7.
『組合が探偵社に来た。爽も気を付けて』。
太宰から電子郵便(メール)が来たのは、あれから数日後の事だった。
彼曰く、組合は異能開業許可証を目当てに、探偵社を買い取りたいと申し出たのだとか。
勿論、社長の福沢はそれを断ったらしいが。
爽子は何(いず)れこうなるだろうとは思っていたが、実際に彼等が来たとなると矢張り躰が強張って仕舞う。
―落ち着け、私。
―彼等の目的は飽くまで異能開業許可証だ。私には未だ気が付いていない。
すぅ、と深く息を吸い込む。
「……よしっ」
漸く心が落ち着いてきた処で、爽子は仕事に専念する事にしたのだった。
◇◆◇
翌日。
家で報道(ニュース)を見ていた爽子は、手にしていた珈琲碗(コーヒーカップ)を床に落として仕舞った。
報道曰く、ポートマフィアのフロント企業が入っていた7階建ての建物が一夜にして消滅したのだと云う。
……組合だ。
爽子がそう悟った瞬間、太宰から着信が入った。
「もしもし」
『報道、見たかい?』
「はい。組合の仕業……ですよね」
『多分ね。……爽は今何処にいるの?』
「自宅です。此れから出勤しようと思ってたンですけど……」
『そう。……少し、其処で待っていて呉れないかい?今から其方に向かうから』
「え……でも仕事が、」
『社長が署の方に取り合って呉れてるから大丈夫。直ぐに行くから待ってて』
「……はい」
そして其れから数分後。
太宰は爽子の部屋の居間(リビング)で彼女と向かい合って座っていた。
「あの……太宰さん。如何したンですか?態々私の処に来るだなんて」
「実はね、報道では建物が消滅した事しか云っていなかったのだけれど……昨日から、賢治君も行方不明なんだ。……丁度、組合の連中を外に送り出してから」
「え……」
爽子は口元を手で押さえた。
要は、用済みのマフィアも自分達に逆らう探偵社も消そうとしている、という事だ。
如何にもあの男がやりそうな事だな、と爽子は思った。
フランシスは、欲しいものはどんな手を使ってでも必ず手に入れようと躍起になる男だ。
今回も容赦はしないだろう。
其れならば、此方も如何にかして対策を練らなければ。
爽子はそう思い、報道を見てから思っていた事を話すべく意を決して口を開く。
「……太宰さん。私、建物を消滅させた犯人、知ってるかも知れません」
「え、本当かい?」
「はい。……あの、1つ確認なんですが、昨日組合のメンバーが探偵社を訪れた時、赤毛で三つ編みの女の子が居ませんでしたか?」
「!」
太宰が目を見開いたのを見て、爽子は自分の予想が当たっていた事を察した。
「ルーシー・モード・モンゴメリ。多分、其の赤毛の子が犯人です。ルーシーは異能力で異空間を造り出して其処に人を閉じ込める事が可能ですから」
「……閉じ込める?其れ、脱出は不可能なのかい?」
「いえ、ルーシーが脱出用のドアを作る、若しくは異能力を解除すれば脱出は可能ですが……探偵社とポートマフィアを潰す気で来ているのであれば、ルーシーが自分から異能力を解除するとは思えませんね」
「……拙いな。少し前に、敦君と谷崎兄妹が賢治君を探しに行ったんだ。若し、其処でその異能力者と遭遇したら……」
「!!」
―扶けに、行かないと。
爽子は思い切り立ち上がった。
「爽、待って」
太宰は今直ぐにでも外に飛び出して行ってしまいそうな爽子の腕を強く掴んだ。
「君は行っちゃ駄目だ」
「如何してですか?だって敦君達が―」
「君が行ったら、組合に君が横浜に居ることが知れて仕舞うだろう?だから駄目だ。行くなら私1人で行く」
「それはそうですけど……でも……」
其の言葉を聞いても未だ迷っている様子の爽を見て、太宰は更に追い討ちを掛ける。
「お願いだ、爽。行かないで」
私はもうこれ以上、大切な人を失うのは厭なんだ―。
太宰は少しだけ声を震わせ乍らそう云うと、爽子の腰に手を回し、縋りつくように彼女を抱き締める。
「太宰さん……」
目の前の彼が余りにも切ない表情をしていて、まるで今にも消えてしまいそうで。
私は消えたりなんかしませんよ、そう云おうとしていた言葉を呑み込んで、爽子はゆっくりと太宰の背中に手を回し、優しく擦(さす)った。
こんな状態の此の人を、此の儘放って置く訳には行かない。
そう考えた爽子は、今回はその場に留まる事を決めたのだった。