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10時間目
奥田愛美の騒動も無事に終わり、もうすぐ俗にゴールデンウィークと呼ばれるシーズンの到来だ。
「連休中、何か予定ある?」
4月末、花澄が教室に入るや否や、赤羽業が少女にそう尋ねた。
「勉強。
中間テストの準備始めたいから」
花澄はそれだけ言うと、カルマに構う事なく席につく。
「え、もうテスト勉強すんの?
花澄、勉強出来んじゃん」
「だって私、停学食らって4月の初めは学校に行けなかったんだよ?此処で巻き返さなきゃ良い成績残せないし」
「……へー」
カルマは顎に手をあてて少し考え込んでいたが、不意に「そうだ!」と言ってぽんっと手を叩いた。
「じゃあさ、俺んちで一緒に勉強しよーよ」
「……は?」
「ほら、俺だって停学食らってた訳だし?だったら一緒に勉強した方がいーじゃん。教え合えるし」
「……まあ、確かに」
花澄は腑に落ちない様子で頷きかけたが、「でも私、他人がいたら集中なんて出来ないし」と言って誘いを断ろうとする。
「えー、でも俺は別に花澄がいても集中できるよ?」
「それは赤羽君だけでしょ。私は違うの」
「……本トに駄目?」
「ほんとに駄目。絶対駄目」
「じゃあ、渚君に住所聞いて、花澄ん家に押し掛ける事にするよ」
そう言うとカルマは強制的に会話を終了させ、鼻歌を歌い始める。
一方の花澄は、突然の急展開に一瞬だけ思考が止まったが、
「……は!?な、何でそうなるの!」
すぐにカルマに食いついた。
「えー、だって俺ん家は駄目なんでしょ?だったら花澄のトコでいっかなーって」
「なっ……!そういう問題じゃないから!私は1人でー」
「勉強中は絶対花澄の邪魔しないから」
「……」
「いいでしょ?」
花澄は暫く返事を躊躇っていたが、カルマの気迫に圧倒されて遂に折れた。
「……良いよ。でも、ウチじゃなくて赤羽君のとこにしよう」
「オッケー。俺は別にどっちだろうが関係ないし」
楽しみだなー、と言ってカルマはケラケラと笑う。
花澄はそんな彼の横顔を見ながら小さく溜息を吐いた。
ゴールデンウィーク初日、花澄がカルマとの待ち合わせ場所に着くと、既にそこにはカルマが待機していた。
「ごめん、遅くなった!」
「問題ないよー。てか、まだ当初の待ち合わせ時刻の5分前だし」
「だけど、赤羽君の事待たせちゃったみたいだし」
「へーきへーき。俺だってさっき来たばっかだよ」
じゃー行こっか、と言ってカルマは歩き出す。
花澄はそんな彼の後ろについて行った。
「俺の親、旅行好き……っつーか、インドかぶれでさ。今も絶賛インド旅行中だから家にはいないんだ。だからあんまり緊張しなくていーよ」
「へー、そうなんだ。でも私、友達の家にお邪魔するのなんて小学校以来だから、なんかやっぱり緊張するなー……」
「あっはは、花澄らしいね」
そんな話をしている内に、『赤羽』という表札のかかった家の前に辿り着く。
「此処だよー、俺ん家。……どーぞ上がって」
「お……お邪魔します」
花澄は小さく呟くと、おずおずと玄関に入って行った。
「わぁ〜……」
玄関にはインド土産と思しき置物が並べられており、少女は思わず感嘆の声を漏らす。
「あーそれ、親がインドに行く度買って来るんだよね。毎回買ってくるからどんどん増えちゃってんの」
「ふーん……素敵だね」
「そ?ありがと」
カルマはニコリと笑うと、自分の部屋に彼女を先導する。
「俺、何か飲み物とか持って来るから、先に入ってて」
「あ、うん」
カルマが去ったのを確認すると、花澄は部屋に入って床に腰を下ろした。
部屋は割とシンプルな内装で、勉強机、ベッド、本棚、クローゼット等が置いてある。
部屋の真ん中には小さなテーブルが置いてあり、花澄はまるで女の子の部屋みたいだなあと思った。
ー当たり前の事だけど……
ーこの部屋、赤羽君の匂いがするなあ。
ーって! 男子の部屋で何考えちゃってんの私ッ。
花澄はハッと我に返ると、自分の頭をポカスカと叩いた。
「なーにやってんの」
「うわああああっ!?」
突如、後ろから聞こえたカルマの声に驚いた花澄は、思わず大声を上げて後ろに後ずさった。
「……え、そんなに驚かせるつもりなかったんだけど」
「ご、ごごごごめんっ!気にしないで!」
「……?」
カルマはほんのりと顔を赤く染め上げて俯く少女の顔を暫く見つめていたが、何を思ったのか、ニヤリと笑みを浮かべると、突然持ってきた物を机に置き、花澄の傍に座り込んだ。
そして彼は、少女の耳元でこう囁く。
「ね、何考えてたの?」
「べ、別に何も?」
「本トに?
変な事考えたりとかしてない?」
その瞬間、花澄はバッと顔を上げてカルマを見つめる。
その様子を見たカルマは、納得顔で笑みを濃くした。
「……へー、変な事考えてたんだ?」
「か、考えてないよッ」
「じゃー何?今の反応。
明らかにおかしかったよね?」
「……それは、その、」
「あっはー。花澄ってめちゃくちゃ解り易いよね」
カルマはケラケラと楽しそうに笑う。
「まー細かい事は聞かねー事にするわ。取り敢えず勉強しよーぜ」
「……うん」
何だか上手く丸め込まれたような気がしてならない。
花澄はそう思ったものの、口には出さなかった。
「……ねえ赤羽君」
「んー?」
「此処、解る?」
暫くの間黙って勉強をしていた2人だったが、不意に花澄がカルマに質問をぶつける。
カルマは暫く問題を眺めていたが、「あー、コレね」と言って小さく頷いた。
「……ほら、こうすると、三角形DEAは二等辺三角形だって解るじゃん」
「うん」
「んで、おんなじように考えると、こっちの三角形CFBも二等辺三角形になるの、解る?」
「……うーん?」
「んー、つまりさぁ、」
カルマは花澄に更に近づき、図に線を入れ始める。
ち、近いッ。
花澄は心臓がいつもよりも早く動いているのを感じたが、集中しなければと自分に叱咤を入れた。
「……この図形は平行四辺形だから、此処と此処の角度が同じじゃん。だから二等辺三角形になるって訳。解った?」
「う、うん。凄く解り易かった。
ありがとう赤羽君」
「いーえ」
カルマはそんな少女の動揺には気が付く事なく自分の勉強に戻る。
……狡いよ、赤羽君。
……こんな心臓に悪い事、自然とやっちゃうなんて。
心の中で1人そう呟いた花澄は、その後余り勉強に集中出来なかった。
「何か食べる?」
それからまた暫く経過して、カルマがそういった。
「あ、うん。じゃあ、頂きます」
「オッケー」
カルマは立ち上がると、部屋の隅に置いてあった盆を持って来る。
「さっき飲み物と一緒に持って来ちゃったんだよねー」と言った彼は、盆をテーブルの上に置くと、花澄の隣に座り込んだ。
「で、どーだった?」
「? 何が?」
「今日。集中出来た?」
「あー……
まあまあ、かな」
「ふーん。俺はいつにも増してすげー集中出来たんだけどなー」
「あはは……ごめんね、折角誘ってくれたのに」
「大丈夫。こっちこそごめんね、無理言って来てもらっちゃって」
カルマは肩を竦めてみせる。
「良かったらまた来てよ。そしたら俺の勉強の能率上がるし」
「うーん……でも私の勉強の能率は下がっちゃうからなー……
遊びに来るだけなら良いよ」
「ちぇー、これからウチで一緒にやれば確実に花澄にテスト勝てると思ったのになー」
「……赤羽君、ちょっとそれは卑怯なんじゃない?」
「あはは、冗談に決まってんじゃん。実力で勝たないと面白くねーし」
「うーわ、言ったね赤羽君。私次のテスト絶対負けないから」
「俺だって負けないよ。
……あそーだ。良い事思いついた」
カルマは楽しげにニヤリと笑う。
「俺と花澄とで勝負して、次のテストで負けた方は、ペナルティって事で勝った方の言う事を何でも1つ聞く事にしよーよ」
「……え?マジで言ってんの赤羽君」
「マジだよ、大マジ。
……何、もしかして俺に勝てないとか思って焦ってる?」
「赤羽君私の事馬鹿にしてるの?良いよ、その勝負受けて立つ。
勝つのは絶対私だから」
「あっは、なーんかすげー燃えて来た。いーね、そうでなくっちゃ」
中間テストまでまだたっぷりと時間があるにも関わらず、既にそんな約束を交わした2人。
目には見えない戦いの火蓋が、今まさに下ろされようとしていた。