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13時間目
月に1度の全校集会の日がやって来た。

3年E組の生徒にとって、全校集会とは気が重くなるイベントの1つである。
花澄とカルマは4月初旬は謹慎処分を受けていた為、3年生になってからは今回の全校集会が初めてだった。





「花澄、集会一緒に行こ!」

「あ、うん」


茅野カエデに声を掛けられた花澄は、隣の席のカルマにも一言呼びかける。


「赤羽君は行かないの?」

「俺はサボりー」

「ふーん」


自由気ままに生きるカルマが少し羨ましいと思いつつも、花澄は茅野と一緒に教室を出た。
だが、途中まで歩いたところで、花澄は財布を教室に忘れてきた事に気がつく。


「ごめんカヤちゃん、私財布取って来なきゃだから先行ってて!」

「あ、そうなの?解った〜」

「ホントごめんね!」


花澄は両の掌を合わせて謝るポーズを作ると、旧校舎に向かって一目散に駆けて行った。


「あれ、戻って来たの?」


急いで昇降口に入ろうとしたところで声を掛けられた。
振り向くと、そこには赤羽業が寝転がっている。


「ちょっと、財布忘れちゃって」

「そーなんだ。で、財布持ってまたあっちに戻るの?大変だねー」

「……赤羽君は良いよね。自由で」


花澄が小さな声で俯いてそう言うと、カルマは一瞬途方に暮れた顔をしたが、次の瞬間ケラケラと笑い始めた。


「な、何がおかしいのっ」


ムッとしてそう言うと、カルマは笑いながら「ごめんごめん」と謝った。


「花澄ってさ、なんだかんだ素直じゃないとこあるよね」

「は?」

「だからさ、サボりたいならサボればいーじゃんって事」

「え?でも……」

「こっち来なよ。此処、風が吹いててすっげー気持ちいーよ」

「……」


花澄は一瞬躊躇したが、恐る恐るカルマの隣に腰掛けた。


「良いのかな、こんな事して……」

「大丈夫大丈夫。俺ならともかく、花澄はこーやってサボるの初めてな訳だし、大して罰喰らわないよ」

「……そういう問題じゃない気もするんだけど……」

「あはは、相変わらず固いねー。
でも取り敢えず今はそーゆー面倒臭い事考えないで気楽に昼寝でもしよーよ。風、気持ち良くない?」

「……うん。すっごく気持ち良い……」


心地良い風と柔らかな日差しを浴びて、花澄は首を揺らしながらうつらうつらし始めた。


「折角だから寝っ転がりなよ。その体勢だと逆に疲れそうだし」

「うん……」


返事はしたものの、最早瞼が閉じかかっている彼女は、自分で横になろうとはしない。


「しょーがないなー全く……」


カルマは苦笑いを浮かべると、そっと彼女の頭を持ち上げて横たわらせた。

そして、無防備な彼女の前髪を優しく梳く。


「……ちょっとは危機感持った方がいーんじゃないの?」


俺だって、一応男なんだよ?

そんなあどけない顔で隣で寝られたら、我慢しようにもできなくなっちゃったり、して。


カルマは眠っている花澄にぐっと自分の顔を近づけた。


「っ、」


暫く花澄を見つめ続けていたカルマは、自分の顔にどんどん熱が集まって来ているのに気がつく。

やべ、これ以上は我慢できなくなりそー。

そう判断した赤羽業は、花澄に背を向けて自分もゴロンと地面に寝そべった。


そして、自分も次第に眠りの渦の中に引き込まれていった。





「……マくん、カルマくん」


聞き覚えのある声と共に、顔に何か得体のしれないものの感触を感じ取ったカルマは、誰だろうかとゆっくり目を開ける。


「……なんだ、殺せんせーか」

「なんだ、じゃありません。集会をサボって此処で昼寝だなんて良くありませんねえ」


そういって、殺せんせーは顔に×印を浮かべる。
それを見て、カルマは少し肩を竦めた。


「それより、花澄はー?」

「にゅやッ!?今、話を逸らしましたね!?」

「だって俺、罰喰らっても痛くも痒くもないし。
で、花澄まだ寝てるの?」

「……寝ていますよ。とても気持ち良さそうに」


そう言って殺せんせーが指し示す方向を見てみると、花澄は先程よりも若干カルマの方に近づいて眠っていた。


「……何でこんなに安心しきって寝られるんだろうね、コイツ」

「さあ?カルマ君が隣にいたからじゃないんですか?」

「はぁ?」


カルマが眉を顰めると、殺せんせーは顔を縞模様に変えてみせた。


「先生、カルマ君の事、応援してますから。ヌルフフフフ」

「応援って何の事?」

「ご想像にお任せします」

「……」


……あのタコ絶対殺す。

楽しそうに笑みを浮かべ続けている殺せんせーを見て、カルマは少々苛立ちながらもそう心に誓ったのであった。





集会の翌日、花澄は教室に入るや否や、殺せんせーに職員室まで来るように言われた。


「……何かあったの、花澄?」

「うーん……あるとしたら、昨日集会をサボっちゃった事くらいだけど……
まあ、良いや。取り敢えず行ってくるね、渚」

「……うん」


何だか胸騒ぎがする。

渚はそう思ったものの、口には出さなかった。





「失礼します」


職員室に入ると、殺せんせーは花澄に自分の前に座るように促した。


「それで、話って何ですか?」


花澄は椅子に腰掛けると、単刀直入にそう聞いた。


「……先生も正直、少し困惑しているのですが……」

「?」

「この学校の理事長が、若山さんに、『今日の放課後理事長室に来るように』と言っていたそうです」

「!」


その言葉に、少女は目を丸くした。

理事長ー浅野学峯。
創立10年で椚ヶ丘中学校を全国指折りの優秀校にした敏腕経営者だ。

そんな人が、何故私を呼び出すのだろう。

花澄は少し不安になった。





「あれ、花澄もう帰んの?」


放課後のHRが終わった途端に立ち上がった花澄を見て、カルマは不思議そうにそう尋ねた。


「うん。ちょっとこの後用があって」

「ふーん……」

「じゃあねっ」


花澄はそう言って手を振ると、いそいそと教室を飛び出した。
カルマはいつもと様子がすこし違う少女に違和感を抱いたが、下手に首を突っ込まない方が賢明だろうと判断し、ふあぁと欠伸を漏らした。

一方、教室を出た花澄は、駆け足で本校舎の理事長室まで足を運んだ。
時折本校舎の生徒達と行き違うが、彼らは花澄を視界に入れるとサッと目を逸らしてしまう。


「……?」


おかしいな。罵られるのを覚悟して来たんだけど。

花澄はそう思い眉を顰めた。


「失礼します」


ノックをして部屋に入ると、浅野学峯はデスクに肘をついて腰掛けていた。


「やあ、若山花澄さん。待っていたよ」


理事長はにこやかにそう言うが、花澄は警戒心を怠らない。


「何の用ですか?」

「ハハ。そんなに畏まらなくても良いですよ。ただ、君と少し雑談をしてみたくてね」

「……雑談?」


花澄は訝しげに尋ねた。


「私には、君と言う人間が理解出来ないんだ。成績優秀で特に問題も起こして来なかった若山さんが、何故あのタイミングで、E組行きになるような行動をとったのか。君の実力なら、確実にA組入りを果たせただろうに」

「何でって……弱い立場の人間を蔑んで馬鹿にしている人に、心底腹が立ったからです」

「そこだよ。そこが理解出来ないんだ。昔の君だったら、例え腹が立ったとしても、見て見ぬ振りをするだけで、助けには行かなかっただろう?」

「そうですね。昔の私なら、そうしていたと思います。
でも、それじゃいけないって気付かせてくれる友達に出会えたから、私は変われました。
前の自分よりも、今の自分の方が私は好きです」

「その友達とは、赤羽業君のことかな?」

「!」


突然出て来たカルマの名前に、花澄は思わず目を見開いた。


「……図星か。そう言えば、君と赤羽君は、E組に落ちたタイミングも同じだったね。そして、この間の全校集会も、2人揃って欠席していた」

「……何が言いたいんですか?」


少女がそう尋ねると、理事長はニヤリと笑った。


「彼と……いや、彼も含め、E組の連中と絡むのはもうやめなさい。中間テストが終わったら、君はA組に戻るんだ」

「!? 嫌です」

「解っていないね。私の目から判断するに、君は本来私達と同じ側に立つべき人間だ。赤羽君のような人間と共に行動している時の若山さんは、若山さん本来の輝きを失っている」

「やめてください」

「早く目を覚ましなさい。君は今、E組の空気を吸ってしまったせいで、人生の負け組への道を一歩一歩踏み出してしまっている。今ならまだー」

「やめてください!」


花澄は耐え切れずに大声を出した。


「私は、何があろうと絶対にあの教室を離れる気はありません。もう、こういう事はしないでください」


失礼します、と言って、彼女は理事長室を飛び出した。


「……流石に一筋縄ではいかないか」


浅野学峯は、花澄が立ち去ってからそう呟いていた。



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