Prologue
ツイステッドワンダーランドにハロウィーンの季節がやってきた。
学園の至るところにジャック・オー・ランタンが置かれ、ハロウィーンウィークに行われるスタンプラリーのチェックポイントとなる会場は、担当の寮によって少しずつ飾り付けが進められている。
どの生徒もこの季節は浮き足立つみたいで、この国の住人は皆ハロウィーンが好きなんだな、と私はどこか他人事のように思った。
「なんかレン、最近テンション低くね?」とエースに言われたけれど、皆がハロウィーンウィークに向けて盛り上がっている中、やる事がない私とグリムのオンボロ寮コンビは退屈しているのだから、気分が上がらなくて当然だと思う。
要するに、とても暇なのだ。
「つまり、誰にも構ってもらえなくて拗ねている、と」
「言い方に悪意を感じるのは気のせいですか?」
「事実ですので」
「ぐぅ……」
アルバイト先であるモストロ・ラウンジの締め作業をしながら、ジェイド先輩にポロッと本音を漏らしたところ、嫌味な言葉が返って来た。
確かに先輩の言う通りかもしれないけど、少しは仕事も予算も貰えない私達に同情してくれたって良いじゃないか。
ムゥ、とむくれていると、ジェイド先輩は肩を揺らしてクスクスと笑っていた。
「ああもう……ジェイド先輩に話した私がバカでした。ハロウィーンの準備頑張ってくださいね。お先に失礼します」
「ああ、待ってください、レンさん」
帰寮しようとすると、先輩が私の背中にそう呼びかける。
私の目の前にやってきたジェイド先輩は、恭しく私の手を取ると、「1つご提案なのですが……」と口を開いた。
「そんなに淋しいのであれば、オクタヴィネルとオンボロ寮で一緒にハロウィーンの準備をしませんか?」
「……はい?」
どういうことだろう、と、私は訝しげにジェイド先輩のヘテロクロミアを見つめえる。
「そのままの意味ですよ」と言って腕を組んだ先輩は、ソファに腰掛けるように私に告げた。
言われた通りに腰を下ろすと、彼も私の向かい側に座り、話を続ける。
「その様子を見るに、どうせハロウィーンウィークまではお暇なんでしょう?僕達オクタヴィネルはハロウィーンウィークの準備に加え、モストロ・ラウンジの準備もありますので、猫の手も借りたい状況なんです。もし、あなた方が力を貸して下さるのなら、モストロ・ラウンジのハロウィーン限定メニューもサービスさせていただきましょう。……いかがです?」
「いや、お言葉は嬉しいですけど、寮ごとに予算が決められていますよね?私達が入ってしまったら、予算オーバーになってしまうんじゃ……?」
「その件については学園長に相談してみては?きっとこのような話になれば、多少なりとも工面はしてくれるかと」
あの人にとっても、ハロウィーンは一大イベントですからね、とジェイド先輩は呟く。
「……分かりました。前向きに考えてみます」
「ええ。良いお返事をお待ちしております」
グリム、何て言うかなぁ。
単純に皆の仲間入りができて喜ぶのか、それとも一緒にやるならハーツラビュルが良いと我儘を言うのか。
私は相棒に思いを馳せながら、オンボロ寮へと足を進めた。
「おお、来たかレンよ」
私がオンボロ寮に着くと、ちょうどリリア先輩に遭遇した。
ディアソムニア寮はマレウス先輩の意見でオンボロ寮をスタンプラリーのチェックポイントに選んだようで、ここ最近は毎日黄緑色の腕章をつけた生徒達が私達の寮の周りをウロチョロとしている。
正直、寮に帰って来ても、あまり心が休まらない。
「マレウスなら中におるぞ。何でも、レンに話したいことがあるようじゃ」
私に話したいこと?
なんだろう……。
首を傾げながらもリリア先輩にお礼を告げて、私は寮の中に足を踏み入れる。
談話室に入ると、立派なツノを持った背の高い妖精が、我が物顔でゆったりと肘掛け椅子に腰掛けていた。
「……こんばんは、マレウス先輩」
「ああ、やっと帰ったか、ヒトの子よ」
まあ座れ、と言って、マレウス先輩はソファを指差す。
「もう……ここ、私の寮なんですけど」
「だが、ここはハロウィーンの期間は僕達ディアソムニアの管轄でもある。そうだろう?」
「はいはい、そうでしたね。……で、話って何?」
私がソファに座ってから口を開くと、先輩はニヤリと笑みを浮かべた。
「聞くところによると、お前達は仕事を与えてもらえず、暇を持て余しているようじゃないか。ならばこの僕が、お前に施しを与えてやろう」
「……んんん?ごめん、ちょっと話が見えないんですけど」
「つまり、ハロウィーンウィークに向けて、僕達と一緒にハロウィーンの準備をしないか、と言っている」
同じ日に別の寮の先輩からそれぞれ誘いを受けるなんて、もしかして私とグリムって、端から見たらそんなに淋しそうに見えたのだろうか。
黙り込んでしまった私を見て、マレウス先輩は「どうしたんだ?」と尋ねて来る。
「あ、ごめんね。ついさっき、別の人からも同じような誘いを受けたもんだから、ちょっとびっくりしちゃって」
「別の人?……ああ、あの双子の片割れか」
マレウス先輩はつまらなそうにそう言うと、「それで?お前はリーチになんと答えたんだ?」と質問してきた。
私が前向きに考えてみると回答したことを先輩に伝えると、彼は更に不貞腐れた表情になる。
これは、もしかしなくても、ちょっと拗ねている。
すぐにそう悟った私は、弁明しようと慌てて口を開いた。
「で、でも、まだ正式に決めたワケじゃないよ。グリムにも聞いてみないといけないし、そもそも学園長から許可が降りるかも分かんないし!」
「許可なら降りた」
「え?」
「お前がそういう反論をするだろうと思い、事前に聞いておいた。……だが、あの様子なら、恐らく他の寮生が申請をしても許可は降りるだろうな」
明日にはリーチも許可を貰っているだろう、と言って、マレウス先輩は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「僕がどう言ったところで、最終的にどちらを選ぶのか決めるのはお前達だ。僕はここで、お前から良い返事が聞けることを期待して待っているとしよう」
「う……が、頑張ります……」
明日の朝、グリムにどうやってこの件を話そうか。
……ああ、考えるだけで胃が痛い。
今はもう夢の世界に飛び立っているであろう相棒の顔を思い浮かべると、私はこっそりと溜息を吐いた。
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