■ ■ ■


12時間目
その翌日。

イリーナ・イェラビッチは早速暗殺を試みたが、あっけなく失敗した。





「あはぁ、必死だねビッチねえさん。
あんな事されちゃプライドズタズタだろうね〜」


英語の授業中、再びタブレットを片手に暗殺の計画を練っている彼女を見て、カルマは心底楽しそうにそう呟いた。
イリーナは相当悔しい思いをしたのか、派手な音を立てて苛立たしげにタブレットをタップしている。


「先生」


そんな彼女に向かって、学級委員の磯貝が声を掛けた。


「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?
一応俺等今年受験なんで」

「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?
地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね〜」


ピクリ。


それまで1人で社会の自習をしていた花澄が、僅かな反応を見せた。


「……?」


それに気がついたカルマは、横目で少し訝しげに少女を見つめる。

だが、イリーナは彼らの様子に気がつく事もなく、勝手に話を進めていく。


「それに、聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。
勉強なんて今更しても意味無−」


パンッ。


突然、イリーナの横を『何か』が掠めた。


「……は?」


イリーナは呆然としている。
他の生徒達も、一体何が起こったのだと、キョロキョロ辺りを見渡し始めた。


「……イリーナ先生、今の言葉、撤回してください」


その時、教室後方から、静かにそう告げる声が上がる。

皆が恐る恐る後ろを振り向くと、対先生用の銃を片手に持った花澄が、無表情でイリーナを見つめていた。

教室内は、一気に緊迫した空気に包まれる。


「……何よ、何なのよアンタ」


やっとの思いでイリーナが絞り出したその声は、微かに震えていた。


「……私は唯の一般生徒です。イリーナ先生には暗殺のスキルなんて全然及びませんし、大して取り柄もありません。
でも、殺せんせーと私の大切なクラスメイトの事をそんな風に言う貴方に、私は今、凄く腹が立っています。
だから、撤回してください」

「……何で私が、そんな事」

「撤回、してください」


そう言って再び弾を込める彼女を見て、皆の背に冷や汗が伝う。

本気だ。
花澄は、本気であの先生に弾を撃ち込むつもりだ。
対殺せんせー用の弾だから、死ぬ事はないと思うけど……

渚は心配そうに花澄を見つめた。

その時、


「……出てけよ」


何処かでボソリと小さな声が聞こえ、それに続いて生徒達が次々とイリーナに向かって野次と共に消しゴムや紙屑を飛ばす。


「出てけくそビッチ!!」

「殺せんせーと代わってよ!!」

「そーだそーだ!!巨乳なんていらない!!」


約1名、中々突っ込みどころのある野次を飛ばした生徒もいるが、この混乱が始まると、花澄はハッとしたように我に返って銃を下ろした。


「……」


カルマはそんな彼女を見て何かを感じ取った様子だったが、敢えて何も言わなかった。





「何なのよあのガキ共!」


教員室に入った途端、イリーナは烏間に向かって激昂する。


「特にあの1番後ろの席の!一体何なのよ!?」

「……若山さんか。俺にもよく解らない。普段は本当に普通の生徒なのだが……」

「普通!?アレの何処が普通なのよ!?あんなに凄まじい殺気を向けられたのは久々よ!」

「そんな事を言われても、解らないものは解らない。あんな姿の若山さんを見たのは、俺も初めてだしな。
それより、いいから彼等にちゃんと謝って来い。このままここで暗殺を続けたいのならな」


それでも納得の行かない様子のイリーナに、烏間は殺せんせーの仕事振りと生徒達の訓練の様子を見せつける。


「お前はプロである事を強調するが、もし暗殺者と教師を両立できないなら、此処ではプロとして最も劣るという事だ。
ここに留まって奴を狙うつもりなら、見下した目で生徒を見るな。
生徒達がいなくなれば、この暗殺教室は存続できない。だからこそ、殺し屋としても対等に接しろ!!
それができないなら、殺せるだけの殺し屋などいくらでもいる。順番待ちの一番後ろに並び直してもらうぞ」

「……」





その後。
各々で仲の良い生徒達と談笑をしていたE組の面々だったが、突然ガラッとドアが開き、ヒールの音を響かせてイリーナが教室に入ってくる。

彼女は黒板に短い英文を書くと、こちらを振り向きながら「You are incredicle in bed!Repeat!」と言った。

当然、一同は呆然としている。

再び彼女に急かされた生徒達が思い切り日本語に近い英語でその文を発音すると、イリーナは満足気に頷いた。

そして、この英文は自分が暗殺の仕事をしている時に言われた言葉だと説明する。


「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。
相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

「私は仕事上必要な時……そのヤリかたで新たな言語を身につけてきた。
だから私の授業では……外人の口説き方を教えてあげる」

「プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ。
身につければ実際に外人と会った時に必ず役立つわ」

「受験に必要な勉強なんてあのタコに教わりなさい。私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ」

「もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら……その時は暗殺を諦めて出ていくわ。
……そ、それなら文句無いでしょ?
……あと、悪かったわよ色々」


矢継ぎ早にそう話すイリーナに、一同は空いた口が塞がらない。

だが、互いに顔を見合わせると、生徒達は大声で笑い始めた。


「何ビクビクしたんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

「なんか普通に先生になっちゃったな」

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」


その結果、彼女に付けられた新しいあだ名は『ビッチ先生』。

共に笑い合うクラスメイト達や、嫌いと言いながらも何処となくホッとした表情のイリーナを見て、花澄は自然と頬が緩んでいた。





「イリーナ先生」


その日の放課後、花澄はイリーナに話しかける。


「!アンタ、さっきの……」

「はい。若山花澄です。
先程は、先生に失礼な事をしてしまって本当にすみませんでした」

「……何でアンタが謝るのよ。悪いのは私なのに」

「でも私、あの時先生の言葉にカッとなっちゃったみたいで、我に返ったのもみんながいてくれたからで……。
もしみんながあのタイミングで動いてくれなかったら、私はどうなっていたんだろうなって思うと怖いんです。
もしかしたら先生の事、本当に殺してしまっていたかもしれないし……」

「……」


イリーナは俯く少女を黙って見つめていたが、ハアッと大きく溜息を吐いた。


「細かい事は気にしなくていいの。アンタはただ、大事なものを馬鹿にされて頭にきただけでしょ?だからそんな心配いらないわ。実際アンタの判断は正しかったと思うし。
……それでもまだ心配なら、私が時々相談に乗ってあげるわ」

「!」


思いがけないその言葉に、少し目を見開いた花澄だったが、すぐに顔に笑みを浮かべて「ありがとうございます!」と礼を告げた。



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