02.Before the Halloween week
結局、私とグリムは、ディアソムニア寮の準備を手伝うことに決めた。
オンボロ寮は私達の住んでいる寮だし、グリムが龍のゴーストの仮装に魅了されてしまったからだ。
グリムはモンスターだから、同類である龍のゴーストの仮装をするというこちらの寮に魅力を感じたのだろう。
私としても、チャイナ風の仮装なんて中々できないから是非やってみたいと思っていたし、マレウス先輩がオンボロ寮をチェックポイントに選んでくれたことが嬉しかったから、ディアソムニア寮を選んで良かったと思っている。
先輩にこちらのお手伝いさせていただきたいと報告をしたところ、彼は「当然だな」と言ってフンと鼻を鳴らしていた。
相変わらずの上から目線だったけれど、ペリドットの瞳がいつもよりも柔らかい光に包まれていたから、きっと少しは喜んでくれたのだと思う。
「ところでレン、お主、衣装はわしらと同じもので良いのか?」
私が門に飾り付ける龍の鱗を作っていると、リリア先輩が顔を覗き込んで来た。
「え……同じで良い、と思いますけど」
むしろ、同じ仮装以外の選択肢とは何なのか。
私が不思議に思って首を傾げていると、「すまん、言葉が足りなかったな」とリリア先輩は眉尻を下げた。
「お主は他の者と違って
女子じゃろう?衣装も少し装いを変えた方が良かろうて」
「いや、でもそれだと目立っちゃいますし」
「その時はその時じゃ。それに、お主に何かあろうものなら、マレウスがただではおかないから心配はいらんわ。遠慮などせず、めいっぱい仮装を楽しめば良い」
「うーん……それなら、少しだけ変えてもらおうかなあ……」
「相分かった。しばし待たれよ」
リリア先輩は満足そうに頷くと、誰かを探しに行ってしまった。
私としては本当に同じ仮装で良かったのだけれど、先輩があそこまで言ってくれるのなら、少しはその好意に甘えても良いんじゃないかと思ったのだ。
普段はなかなか女の子らしい格好ができない分、この機会に少し女の子を意識した仮装がしてみたくなってしまった。
ここに来て、女としての私が、少しだけ顔を覗かせてしまったのである。
「待たせたな、レン」
そう言って戻って来たリリア先輩と一緒にその場に現れたのは、ポムフィオーレの寮長、ヴィル・シェーンハイト先輩だった。
「ヴィルに事情を話した。お主の衣装の相談に乗ってくれるそうじゃ」
「全くもう……アタシだって暇じゃないっていうのに」
ヴィル先輩は顰め面でブツブツと文句を垂れている。
私がそんな先輩に何度もお礼を言うと、「うっとおしいからそういうのやめて頂戴」とバッサリ切り捨てられてしまった。
「ふうん……アンタ、意外と良い身体つきしてるのね。胸はないけど」
そして、早速私の身体を上から下までじっくりと眺めたヴィル先輩は、頬に掌を当てて何やら考え始めている。
恥ずかしいからあまり見ないでほしいと思いつつも、視線に一切の厭らしさがないのは流石本職といったところか。
ヴィル先輩は、プロとして、私の衣装の相談に乗ってくれているのだ。
「リリア、今年のディアソムニアの衣装のトップス、確かマキシ丈だったわよね?」
「ああ、いかにも」
「そう……ならいっそ、この子の衣装は上下セパレートにしてみたらどうかしら。トップスの丈は短めにしてお腹が出るようにして、ボトムはショートパンツスタイルにするの。レンは足の形が悪くないから、隠すのはもったいないわ」
「へ、へそ出しはちょっと……。私にはレベルが高すぎます……」
「1ヶ月死ぬ気で鍛えれば問題ないわ。腹筋をつけなさい」
ヴィル先輩は職業柄、自分にも他人にも厳しい。
鬼だ、鬼。
助けを求めるようにリリア先輩を見るも、「うむ、若々しさがあって良いではないか」とニコニコ笑っている。
ああ、これはもう、私が諦めるしかないのか。
ガックリと肩を落としていると、「僕はヒトの子の意見に賛成だ」と後ろから声が降りかかって来た。
その声の主―マレウス先輩は私の隣に立つと、ポン、と私の頭に掌を乗せる。
「ハロウィーンウィークには学外の人間どもも来るのだろう。そんな奴らに媚びを売る必要はない」
「失礼ね、アタシはそんなつもりで言ったんじゃないわよ。……でもまあ、マレウスの言うことも一理あるわね。レンやアタシ達にそのつもりがなくても、この子の姿を見て勘違いをするおバカさんはいるかもしれない」
「じゃ、じゃあ私……へそ出し回避?」
「ええ、そうね。でも、せめて足は出しておきなさい。それも心配なら、デニールの数値が低い黒タイツでも履けば良いわ。……良いわね?」
「……分かりました」
そう答えながらも、視線は自然とマレウス先輩の方を向いてしまう。
先輩もそれならばと納得してくれたようで、私もヴィル先輩も特に何も言われなかった。
「それじゃ、アタシは帰るわ」と言ったヴィル先輩に、「送って行こう」とリリア先輩が声をかける。
「ああ、そうじゃマレウス」
リリア先輩は部屋を出る直前に、思い出したように口を開いた。
「レンの採寸をしてやってはくれないか?衣装の採寸ができていないのはその子だけなんじゃ」
「……え、ちょっと⁉」
私が止める間もなく、先輩はひょいと姿を消してしまった。
私にだけ見えるようにウィンクをしてみせたリリア先輩は、絶対に確信犯だと思う。
「……あの、マレウス先輩?リリア先輩のアレ、多分冗談なので。真に受けなくて良いですよ。私、自分で測れますし」
「……いや、僕がやる。来い」
そう言うやいなや、先輩は私の手首を掴み、オンボロ寮の2階へと足を進めていった。
辿り着いたのは、私が使っている寝室で。
何でこの人、寝室の場所を知っているんだろう……?
知りたいけど聞かない方が良いかもしれない。怖い。
「ここなら、誰にも邪魔されずに測ることができるだろう?」
扉を閉めたマレウス先輩は、いつも通りの口調でそう呟いた。
いや、確かにそうだけど。邪魔はされないんだけど。
学生同士の男女が寝室に2人きりって、相当まずい状況なのでは……?
危機感を抱く私の隣で、先輩は何食わぬ顔で魔法でメジャーを召喚している。
……これは、気にした方が負けなのかもしれない。
そう思った私は、はあ、と溜息を零してから制服の上着を脱いだ。
「先輩、良いですよ。測ってください」
「ああ」
私の言葉に頷いたマレウス先輩は、両腕、顔周り、首の長さなどを次々に測っていく。
「お前は本当に、どこもかしこも小さいな」
ここまでに測った数値の書き込みを見て、先輩はふと呟いた。
そして、ゆっくりと私の手首を掴むと、私の掌の上に自分のそれを重ね合わせる。
「指の長さもこんなにも異なるのか。手首なんて、僕が少し力を加えたら簡単に折れてしまいそうだ」
「ちょっと……怖いこと言わないでくださいよ。そりゃ、マレウス先輩に比べたら、私は赤子も同然かもしれないけど」
「ふっ、それはそうだな」
先輩は小さく微笑むと、再びメジャーを手に取った。
「次は腰回りだ。両手を頭の上に置いてくれ」
「……うん」
素直にその言葉に従うと、彼はぐっと身を屈めて私の腰にメジャーを添える。
かっ……おが、近い……!
視線だけを横に動かすと、すぐそこに先輩の整った顔があって、それを認識した途端に身体中が熱くなった。
「……あまり動くな。正確なサイズが測れないだろう」
「だ、だって……えっと、ごめんな……ひッ⁉」
いつのまにやら、冷たくて大きな手が、私のシャツをめくってお腹に侵入して来ている。
先輩はそこをぺたぺたと触ると、「薄い腹だな」と無表情で呟いた。
「お前、食が細すぎるんじゃないのか?僕はもう少し肉付きが良い方が好みなんだが」
「せ、先輩の好みなんて聞いてない!」
「……そうか。それなら、お前は誰の好みなら聞き入れるんだ?」
眉間に皺を寄せたマレウス先輩は、ぐっと私の腰を引き寄せてそう尋ねた。
彼の掌から落ちたメジャーが、カランコロンと音を立てて床を転がっていく。
最後の悪あがきとして私が懸命に視線を逸らしていると、「こっちを見ろ」と言って強制的に上を向かされてしまった。
「……なんだ、何か言いたいことがあるのか」
「っ、大有りだよ!まず、いきなり人のお腹を触るなんて失礼が過ぎる!どうしてあんなことしたんですか!」
「……お前が、心配だったからだ」
相変わらずムスリとした顔つきのまま、先輩は話を続ける。
「お前はただでさえトラブルに巻き込まれやすいのに、シェーンハイトが提案した格好なんてさせられていたらと思うと反吐が出る。……お前のそんな格好は、僕だけが見られれば充分だ」
「え……」
今の言葉、どういう意味?
……どうしよう。私、今絶対顔が真っ赤だ。
両手で頬を押さえながら彼を見上げると、先輩のとがった耳もうっすらと色づいているように見えた。
何、これ。どうなってるの。
急に忙しなく動き始めた心臓に、私は心の中で叱咤を入れる。
「っ、でもほら、私の衣装は安全なものになったから。これも全部、マレウス先輩が私を守ってくれたおかげだよ」
私が慌ててそう言うと、いよいよ先輩は手の甲で口元を覆ってしまった。
不思議に思って覗き込もうとするも、「見るな」と言われてもう片方の手で目を覆われてしまう。
「全く……お前というやつは……」
暗い視界の中、ブツブツと何かを呟く先輩の声が聞こえるけれど、何を言っているのかはよく分からない。
とにかく、バクバクと鳴り止まない心臓は、しばらくは落ち着きを取り戻してはくれなさそうだ。
その後、リリア先輩が「取り込み中にすまんのう」と言って入って来て、嵐のような勢いでマレウス先輩を連れてハロウィーン運営委員会に行ってくれたおかげで、私はようやくいつもの調子に戻ることができた。
それを少し残念に思う私と、何も起きなくてほっとしている私とが、半々くらいでせめぎ合っていて。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、私は自分のベッドにもぐりこんだのだった。
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