■ ■ ■


6時間目
停学復帰、1日前。

カルマと花澄は、『E組に関わることで重要な知らせがある』という連絡を受けて、久方ぶりに顔を合わせていた。


「久しぶりー、花澄」

「あ、赤羽君。久しぶり」

「元気だったー?」

「うん、まあね。そっちは?」

「俺?まーそれなりに元気、かな。停学中やる事なくてさぁ、マジで暇だった」

「あー、私も」


良かった。赤羽君、いつも通りに戻ってる。

花澄はホッと胸を撫で下ろした。
あの日見た赤羽業は、信頼していた先生に裏切られて雰囲気が黒く淀んでいた。
それ以来花澄はカルマとは連絡すらとっていなかった為、内心とても心配していたのだ。


「それにしても、重要な話って何だろうね」

「さぁ?」


少女の問いに首を傾げるカルマ。
すると、ガチャリとドアが開き、室内に人が入って来た。


「貴方がたは、赤羽業君と若山花澄さんで間違いありませんね?」

「はい」


花澄が代表してそう答えると、相手の女性は一礼しながら挨拶をし始めた。


「初めまして。防衛省の者です。今日は3年E組に関わる大切な話を聞いてもらう為に、此処に来て貰いました」


防衛省?

花澄とカルマは互いに顔を見合わせた。


「では、早速本題に入らせて頂きます」


そして、その人は深刻な顔つきで話を始めた。

先日、月を爆発した犯人は、来年の3月までに自分を殺さなければ地球をも爆発すると予告している、タコのような形をした謎の生物であるという事。
その生物は、最速でマッハ20ものスピードで動き回り、殺すのには骨が折れるという事。
そして、その生物は、殺されるのは御免だが、何故か椚ヶ丘中学校の3年E組の担任ならやっても良いと許可した事。
現在その生物は、生徒達に『殺せんせー』と呼ばれていて、E組の生徒達は、この生物の暗殺を試みているという事。
殺せんせーを殺す為には、特殊なナイフと銃を用いる必要があるという事。

花澄は余りにも現実味がないその話に混乱していた。


「……事情は今話した通りです。
地球の危機ゆえ秘密の口外は絶対に禁止。もし漏らせば記憶消去の治療を受けて頂くことに」

「……怖ッえ!」


カルマはそう言って態とらしくおどけてみせる。


「E組の全員に同じ説明をし、他の皆は既に任務に入ってます。
君達も停学が解けたらE組に戻る」

「……」

「よって君達にも暗殺任務を依頼します!」

「……ねえ
このゴムみたいなナイフ本当に効くの?」


花澄が渡されたナイフをまじまじと見つめる一方で、カルマはそのナイフの刃の部分を触りながら楽しげに尋ねた。
その問いに防衛省の女性は冷静に答える。


「ええ。人間には無害ですが奴への効果は保証します」

「……へーえ。
ま、人間じゃなくても別にいーか」


そう言ってから、カルマは殺せんせーのイラストが描いてあるポスターを、そのナイフでグサリと突き刺した。
突然カルマの雰囲気が変わった事に気付いた花澄は、ビクリと身体を震わせる。

……待って、もしかして赤羽君、


「1回さぁ、先生って生き物殺してみたかったんだ」


……ああ、やっぱり。
赤羽君、やっぱりまだ狂気に取り憑かれてるんだ。

ギラギラと目を光らせて嗤う赤羽業を横目で見ながら、花澄は1人絶望に明け暮れた。





帰り道、カルマと花澄は肩を並べて一緒に歩いていた。
カルマの様子は再びいつも通りに戻っていて、「学校あるなら早起きしなきゃじゃん、めんどくせー」と言いながらケラケラ笑っている。


「……赤羽君」

「んー?」

「……赤羽君は、やっぱりあの日の出来事、忘れられないの?」


思い切ってそう尋ねてみると、カルマはいきなり立ち止まった。

そしてー


「忘れられるワケないじゃん」


そう言って、ニコリと笑う。
その笑顔からは狂気が滲み出ていて、花澄は思わず後退りした。


「アイツはもう死んだんだ。
俺の味方だって言ってくれたのに、俺はいつでも正しいんだって言ってくれたのに、掌を返したように裏切った。教師なんてみんなそんなモンなんだよ。ホント、死ねば良いのに」

「……」

「でも今回の話聞いたらさ、俺すげー嬉しくなっちゃった。だって俺自身の手で直接先生って生物を殺れるんだよ?アイツは勝手に死んだけど、今回は俺が直々に手を下せるんだ。こんなに嬉しい事ってある?」

「……」

「花澄も楽しみにしててよ。俺が殺せんせーを処刑する瞬間を、さ」


じゃー俺のウチこの近くだから、と言って、カルマは手を振りながらその場を去る。
時間を増す毎に教師への憤りが強くなって行く彼に、花澄は背筋がブルリと震えた。





翌日、花澄は渚と共に旧校舎に向かっていた。
今日は初日の為、HRの時間に自己紹介をしなければならない。
「みんな良い子達だから大丈夫だよ」と渚に言われたものの、完全に人間不信から立ち直れていない花澄にとってはドキドキのイベントだった。


「失礼します」


教室に向かう渚と別れ、花澄は1人職員室へと向かう。
そこには切れ長の瞳の男性と、タコのような風貌の生物がいた。

ーあれが、殺せんせーか。
ーうわっ、ホントにタコみたい。

殺せんせーに気を取られていた花澄だが、男性の方に話しかけられる。


「君が、今日から停学明けの若山花澄さんか?」

「あッはい、そうです」

「防衛省の烏間だ。事情は聞いていると思うが宜しく」

「此方こそ宜しくお願いします。
……あの、そちらにいらっしゃるのが、殺せんせーですよね?」

「はい、私がE組の担任ですよ。宜しくお願いしますね」


殺せんせーがそう言って触手を差し出す。
花澄は恐る恐るその手を握った。


「では、教室に行きましょうか。
クラスメイトが待っていますよ」


殺せんせーの言葉に頷き、花澄は共に教室まで向かった。
歩いている際に、彼女は先生に対して1つだけ質問をぶつける。


「……あの、殺せんせー」

「はい?」

「赤羽君……赤羽業君は、まだ来てないんですか?」

「ええ、来ていませんよ。
……全く、復帰初日から遅刻とはいけませんねえ、彼は」

「……そうですか」


顔に大きな×印を作る殺せんせーを見て、あの肌どうなっているんだろうと能天気に考えながら、彼女は殺せんせーに続いて歩いて行った。





ありきたりの自己紹介が終わり、花澄は殺せんせーに指定された席に着く。
そこは1番後ろの席で、右隣には赤羽業が座るらしい。
そして前にはおさげで眼鏡を掛けた可愛らしい少女が座っていた。


「奥田愛美です。宜しくお願いします!」


眼鏡の少女ー奥田愛美は、花澄に向かって頭を下げた。


「……若山花澄です。宜しく」


花澄も奥田に向かってそう返したが、思わず素っ気ない態度になってしまい、やってしまったと顔を顰めた。


休み時間になると、渚を始め、他のクラスメイトが花澄の周りに群がり始める。
どの生徒も新たな仲間に興味津々なようで、キラキラと目を輝かせながら各々自己紹介をし始めた。

「私、茅野カエデです!」

「神崎有希子です。宜しくね」

「中村莉桜でーす!」

「俺、杉野友人。宜しくな 」

「磯貝悠馬です。宜しくー」


こんなに多くの人と話すのは初めてで、花澄は混乱すると同時に無性に恥ずかしくなった。

そこで、


「……よ、宜しくお願いしますッ」


小さな声でボソリと呟くと、トイレに向かって全力疾走した。


「ねえ渚、若山さんって渚の幼馴染なんだよね?」


茅野が渚にそう尋ねる。
渚が頷くと、杉野が「若山ってどんな奴なんだ?」と聞いた。


「今はみんなとは初対面だからあんな態度になっちゃってるけど、花澄は慣れると人懐こくて優しくて良い人だよ。ホントは頭も凄く良いし……。でもほら、ウチの学校は頭が良ければ良い程その人の価値が決まって行っちゃうっていうか、僕らの成績次第で友達の態度もコロコロ変わるでしょ?花澄の場合、学年10位以下にはなった事なかったし、女子ではいつも1番だったから、周りに寄ってくる友達はみんな花澄に気に入られたくて機嫌を取るような事ばっかしてたみたいでさ。それが原因で、花澄は軽い人間不信みたいになっちゃったんだ」

「!」


渚の話に、その場にいた者は皆目を丸くした。


「だけど最近は、花澄も人間不信を治す努力をしてる。花澄はちょっと不器用なとこがあるから、周りに壁を作ったり、最初はみんなにちょっと冷たい態度を取ったりするかもしれない。でも花澄は花澄なりに頑張ってるからさ、みんなもそれを解ってて欲しいんだ」


そう言って頭を下げる渚。
それを見て、周りにいたクラスメイト達は互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべた。


「解ったよ、渚。俺達もすぐに仲良くなれるように頑張る」


磯貝が皆を代表してそう言う。
渚はその言葉に安心したのか、笑みを浮かべて「ありがとう、みんな」と礼を告げた。



ALICE+