4.

ポートマフィア本拠地、最上階。
此の組織の長である森鴎外は、有吉爽子と初めて対面していた。
4年前の抗争で命を落とした『彼』に拾われ、今は日の当たる世界で人を救う仕事をしている元最年少幹部の『彼』に引き取られたという女。
曰く、警察官だというにも関わらず真正面の入口から堂々と姿を現した彼女は、戸惑う構成員に対し、「首領に会わせろ」と云ってのけたのだとか。
彼女が只の一般人であれば直ぐに追い返していた処だったが、森は4年前から、一度有吉爽子という女と話をしてみたいと思っていた。
その為、彼女を此処に通す事を許可したのである。


「初めまして、元暗殺者の有吉爽子さん。お会い出来て光栄だよ」

「其の呼び方は止めて下さい、ポートマフィア首領、森鴎外さん。今の私はもう、人殺しからは足を洗った身ですから」

「此れは失敬。横浜中央署の有吉爽子刑事、と云えば満足かな?」

「お好きにどうぞ」


爽子の答えに、森はクスクスと忍び笑いをする。


「それで?横浜中央署の刑事さんが、我々ポートマフィアに何の用かな?」

「私が云わずとも既に判っていらっしゃるのでは?一応申しておきますと、本日は拉致された被害者の解放、救出に参りました」

「有吉君、私は回りくどいのは嫌いなんだ。もっと合理的に話して貰えるかな?」

「……佳いでしょう。単刀直入に云わせて頂きます。太宰治を解放して下さい」


爽子の言葉に、森は明からさまに溜息を吐いた。


「有吉君。君は、如何して太宰君を扶けに来たんだい?」

「ですからそれは、警察官として被害者を−」

「質問の仕方を変えよう。警察組織というのは単独行動を忌み嫌い、集団行動を重要視する団体だ。それなのに、君は何故『1人で』此処に来たんだい?」

「……」


爽子は森の言葉に反論せず、視線を逸らして黙り込んでいる。
其れを善い事に、森は再び口を開いて自分の推論を話す事にした。


「私が思うに、君は『警察官』として此処に来たのでは無いのだろう?君は『太宰治の知り合い』という立場で−君の個人的な事情、感情で動いている。違うかな?」


爽子は何も語らず森をじっと見つめていたが、暫くしてから彼から視線を逸らして口を開いた。


「確かに私が此処に来たのは少なからず個人的な理由が存在しています。太宰さんは私の大切な友達ですし、或る人にも『彼を扶けて欲しい』とお願いされましたから。
ですが、私が一人の警察官として動いていると云うのもまた、紛れも無い事実です。私は異能力持ちの警察官として、或る程度の自由行動、単独行動は許可されていますから」

「成る程……」


森は両手を組んで其の上に顎を乗せた。


「有吉君、君が純粋に『警察官として』太宰君の解放を望んでいるのなら、私は何も云わないよ。でも、君の行動の中に少しでも個人的な理由があるのであれば、無償で彼を引き渡す訳にはいかない。公正な取引にならないからねえ」

「……森さん、私は面倒臭い事が嫌いなんです。もっと単刀直入に仰って頂けませんか?」

「ふっ、あははは!佳いよ、この際だからはっきりと云おう。有吉君、ポートマフィアに来る心算は無いかね?」

「有りません」

「即答か。其の返答ならば、太宰君の身の安全の保障は出来兼ねる事になるけど善いのかな?」


森の言葉に、爽子はぎゅっと唇を噛み締める。


「……そんな屁理屈、納得がいきません。ですが、貴方が折れて呉れるとも思いません。だから……」


爽子は腰を低くして戦闘体勢を作った。


「余り、こういう事はしたくありませんでしたが……強行手段に、出させて頂きます」


そう云って爽子が森を睨み付けると、彼は愉しそうに唇を歪めて微笑んだ。
其のまま数秒間両者の間で睨み合いが続いたが、森は観念したかのようにふっと表情を緩める。


「何、冗談だよ。今回は君を勧誘する心算は無い。単に君を試したかっただけだからね」

「……え」


ぱちくり、と、彼女は硝子玉のような目を瞬かせる。
こんな年相応の邪気(あどけ)ない顔も出来るのか、と、森は僅かに目を見開いた。
が、直ぐに何時も通りの表情を決め込んで口を開く。


「今回の事は、芥川君が勝手にやっていた事だからねえ。私は全く関与していないし、君の好きなように動いて呉れて構わないよ」

「……そんな言葉が信用出来るとでも?」

「確かに私が君の立場でも、先ずは私の言葉を疑って掛かるだろうね。でも、屹度此れを見たら、君も態度を変えるのではないかな」


そう云って彼が懐から取り出したのは、如何やら1通の手紙のようだった。


「……此れは?」

「先刻太宰君から届いたばかりの手紙だよ」

「!」


差出人の名前を聞いた爽子は、直ぐに手紙の封を開く。


『太宰、死歿せしむる時、又、有吉爽子が貴君らによって拘束せしむる時−汝らの凡ゆる秘匿、公にならん。』


「此れ、って……」

「恐らく彼はこうなる事を予測していたのだろうね。お陰で此方は五大幹部会を開かなければならなくなった」


してやられたよ、と森は苦笑いを浮かべる。


「こんな風に脅しを掛けられて仕舞っては、我々は簡単に君に手を出せない。……だから、早く太宰君を連れて此処を去りなさい。彼は今、此の建物の地下牢にいるから」

「……どうも」


太宰の予測能力には舌を巻くばかりである。
爽子は森に一礼すると、踵を返して部屋の扉に手を掛けた。


「嗚呼、そうだ」


すると森は、何かを思い出したかのように口を開く。


「中也君、帰って来てるよ。屹度今頃、彼も太宰君の処に向かっている筈だ」


◇◆◇


「ふぁ〜あ……」


静かな地下牢に欠伸が零れる。
太宰治は退屈していた。
繁華街で『態と』ポートマフィアに捕まってから早数時間。
彼は直ぐに此処から逃げる心算も探偵社に帰る心算も無かった為、特に何かする事も無く只菅(ひたすら)に暇を持て余していたのだ。

だが、予想通りならば、そろそろ−


「……頃合いかな」


太宰が手枷を見つめ乍らそう呟いた時だった。


「相変わらず悪巧みかァ、太宰!」


其の声と共に目に入って来たのは、嘗ての自分の相棒の姿で。
太宰が露骨に顔を歪めると、中也は満足そうに悪役染みた笑みを浮かべた。


「全然変わらないねェ、中也」

「あァ!?如何いう意味だ!」


嫌そうな顔から一変、目の前の相手を揶揄う方向に出た太宰の軽々しい挑発に、中也もまた表情をコロリと変えて透かさず噛み付く。
4年の空白(ブランク)を感じさせない程何時も通り子供の喧嘩のような遣り取りをした後、中也は太宰の頭を鷲掴みにし、一体何をする心算なのかと問うた。


「何って見た儘だよ。捕まって処刑待ち」

「あの太宰が不運と過怠で捕まる筈がねえ。そんな愚図なら、俺がとっくに殺してる」


中也はバッと元相棒の頭から手を離すと、彼に背を向けてそう云い放った。

刹那。

ガチャリ、と地下牢の扉が開き、中に誰かが入って来た。


「あァ?」


中也は一瞬眉を顰めたが、其の人物の顔を見た瞬間、アイスブルーの瞳を零れ落ちそうな程見開く。


「……爽!?」


そして中也は、太宰には目も暮れずに足早に彼女の元へと歩み寄って行った。


「手前、何で此処に!?つーか、今迄何処に居たンだよ?」

「……久し振り、中也。暫く見ない内に大人っぽくなったね」

「あ?そうか?……って、そう云う事じゃねェ!」


見事なノリ突っ込みの後、中也はガシリと彼女の肩を掴んだ。


「随分探したンだぞ!だのに手前の情報は一切出て来やがらねェし……」

「御免ね、心配掛けちゃって」


爽子は中也と視線を合わせずにそう云うと、やんわりと彼の手を外して太宰の元に歩み寄る。


「太宰さん、迎えに来ましたよ」

「有難う爽。森さんに何か云われた?」

「いえ、別に」


完全に2人だけの世界に入っている。
中也は如何しようも無く其れに苛立って、彼等のいる方へと足を進めた。
そして、爽子の腕を掴んで自分の方にグイと引き寄せると、華麗な足蹴で太宰の手枷の鎖を断ち切る。


「話は終ってねェぞ、糞太宰」

「……中也?如何したの?」

「手前は黙って見てろ」


機嫌の悪さを察したのか、様子を尋ねて来た爽子に対して中也はそう云い返す。
そして、彼女を抱き寄せる片腕に力を込めた。
更に彼に密着する体勢となり、ふわり、と中也の匂いが一際(ひときわ)濃くなるのを感じた爽子は、いよいよ頬に熱が集まるのを感じる。


「……却説、手前が何を企んでいるかは知らねえが−此れで計画は崩れたぜ」


中也は太宰に向き直り、目の前の男に向かってそう云うと、ニヤリ、と顔に獰猛な笑みを浮かべた。


「俺と戦え、太宰。
手前の腹の計画ごと叩き潰してやる」


そして、空いている方の手を太宰に向かって伸ばし、クイッ、と人差し指を動かす。


「……中也」

「あ?」


太宰は低い声で中也の名前を呼ぶと、パチン、と指を鳴らしてから手枷を外して床に落とした。


「マフィアの癖に正義の味方気取り?而(しか)も、君が私の計画を阻止?……冗談だろ?」


そう云いながら、太宰は中也にヘアピンを掲げて見せる。


「チッ、何時でも逃げられたって訳か」


中也は忌々しそうにそう云うと、爽子から然り気無く手を離して太宰に向かって疾走して行った。


「良い展開になって来たじゃねえか!」


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