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7時間目
その日の午後には体育の授業があった。


「八方向からナイフを正しく振れるように!」

「どんな体勢でもバランスを崩さない!」


指導者は烏間。

花澄の停学が明ける前までは体育も殺せんせーが教えていたようなのだが、身体能力が余りにも違い過ぎる為、烏間が『先生』として体育教師に就任したらしい。

正しいフォームでひたすらナイフの素振りをする訓練。

前原は生徒を代表して、この訓練に意味はあるのかと烏間に質問した。


「勉強も暗殺も同じ事だ。
基礎は身につけるほど役に立つ」


彼曰く、基礎的な身体の使い方を身に付ければ、素人2人のナイフ位は捌けるようになるらしい。
実際烏間は、磯貝と前原の2人から同時に襲い掛かるナイフを華麗に避けていた。


「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。
ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々……体育の時間で俺から教えさせてもらう!」


その一言と共に終業のベルが鳴り、体育の授業は終わった。


「6時間目小テストかー」

「体育で終わって欲しかったよね」


杉野とそんな会話をしていた渚だったが、見慣れた赤い髪の少年が立っているのに気がつく。


「カルマ君……帰って来たんだ」

「……え?」


渚のその言葉が聞こえた花澄は、思わずビクリと肩を震わせた。
そして、コソコソと殺せんせーの後ろに隠れる。


「……?どうかしましたか、若山さん」

「あ……いえ、ちょっとだけこうさせて下さい」


ーだって今の赤羽君怖いんだもん。絡まれたくないよ。

だが、カルマは真っ直ぐ殺せんせーの元まで歩いて来た。

何でこっちに来るの!?

花澄は思わず心の中でそう叫ぶ。
救いを求めるかのように渚を見つめるが、彼は申し訳なさそうな顔をして目を逸らしてしまった。

ー渚の裏切り者ッ!


「赤羽業君……ですね。
今日が停学明けと聞いてました。
初日から遅刻はいけませんねぇ。若山さんはちゃんと朝から来ましたよ」

「え」


だから私に話を振らないでよ!

そう思ってももう手遅れ。
案の定カルマは花澄の存在に気が付いたようだったが、一先ずその場はカルマが花澄に向かってウインクをしただけで留まった。
それを見た彼女は、ハァ、と溜息を吐いてから殺せんせーから離れる。
カルマは花澄が動いたのを確認すると、「生活リズム戻らなくて」と苦笑気味に言いながら殺せんせーに向かって手を差し伸べた。


「下の名前で気安く呼んでよ。
とりあえず宜しく、先生!!」

「こちらこそ。楽しい1年にして行きましょう」


その瞬間。
ドロリと殺せんせーの触手が溶けた。


「!?」


烏間、渚、花澄、他のクラスメイト、そして、張本人の殺せんせーでさえも驚きのあまり息を飲む。

それからカルマは、いちご煮オレを手にしていた方の手から、隠し持っていたナイフを取り出し、殺せんせーに向かって突き刺した。

ハイスピードで後ろに飛び退く殺せんせー。


「……へー、本トに速いし本トに効くんだ、このナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど」

「けどさぁ先生、こんな単純な「手」に引っかかるとか……しかもそんなとこまで飛び退くなんてビビり過ぎじゃね?」


そう言いながら、カルマは一歩一歩殺せんせーに近づいて行く。


「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど、」


そして、極めつけの一言。


「あッれェ、せんせーひょっとしてチョロイひと?」


その言葉を聞いた途端、殺せんせーの顔は真っ赤に染まった。


「昨日ぶりー、花澄」


そして花澄の元に歩いて来たカルマは、ナイフを手で弄びながら楽しそうにそう告げる。


「あ、かばね、君……」

「どしたのー?早く中入ろーよ」

「あッ……うん、そだね」


口元を歪ませながら歩くカルマの背中に、花澄は黙って着いて行く。

その様子を、クラスメイト達は意外そうに見つめていた。





ブニョンッ、ブニョンッ。

小テストの最中、鈍い音だけが教室内に鳴り響く。
どうやら殺せんせーはカルマにおちょくられて苛立ちを抑えられず、触手で壁をバンバン殴っているようだ。


「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー!小テスト中なんだから!」

「こ、これは失礼!」


挙げ句の果てには生徒に文句を言われる始末。

一方、後方の席では、寺坂達がカルマに嘲りの言葉を浴びせかけていた。
因みにカルマの隣の席である花澄は、内心冷や冷やしながらも彼らの会話を盗み聞きしている。


「よォカルマァ、あの化け物怒らせてどーなっても知らねーぞー」

「またおうちにこもってた方が良いんじゃなーい」


だが、そんな挑発にカルマが易々と乗る筈もなく。


「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん。寺坂、しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

「な!ちびってねーよ!
テメケンカ売ってんのか!」

「こらそこ!テスト中に大きな音立てない!」


殺せんせーは自分の触手の音は差し置いて、顔を真っ赤にして怒った。


「ごめんごめん殺せんせー、俺もう終わったからさ、ジェラード食って静かにしてるわ。
……あ、なーんだ花澄もとっくに終わってんじゃん。一緒に食おーぜ」

「え……私はいらないよ赤羽君」

「遠慮しなくていーよ。ほら、口開けて?」

「いや、ホントにいらないから」


お願いだから私を巻き込まないで赤羽君ッ。

花澄が縋るように周りを見渡すと、殺せんせーに花澄の気持ちが伝わったのか、


「ダメですよ授業中にそんなもの。若山さんが困ってるじゃないですか」


とカルマに注意をした。
更に文句を続ける殺せんせーだったが、カルマが持っているジェラードは自分がイタリアまで行って買ってきたものだと言う事に気が付く。


「へー……で、どーすんの?殴る?」

「殴りません!残りを先生が舐めるだけです!」


そう言いながらズンズンとカルマに近付いてきた殺せんせーだが、


「!!」


対先生BB弾が床に散らばっているのに気が付かず、足が溶けてしまった。


「あっはー、まァーた引っかかった」


カルマは楽しそうにそう告げながら銃を撃つ。


「何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。
それが嫌なら……俺でも俺の親でも殺せばいい。
でもその瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。
ただの人殺しのモンスターさ」


カルマはベチャリ、とジェラードの先端を殺せんせーに押し付けた。
そしてー


「あんたという『先生』は……
俺に殺された事になる」


狂気と殺気に満ち溢れた顔で、そう言った。

カルマが変わってしまったあの日以来何度もその顔を見ている花澄は、酷く哀しそうな顔をして俯く。

その後カルマは、テストを先生に渡して帰ってしまった。
残されたクラスメイト達も最早テストを受ける気にはなれず、終業のベルが鳴るまで誰もが気まずそうな顔をして座っていた。





「ねえ、若山さん」


放課後、花澄は茅野に話し掛けられる。


「……何、かな?」


花澄は小さな声でそう尋ねた。


「若山さんさ、赤羽業君と話した事あるの?」

「……うん。あるよ。赤羽君には、色々と助けて貰ったから……」

「へえ、そうなんだ。
……あのさ、いきなりこんな事言うのもなんだけど、付き合ってる訳じゃないんだよね?」

「!? !! !??」


茅野の爆弾発言に、少女はブルンブルンと頭を横に振る。
そんな花澄の様子を見た茅野は楽しそうに笑った。


「あはは、流石にカップルって訳じゃないんだね」

「ち、違うよ。
どうして、そう思ったの?」

「だってカルマ君、やけに若山さんに絡みに行ってたでしょ?だからさ、カルマ君って若山さんの事好きなのかなって」

「……誤解、だよ。私と赤羽君、割と最近知り合ったばかりだし」

「え、そうなの?」


茅野は目を見開いて驚く。


「うん。知り合ったの、2年の3学期だったから」

「へー、てっきりもっと長い仲のかと思ってた!
ね、若山さんから見て、彼ってどんな人なの?」


花澄がオドオドした態度を取っているにも関わらず、茅野はグイグイと話を進めて行く。
彼女が此処まで根気良く花澄と話せるのは、渚から若山花澄の本性を聞いてしまったからだ。
そして花澄も、茅野が一生懸命自分と会話を繋げようとしてくれているのに気が付いていたので、その想いに応えようと努めていた。


「赤羽君は普段ヘラヘラしてるし、掴み所がないし、何考えてるかよく解んないとこもあるけど……それでもね、根は悪い人じゃない……んだと思う。だって赤羽君は、私の心が折れそうな時に助けてくれたから。
でも……赤羽君があんな怖い目するようになっちゃったの、私のせいでもあるんだよね、きっと」

「……」

「前は……あんなんじゃなかったのになぁ……」


そう呟く花澄の淋しそうな横顔を見た茅野は、カルマと花澄の間に何があったのかを尋ねたかったものの、何も言う事ができなかった。



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