。その目的によって様々らしいが、今回の私の用事の場合は1日通行証が発行された。


「先にコート行く?」
「そうだな。なるべく奥の方のコートを取ってある。その格好でも近づけばわかるからな」
「さすがです」


 その格好というのも、今日は部活着に真田ばりの黒帽子を被っている。これは合宿所の風紀を乱さないように〜とかなんとかで本部の人からスポーツに則った格好で来るようにと指定されているためである。ま、合宿所に女がいるだけで問題なんだろうな。


「いつも思うけどやっぱり立海のジャージは目立つからなんかなぁ」
「ではこれを羽織るか」
「え?!ダメだって、それ日本代表ジャージ!」
「…そうか」


 しょんぼりしないでほしい。
そんな大事なジャージをおいそれと羽織にしちゃさすがにまずいんじゃないかと思う。ほら、No.バッジも付いてるし。


「それに月光ちゃんジャージないと駄目じゃん。もう風も冷たくなってきてるし余計冷えちゃうよ」
「…では、手を繋いでくれないか。」


 そんな言葉と共に、右手の甲に甘えるかのように武骨な手が触れる。
…なんて口説き文句なんですか?私のペースは何処へ???
と悶えている間にも、するりと私の手を取りすたすたと歩き出してしまう月光ちゃんの背を眺めながら、キュッと手に力を込めた。





 偶に高校生に横目で見られつつも目的の場所に到着した。…本当に何処にでも監視カメラがあるな、と辺りをキョロキョロ見回して思う。


「それじゃ、はいラケットね。とりあえず前の張り方と同じでポリのみ62P」
「ああ。一応打ってみるが…前に連絡した通りストリングを少し変えたい」
「うん、大丈夫。だから今日はいろいろと持ってきてるから、プレーと反動みて新しいの張るね」
「ああ」


 そう言ってサーブ練習に入る月光ちゃんを見守る。
私は彼のラケットのガットを張っているストリンガーである。月光ちゃんの祖父がずっとテニス専門店をやっていたことをきっかけに興味を持ち、随分と様々なことを教わった。そしてやっとここ数年で月光ちゃんのガットを張れるようにまで上達したのだ。
 私の場合、プロのストリンガーではないため、長年プレーを見ている月光ちゃんのラケットぐらいしか要望に応えて張ることができない。
どこかの物好きさんを除けば今後も彼ら以外のガットを張ることはないだろう。


「恵那。…どうした」
「あ、ううん。次は強度高め?」
「いや、今よりもう少し弱めで安定性を出したい。これを使ってくれ」


 そう言って渡されたのはナチュラルガットだった。高価な部類のガットを使うのは久々だ…なんか気合入ってるのかも?


「うーんそれじぁ、ポリとナチュラルのハイブリッドでテンションも少し下げる?」
「頼む」
「うん、おっけ」


 軽くメモを取り、ポリエステルガットの種類を確認して月光ちゃんに向きなおる。



「でも珍しいね。ナチュラル使うなんて」
「今年はダブルスを組むことになってな」
「……へぇ、なるほど」



 月光ちゃんのプレイスタイルはカウンターパンチャーだが、いつもはスピン系のショットを多く使うためシングルスの場合はその役割が表面に現れにくい。
 だから、ナチュラルガットで打球感に安定性を持たせることによって、"守り"というカウンターパンチャー本来の役割を果たせるようになる。



「相手はアグレッシブかオールラウンダーか、ってところ?」
「オールラウンダーだ」
「へぇ。…それで、どう?仲良くやっていけそう?」



 目下の気がかりはそこに尽きるわけである。月光ちゃんの優しさは気付かれにくいから、相手との相性の良し悪しは少しばかり気になる。
ずっとシングルスをしてきた者にとって、ダブルスは足枷になることもあれば、その逆が生まれることもあるから。

まぁ、合宿所のコーチならその辺は考えてくれているだろうけど。

 

「…そうだな。頼りには、されているのだと思う」
「そっか、それはよかった。どんな人なの?」
「ひとことで表すのは難しいが…いろいろと気の付くやつだな。視野が広い」

  

 思い出したかのように少し優しいトーンになる声。対極だからこそって感じかな。なにはともあれ、月光ちゃんの優しさに気づいてくれる人のようで一安心する。


「……サボり癖があるのが玉に瑕だが」
「え、そういう系?」
「ダブルスにはその矯正の意図もある」
「ここのコーチ陣ならやりそう。
なるほどサボり癖の矯正ねぇ…私たちそういう人を任される星の下にあるのかもね」
「なにかあるのか?」
「前にも言ったことあると思うけど、去年まで部活にサボり魔がいたからさぁ。ほんっっとにあれは骨が折れた記憶しかない…」


 クセのある赤毛でなまりの強い言葉を話す、一つ上の先輩。三強と言われていた幸村たちと肩を並べて全国に出場、立海の2連覇の隠れた立役者でもあると私は思っている。
 だからこそ、才能があるのに「練習はやりたいときにやるもんで!それに三強あいつらがおれば心配いらんせーね」とかなんとか全然練習に顔を出さなかった先輩のことがとても惜しかった。
それでも立海では勝つことが全てだから、そんな先輩でも試合には出れるわけで。
当時は他の部員に示しが付かないし、練習を重ねればきっと先輩はもっと上に行けるのに、という私怨も込めて、最後の方はもはや引き摺り回してでも練習に顔を出させていた。
まぁ、そんな努力も響かず、目を離すとすぐにどっか行っちゃってたけど。


「最後に見たのは確か病院だったけど、何してんだろあの人」
「…お互い苦労するな」
「そうだね。
って…また、話し込んじゃった。ごめん、練習再開してください」
「いや、時期にマシンの予約時間になる。それまでは休息としよう」


 今は練習を見ているのをすっかり忘れていた。久々に会うとすぐこうなるのだからダメだ…誰も止めてくれないし。 
でも、気を遣ってくれたのか、ストリンギングマシンと呼ばれるガットを張る機械の予約時間まで時間を潰すことになった。

 まぁ、ただ話しているだけだとカメラが怖いので、手のひらのマッサージをしつつ話をしようかな。




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