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17時間目
「花澄!」
不良学生達を倒した瞬間、カルマは花澄の元へと駆け寄り、バッと彼女の身体に抱きついてきた。
「!」
驚きで声も出せない花澄に、カルマはそっと耳打ちをする。
「無事で良かった……」
囁くその声が少しだけ震えているような気がして、花澄はカルマの腕の中で何度も頷いていた。
「……何で、花澄だけ、あの男に襲われそうになってたの?」
「それは……私が、あの人を挑発したから」
「挑発?花澄が?」
「うん」
この状態ちょっと苦しくなってきたな、と思いながらも、花澄はそう相槌を返す。
「私はどうなってもいいから、カヤちゃんとゆっこちゃんには手を出すなって言ったら……あの状況になったんだ」
「……」
「赤羽君?」
返事が返って来ない。
心配になった少女は、何度も彼の名前を呼んだ。
何度目かに差し掛かったところで、カルマはバッと花澄を解放し、彼女の頬を両手で引っ張る。
「いひゃい!」
「あはっ、変な顔ー」
「いひゃいよあかばねくん!」
「当たり前じゃん。痛くしてるんだから」
「なんひぇ(何で)?」
「花澄が、自分を大事にしないから」
そう言い終わると、カルマは花澄の頬から手を離した。
そして彼は、「痛たたた……」と呟きながら頬を摩(さす)る花澄にこう語りかける。
「花澄さぁ、前に俺に言ったじゃん。『自分の命を軽々しく扱うな』って。それ、花澄も同じだよ。自分が良いと思ってもさ、花澄が傷ついた姿を見て悲しむ人がいるって事、忘れちゃ駄目だよ。
……俺だってその内の1人だし」
「……うん。ごめんね、心配かけて」
「いーよ別に。かぼちゃ煮オレ10本で許してあげる」
「え!?」
「ジョーダンだよ」
顔を青くした花澄を見てケラケラと笑ったカルマは、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「恋バナしよーよ!」
その日の夜。
女子の大部屋で、矢田桃花が唐突にそう提案した。
「……恋バナ?」
「そ!恋バナ!
こんな時位しか、みんなの話聞けないじゃん!」
「……確かに。良いかもね、たまには。やろっか!」
学級委員、片岡メグのその言葉と共に、女子の弾丸恋バナトークは幕を開けた。
「私さぁ、杉野君ってぜーったい有希子の事好きだと思うんだよね!みんなどー思う!?」
「磯貝君とメグって仲良いけど進展とかないのー?」
「凛香と千葉って寡黙スナイパーコンビで結構お似合いだと思うんだけど」
「カエデちゃんはやっぱ渚くんなのー?」
云々、云々。
会話が最高潮に盛り上がりを見せ始めたところで、
「何よアンタ達。楽しそうな事やってんじゃない」
イリーナが部屋に入って来た。
「ビッチ先生!先生も恋バナ加わるー?」
「フンッ。当たり前でしょ。私としては、花澄の恋バナを聞きたいんだけど」
「へ?」
何で私!?
花澄は目を見開いた。
「あーそれ、私も今から聞こうと思ってたんだよね」
岡野ひなたがイリーナに同意する。
「いや、でもひなたちゃん。私別に好きな人とかいないよ?」
花澄のその告白に、殆どの者は目を丸くした。
「うっそー!?え、花澄ホントに好きな人いないの!?」
「え……いないけど」
「カルマ君は!?」
「赤羽君?……え、何で?」
花澄は首を傾げてみせる。
その様子を見て、大半の者はガックリと肩を落とした。
カルマ、まだ道のりは長いぞ……
そう思い、彼に軽く同情の念を見せながら。
因みにそれらの会話は全て殺せんせーに筒抜けで、怒り狂った女子達が逃げる殺せんせーを追い掛ける羽目になったのは言うまでもない。
一方その頃、男子の大部屋では、『気になる女子ランキング』が執り行われていた。
「やっぱ1位は神崎さんか」
「まぁ嫌いな奴いないわなー」
そんな話をしていた所に、自販機から帰ってきたカルマが割り込んで来る。
「お、面白そうな事してんじゃん」
「カルマ、良いとこ来た」
「お前クラスで気になる娘いる?
……って、聞くまでもないか」
「まあ、一応本人の口からちゃんと聞いておこうぜ。
で、誰なんだよ?」
そう迫る前原を見て、カルマは呆れた表情になる。
「前原……お前ホントそーゆーの好きだよな」
「もっちろん!だって面白ェじゃん!」
「で?早く言えよカルマ」
あまりそんな話に興味を示さない三村にまでそう急かされ、カルマは少し照れたようにその名前を吐く。
「……花澄、だけど?」
「おおおおおお!」
「キターーーー!」
「よっ!待ってましたっ!」
ギャーギャー盛り上がる一同を見て、「お前らホントヤダ」とカルマは小さく呟いた。
「それより、何で俺以外花澄に投票してないの?確かに神崎さんも矢田さんも可愛いけど、花澄だって贔屓目で見なくても充分可愛いし、頭も良いから上位に食い込んで来そうなんだけど」
「カルマ……お前、察しろよ」
磯貝が苦笑いを浮かべながら説明を始める。
「このクラスの男子は全員、お前が若山をガチで狙ってるって知ってるんだぜ?それなのにどうして俺らが若山に投票できようか、いや、できる訳がない。……って事だよ」
「何でそこで反語使ったの?」
そんなカルマのツッコミを、磯貝は綺麗にスルーする。
「皆、この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし。女子や先生に絶対に……」
そう言いかけていた彼が固まった。
一同が窓の外を見ると、殺せんせーがニヤニヤしながら投票結果をメモしている。
「待てやこのタコ!生徒のプライバシーを侵しやがって!」
それから、男子と殺せんせーとの追いかけっこが始まった。
そしてその1分後、女子部屋にもちょっかいを掛けた殺せんせーは、男女に挟み撃ちされる事になる。
その様子を、花澄は傍観者として見つめていた。
だが突然、何者かにグインッと手を引っ張られる。
「うわっ!?」
気がついたら、彼女は薄暗い部屋にいた。
そして、闇に視界が慣れて来た頃、自分の手を引っ張った人物の顔をまじまじと見つめる。
「……赤羽君?」
「やっほ、花澄」
カルマが片手をヒラヒラと振った。
「えっと……何?」
「何って……今みんな暗殺中じゃん?絶好のチャンスかな〜って思って」
チャンス?
何の?
花澄はそう思ったが、敢えて聞かない事にした。
「そーいえば、前から思ってたンだけど」
カルマが再び口を開いたので、少女は彼の方に顔を向ける。
「花澄さ、何で俺の事『赤羽君』って呼ぶの?」
「え、何でって言われても……私は男子はみんな苗字で呼んでるからかな」
「ふーん。じゃ、渚君は?」
「渚は幼馴染だし……私にとって、特別な友達だから」
「じゃあ俺は?」
カルマが咄嗟に花澄の顔を覗き込む。
「俺は花澄にとって、どんな存在?」
その問いに、花澄は一瞬たじろいだ。
「……あの、赤羽君。顔、近すぎ」
「ちょっと、何で誤魔化すの」
「待って、ちゃんと答えるから」
そして彼女は、深呼吸を一息。
「赤羽君は……私の恩人で、大事な友達だよ。渚ともまたちょっと違う……かけがえのない、大切な存在」
「!!」
やっべ!
カルマは思わず口元を押さえて顔を背けた。
ー思いっきり友達宣言されたのはちょっと傷ついたけど……
ー『かけがえのない大切な存在』って何?殺し文句?
ーしかも渚君ともまた違う意味で大事って……
ー期待しちゃうじゃん、俺。
「……赤羽君?」
どうしたの?と、今度は花澄がカルマの顔を覗き込んでくる。
「別に?何でもないよ」
そう言って彼女を振り返った頃には、カルマの表情は元に戻っていた。
「ねえ、花澄。
俺の事、今此処で、名前で呼んでみてよ」
そして彼は、唐突に彼女にそう持ちかける。
彼女はと言うと、突然のカルマの提案に混乱しているようで、「え? いや、何で?」と繰り返し口走っていた。
「ほら、だって花澄にとって俺は一応大事な友達なんでしょ?だったら渚君だけじゃなくて、俺の事も名前で呼んでくれたっていーんじゃね?って思って」
「っ、そりゃそうだけど、でも……」
恥ずかしいよ!
どうしよう、と少女があたふたしていると、だんだんとカルマが距離を詰めて来る。
「ほら早くー。
ちゃんと呼んでくれないと、俺何するか解んないよ?」
「!?」
一種の脅しですよねコレ!?
そう思っている間にも、カルマはどんどん近づいてくる。
やばい、と思って後ずさりするも、壁に追い詰められてはどうしようもない。
−うわ、壁ドンとか初めてされたかも。
−って、待って何かどんどん顔近づけてくるんだけど!
「っ、カルマッ!!」
ヤケになった花澄は、ギュッと目を瞑ってそう叫んでいた。
恐る恐る目を開けると、視界いっぱいにカルマの顔が広がっている。
その距離、わずか3cm程度。
「〜〜〜ッ!」
近すぎじゃない!?
花澄はカアッと頬が熱くなった。
カルマは彼女のそんな表情を見ると、満足気にニコリと笑って花澄から離れる。
「へーえ。いきなり呼び捨てかぁ〜」
「! っごめん!つい勢いで!」
「いーよ全然。寧ろそっちの方が嬉しいし」
これからはそっちで呼んでね〜、とカルマは言い残し、その場を離れようとする。
「え、待って赤羽君!いきなりそんなの無理なんだけど!」
「……」
「赤羽君!」
「……」
「っ、カルマ!」
「なーに?」
どうやら名前呼びにしないと、反応を示してくれないらしい。
「……明日、宜しくね」
名前の件は諦め、彼女は代わりにそう言った。
「ん、此方こそ宜しくー。
……ところで」
カルマは扉をガラリと開ける。
「そこで盗み聞きしてるストーカーさん達、出てきなよ」
扉の向こうには、殺せんせー、イリーナ、渚、茅野、前原、岡島、莉桜、竹林等のメンバーが、冷や汗を垂らしながら立っていた。
因みに竹林は冷や汗1つかいていない。
「……待って、もしかして、私とカルマの話ッ、」
「ごめんね、花澄」
「殆ど聞いちゃった☆」
茅野と莉桜にそう謝られ、花澄は完全に思考が停止する。
数秒後−
「えええええっ!?」
彼女の驚いた声が、部屋いっぱいにコダマした。
「にしても、皆はともかく……いい年した教師が2人も生徒の話を盗み聞きってどーなの?」
「にゅやっ!盗み聞きとは失敬な!先生はスクープに飢えてるだけです!」
「わ、私は別に聞くつもりはなかったのよ!でもハニートラップ専門の私としては、見ておく価値があると思っただけ!」
「……ビッチ先生、それ言い訳になってないよね」
渚が呆れたようにそう言う。
「いやあ、やーっぱ修学旅行はこうでなくっちゃね!」
「お陰で楽しかったぜ若山!」
「ありがとな!」
その場にいた者に次々とそう言われ、花澄は顔を覆ってその場に蹲る。
穴があったら入りたい。
そんな彼女を慰めるように、渚は花澄の頭をポンポンと撫でた。