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8時間目
翌日。
渚と一緒に登校して来た花澄は、教卓の上を見て唖然とした。
と言うのも、真っ赤なタコが対先生用ナイフで突き刺された状態でそこに置いてあったからだ。
「……渚、コレって……」
「……うん。多分、カルマ君がやったんだと思う」
チラリと教室後方を見ると、カルマは楽しそうな顔をして笑っていた。
「おはよ、花澄」
「……赤羽君、何で、あんな事」
「んー?
何でって……まずは心から殺そうと思って」
「……」
「身体は今殺さなくてもいい。手始めに心からじわじわ殺してやるんだ」
「……でも赤羽君、殺せんせーはあの人とは違うんだよ」
「違わないよ。だってアイツもあのモンスターも『先生』なんだから。俺にとっては一緒だよ」
「でも……」
花澄が反論しかけたところで、当の本人ー殺せんせーが教室に入ってくる。
教卓の上の異変に気が付いた殺せんせーにカルマが挑発の言葉を浴びせかけると、殺せんせーは暫く黙り込んでいたが、不意にドリルとミサイルを取り出した。
「先生は暗殺者を決して無事では帰さない」
そう言ってから、殺せんせーはカルマの口の中に向かって何かを投げる。
「あッつ!!」
投げ込まれたのはタコヤキだった。
「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を」
「今日1日本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君を手入れする」
「……!!」
「放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」
その言葉と共に、SHRの終わりを告げるチャイムが鳴る。
花澄には、そのチャイムの音が、カルマと殺せんせーの戦いの始まりを知らせるゴングの様に感じられた。
1時間目・数学。
隙を突いて先生を撃ち殺そうとしたカルマの手に、殺せんせーはネイルアートを施した。
4時間目・技術家庭科。
スープ鍋をひっくり返したタイミングでナイフを突きつけたカルマだったが、スープは全て殺せんせーにスポイトで吸われた挙句、花柄のエプロンと三角巾を着けさせられ、失敗。
5時間目・国語。
殺せんせーが背中を見せた時にカルマがナイフを取り出すも、先生に髪型を七三分けにされてしまった。
「……」
放課後に近付くにつれ、どんどん機嫌が悪くなるカルマを横目で見ていた花澄は、項垂れて小さな溜息を吐いた。
「無理だよ、出来っこない」
放課後、花澄は真っ先に渚の元に向かってそう言った。
「いくらあの赤羽君だって、本気で警戒してる殺せんせーに勝てる訳ないよ。あんなにコテンパにされてる姿見せられたら、隣の席にいる私まで心が折れそうだもん」
「……うん。僕もそう思うよ」
「私、散々赤羽君に助けて貰ったのに、あんな状態の赤羽君に、何もしてあげられない。何かしなきゃって思うのに、何して良いか解らない。……そんな自分に腹が立つし、凄く悔しい」
「花澄……」
渚は暫く少女を無言で見つめていたが、不意に花澄の手を掴んで歩き出した。
「行こう、花澄。
カルマ君のところに」
「え?」
「話してみなきゃ何も始まらないよ。ちゃんと向き合ってみようよ、カルマ君と。
僕も着いて行くから」
「……でも、赤羽君まだ学校にいるのかな?」
「多分まだいると思う。あのカルマ君が、何の理由も無く此処で引き下がるとは思えないし」
「……そだね」
その言葉を最後に、2人は黙って外に向かって歩き出した。
外に出ると、カルマはすぐに見つかった。
1人で崖に座り込んで、爪を噛んでいる。
「……赤羽君」
花澄が呼んでも、カルマは何の反応も示さない。
ーそれでも、向き合うって決めたから。
花澄はグッと拳を固めて話し出す。
「私、赤羽君には本当に救われた。人に向き合う事の大切さを教えてくれたのは赤羽君だったし、私がどれだけ邪険に扱っても、赤羽君はめげずに話しかけてくれた。私には、それが嬉しかったの。
信頼してたあの人に裏切られて、赤羽君はきっとかなり傷付いた筈だよね。私は赤羽君本人じゃないから、赤羽君の気持ちを100%理解する事なんか出来ないし、同情なんてウザったいとか思うかもしれないけど、それでも同情する事位しか出来ない。
だけど……だけど、それでも、赤羽君は間違ってると思う。
殺せんせーは大野とは違う。私も付き合いは短いから偉そうな事言えないけど、殺せんせーはちゃんと赤羽業という人間を見てくれる先生だよ。だから、ちゃんと殺せんせーと向き合ってみようよ。赤羽君が私の背中を押してくれたみたいに」
「……悪いけど、俺は花澄が思ってる程大した人間じゃない。大袈裟だよ」
「そうかもしれない。でも、それで良い。私は少なからず赤羽君に救われたから」
「……」
黙り込んでしまったカルマに、渚が追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。
「……カルマ君、焦らないで皆と一緒に殺ってこうよ。殺せんせーに個人マークされちゃったら……どんな手を使っても1人じゃ殺せない。普通の先生とは違うんだから」
「……やだね。俺が殺りたいんだ。変なトコで死なれんのが一番ムカつく」
その時、殺せんせーが3人の元にやって来た。
そして、顔に縞模様を浮かべてカルマを挑発する。
カルマはそんな先生の顔を暫く見つめていたが、不意に立ち上がってこう言った。
「確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね?」
「? はい」
「先生ってさ、命をかけて生徒を守ってくれるひと?」
「もちろん。先生ですから」
「そっか。良かった。なら殺せるよ」
トンッ
「確実に」
……え?
一瞬、何が起こったのか解らなかった。
目の前からカルマが突如として消えた。
少女にはその程度の認識しか出来なかった。
花澄の時間が動き出したのは、横にいた渚が崖に駆け寄った時だった。
「あか……ばねくん?」
全ての動きが、まるでスローモーションのように少女の目に鮮明に映る。
花澄が崖下を見下ろすと、落ち行くカルマと目が合ったような気がした。
「ごめんね」
口パクで花澄にそう告げたカルマは、一瞬だけ泣きそうな顔をしていたように見えて。
その後不敵な笑みを浮かべたカルマに向かって、花澄は断末魔のような声を上げた。
「赤羽君ッッ!!!」
死なないで。
お願い、助けて、殺せんせー。
その時だった。
ドシュシュシュッ!
凄まじい音と共に、落下するカルマの横を『何か』が通り過ぎていく。
「えっ……」
気が付いた時には、カルマはその『何か』に絡め取られていて。
「カルマ君、自らを使った計算ずくの暗殺、お見事です」
困惑するカルマの傍には、彼を助けた張本人ー殺せんせーが佇んでいた。
「音速で助ければ君の肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。
そこで、先生ちょっとネバネバしてみました。
このままでは撃てませんねぇ、ヌルフフフフフフ。
……ああ、ちなみに」
先生は、悔しそうな表情を浮かべるカルマにこう告げる。
「見捨てるという選択肢は先生には無い。
いつでも信じて飛び降りて下さい」
「……はっ」
こりゃダメだ。
死なないし殺せない。
少なくとも……先生としては。
カルマはそれを悟ると、ふっと表情を緩めた。
「……カルマ君、平然と無茶したね」
「別にぃ……」
崖の上に戻って来たカルマに向かって渚は呆然と呟く。
一方の花澄は、ズンズンとカルマに近付いていくとー
バチンッ!
思い切りカルマの頬を叩いた。
「……へ?」
カルマは素っ頓狂な声を上げて、目の前の少女を見つめる。
花澄は少しの間肩をワナワナと震わせていたが、
「……馬鹿。赤羽君の大馬鹿!」
カルマの肩を掴み、身体を揺さぶり始めた。
「あんな無茶苦茶な事しないでよ!馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!私ッ……私、赤羽君が……赤羽君が死んじゃうかと思ったんだから!
もうッ……こんな事しないで。
絶対、自分の命を軽々しく扱わないで!」
そう言い終わった花澄の顔には涙が溢れていて、カルマは一瞬ギョッとした顔を見せた。
「ヌルフフフフフフ。カルマ君、女の子を泣かせるとは君も罪な男ですねえ」
「……うるさいよ」
カルマは殺せんせーに向かって素っ気なくそう言うと、未だに赤い目をしている花澄をやんわりと抱き締めた。
「にゅやッ!?」
殺せんせーはそんな彼を見て頬を紅潮させるが、カルマはそれを平然と無視する。
「……心配かけてごめん。もうこんな事しないから」
「……絶対?」
「うん。絶対」
「……約束だよ?」
「うん」
その答えを聞いた花澄は、目を擦(こす)りながらも笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、渚もカルマも、そして殺せんせーも、自然と顔が綻ぶ。
「無茶したとは言え、今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけど……しばらくは大人しくして計画の練り直しかな」
「おやぁ?もうネタ切れですか?」
3人が殺せんせーの方を振り向くと、先生は小顔ローラーやら猫耳カチューシャやら、様々なアイテムを持って不適な笑みを浮かべていた。
「報復用の手入れ道具はまだまだありますよ?君も案外チョロいですねぇ」
その言葉に若干イラッとした赤羽業だったが、
「殺すよ。明日にでも」
そう言ってみせた彼の顔には、最早狂気の念は滲み出ていなかった。
「帰ろうぜ、渚君、花澄。
帰りメシ食ってこーよ」
「ちょッそれ先生の財布!?」
「だからぁ、教員室に無防備で置いとくなって」
そんな会話を繰り広げるカルマと殺せんせーを見て、渚と花澄は顔を見合わせる。
そして、2人揃ってクスリと笑うと、カルマと殺せんせーの後に着いて行った。