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11時間目
5月某日。
突然、櫟ヶ丘中学校の暗殺教室に、外人の英語教師がやって来た。

金髪に青い目、美しい美貌。
そして、何故か殺せんせーにベッタリとくっついているその人は、名を「イリーナ・イエラビッチ」と言うらしい。

渚は、人間の女性に好意を持たれた時の殺せんせーはどんな表情を浮かべるのだろうかとメモとペンを手にとったが、


(普通にデレデレじゃねーか!!)


頬を染めている殺せんせーを見て、クラスメイト全員が心の中でそう突っ込むを入れた。


「イリーナ先生、凄く綺麗だよね」


花澄は隣の席のカルマにそう話し掛ける。


「んー、まあ見た目はねー」

「見た目は、って……。
でも良いなー、あんなに綺麗で。羨ましい」

「そう?俺は今のままの花澄でも充分良いと思うけど」


『今のままの花澄でも充分良いと思うけど』!?

赤羽君、そういう事普通に言わないで……!
私ただでさえ人慣れしてないのに……!


花澄はパニックに陥ったものの、それを表に出さないよう懸命に堪える。
そして、視線を逸らしながらカルマに向かって「ありがと」と礼を告げた。
それを聞いたカルマは、意味ありげな笑みを浮かべると、すぐに前に向き直ってしまった。


「……?」


何だったんだろう、今の。

花澄はカルマの表情を見て首を傾げたが、それ以降彼がこちらを見る事はなかった為、気にせずやり過ごすことにした。





普通の中学生とは言えども、3年E組の生徒達はそこまで鈍くはない。

この時期にこのクラスにやって来る先生。

それはつまり、彼女が普通の教師ではない事を意味している。


「殺せんせー!」


イリーナ・イェラビッチは殺せんせーに声を掛けると、ベトナムまで行って本場のベトナムコーヒーを買って来て欲しいとねだった。
殺せんせーは頬を赤らめながらもそれを了承し、すぐにベトナムに向かって飛び立って行く。


「……で、えーと、イリーナ……先生?授業始まるし教室戻ります?」


磯貝悠馬がイリーナにそう声を掛けると、


「授業?……ああ、各自適当に自習でもしてなさい。
それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?」


殺せんせーの前にいる時とは打って変わったような冷淡な声で、そう告げた。
そのあまりの態度の変化に、E組の面々は思わず凍りつく。

だが、そんな空気をものともせず、『彼』は彼女にあっけらかんとした口調でこう聞いた。


「……で、どーすんの?
ビッチねえさん」

「あ、赤羽君!?」

「略すな!!」


イリーナと花澄が即座に反応を見せるが、カルマはそれらを無視して話し続ける。


「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチねえさん1人で殺れんの?」

「……ガキが。大人にはね、大人の殺り方があるのよ」


挑発するように告げたカルマに向かって、イリーナも負けじと嘲笑の笑みを浮かべてそう告げる。
そして彼女は「潮田渚ってあんたよね?」と言って渚を呼びつけると、彼の唇に深いキスをした。


「「なっ……!!?」」


茅野と花澄の声が綺麗にデュエットし、カルマは面白いものを見たとでも言いたげな表情で渚を見つめている。

その後イリーナは、ヘロヘロになった渚に、後で教員室に来るように告げた。
そして後ろを振り返ると、全体に向かって大声でこう告げる。


「その他も!有力な情報持ってる子は話しに来なさい!
良い事してあげるわよ。女子にはオトコだって貸してあげるし」

「技術も人脈も全てあるのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい」

「あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたら……
殺すわよ」


彼女から発せられた『殺す』という言葉の重み。
それが妙に生々しくリアリティに溢れていて、花澄はブルリと身体を震わせた。

ー他のみんなは、どう思ったんだろう……

チラリと周りを見やると、大半の生徒達は、彼女に嫌悪感を剥き出しにした視線を送っていた。
渚は口元を押さえており、カルマはいつも通り不敵な笑みを浮かべている。

ーやっぱり、殆どの子は、あの人の事嫌いなんだ。

じゃあ私は彼女をどう思っているのだろう、と、花澄はぼんやりと考えていた。





英語の授業時間にも関わらず、イリーナ・イェラビッチは生徒達には目もくれない。
タブレットを片手に、暗殺の計画を練っているようだ。

−仕方ない。自習するか。

花澄は小さく溜息を吐くと、理科の教材を引っ張りだしてノートを広げた。


「なーにやってんの」


突然耳元で小さくそう呟く声が聞こえ、花澄はすんでの所で悲鳴を抑える。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは予想通りの人物で。


「……赤羽君、驚かさないでよ」

「あはは、ごめーん。でも俺暇だったし」

「……私はこれから勉強するんだけど」

「別にいーよ。俺の事は気にしないで自由にやって」

「気にしないで、って言われても……」


カルマは自分の椅子だけを花澄の机の方に寄せており、そこで頬杖をついて座っているのだ。
これでは、勉強しようにも集中できない。

−でも、赤羽君は此処を動く気なさそうだし……やるしかないか。

少女はシャープペンシルをグッと握り締めると、問題文に目を通し始めた。
すると、フッと耳元に生暖かい空気が吹きかけられる。


「ひゃッ!?」


花澄は思わずそんな声を上げてしまった。
それを聞いて、イリーナとクラスメイトの視線が一気に1番後ろの席に集中する。


「……何やってんのよアンタ達」


イリーナは怪訝な顔つきでカルマと花澄を見つめた。


「んー?何って……見てわかんない?この子にちょっかい出して遊んでたんだけど」

「わ、私は普通に自習してましたっ」

「……」


沈黙が痛い。痛すぎる。
穴があったら入りたい。

花澄は手で顔を覆って俯いた。


「……ま、ガキの恋愛事情なんて、私にはどうでも良いけど」


イリーナは素っ気なくそう呟くと、再びタブレットに視線を落とした。
そんな彼女に耐えかね、前原が口を開く。


「なービッチねえさん。授業してくれよー」


その言葉に、他のクラスメイト達も次々に賛同する。


「そーだよビッチねえさん」

「一応ここじゃ先生なんだろビッチねえさん」

「あー!!ビッチビッチうるさいわね!」


ついにイリーナの堪忍袋の緒が切れた。


「まず正確な発音が違う!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!正しいVの発音を教えたげるわ」


ようやく授業が始まったのか、と花澄は思い、理科の教材を鞄にしまう。


「まず歯で下唇を軽く噛む!ほら!」


言われた通りに生徒達が下唇を噛むと、イリーナは満足気な表情で「そのまま1時間過ごしてれば静かでいいわ」と言って再びタブレットに集中し始めた。

流石にムッと来て顔を顰めた花澄を見て、カルマは声を出さずに、だが腹を抱えて笑っている。


「……赤羽君はやらなかったの?」


小声でそう尋ねれば、彼は「あんな下手くそな嘘に俺が騙される訳ないじゃーん」と言ってチロリと舌を出した。


「……」


花澄は一瞬だけ軽くカルマを睨みつけたが、次の瞬間ふいっと拗ねたように彼から顔を背けてしまった。

……赤羽君の、意地悪。



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