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18時間目
修学旅行、3日目の朝。
カルマが男子部屋を出ると、花澄が1人で歩いているのが見えた。
「おはよー、花澄」
「あ、おはようカルマ」
「あれ?今日なんかいつもと髪型違くね?」
カルマはそういって花澄の髪を一束掬う。
「矢田ちゃんと莉桜ちゃんがやってくれたんだ。今日の自由行動でカルマと2人で回るって話をしたら、髪の毛軽く巻いてくれたみたいで」
「へー……」
中村辺りが機転をきかせてくれたのかな、とカルマは考える。
そして、シンプルにこう一言。
「可愛いじゃん」
その言葉に、花澄はトクンと心臓が高鳴った。
「……ありがと」
咄嗟にそう言ったはいいものの、顔に集まった熱は引いてくれそうにない。
……狡いよ。
花澄は心の中でそう愚痴を零した。
烏間の号令と共に、修学旅行3日目の自由行動が幕を開けた。
「で、どこ行くカルマ?」
「んー、なるべくみんながいないようなとこがいい」
「うーん……じゃあ、龍安寺とかは?ちょっと遠いけど、しょっぱな龍安寺に行く人は少ないんじゃないかな」
「あー、確かに。じゃ、そこ行こっか」
2人は並んでバス停まで進んで行く。
「花澄はもうお土産買ったの?」
「うん。カルマは?」
「俺ももう買い終わってる」
「そっか。じゃあ今日はカルマとめいっぱい楽しめるね」
楽しみだなー、と呟きながら花澄はバスに乗り込む。
……今のは反則っしょ。
カルマは照れ臭そうに頭を掻くと、花澄に続いてバスに乗り込んだ。
「うわあ、すっごい綺麗!」
龍安寺の庭園を見た途端、花澄は感嘆の声を漏らす。
「龍安寺の石庭は有名だからねー。この庭は、応仁の乱で龍安寺が焼けた後、方丈と一緒に築造されたらしいよ」
「へー。流石カルマ、よく知ってるね」
「あはは、まーね」
カルマはそう言いながらケータイを取り出す。
「折角だし、後で外に出たら写真撮ろーよ」
「うん!撮りたい!」
花澄がそう言った時だった。
「これはこれは、E組の有名人が2人も揃っているじゃないか」
「!?」
突然背後から聞こえてきたその声の主の方に顔を向けるとー
「五英傑……」
ーよりにもよって五英傑と鉢合わせるなんて……
花澄は背筋がひやりとした。
「何の用?」
一方のカルマは、不敵な笑みを浮かべて五人を見つめる。
「別に大した用があるわけでもないさ。少なくとも君にはね」
五英傑の1人である榊原蓮は、そう言うと花澄に一歩近づく。
「やあ、初めまして。君の事は前から噂で聞いていたよ。それにしても綺麗な顔立ちだね。君のように美貌も学識も兼ね備えた女性がE組に留まるだなんて勿体無いよ」
「……」
花澄は無言で榊原を睨みつける。
「蓮、そこまでにしておけ。彼女が嫌がっているだろう」
A組のトップー浅野学秀が、そこで始めて口を開いた。
「若山さん、理事長から聞いたよ。A組への編入を断ったそうだね」
「……断ったけど、それが何か?」
「どうして断ったんだい?かつての君は、A組に入る事を目標に日々努力を怠らなかったじゃないか」
「E組の方がずっと面白いから」
その答えに、カルマは思わず笑い声を漏らす。
「……何が面白いんだ赤羽」
「別にぃ。ただ、お前ら花澄にすっげェ嫌われてるなって思ってさ」
「ンだと!」
瀬尾智也が怒りを露わにするが、浅野はそれを手で制す。
そして、彼はカルマの方に向き直った。
「元はと言えば赤羽、君のせいなんだろう?若山さんがE組行きになったのは」
「はあ?何で」
「彼女は君の暴力沙汰に巻き込まれただけの被害者に過ぎないからね」
「ッ違う!」
突然そう叫んだ花澄に、皆は一斉に視線を向ける。
「カルマは、殴られそうになってた私を助けてくれただけ。浅野君達のその言い分は間違ってる」
「助けるにしても、なにも暴力で物事を解決する必要は無いんじゃないかな。すぐに手を出すだなんて浅はかすぎるだろう」
「だけど私は殴られる寸前だった。アレは正当防衛だよ」
「……どうして君は、そこまでして赤羽を庇う?」
浅野は静かにそう尋ねた。
「浅野君達こそ、どうしてそこまでカルマを悪く言うの?」
「彼はれっきとしたE組の生徒だからね」
「私だってE組だよ」
「君はE組に相応しくない人材だろう」
「E組だからって差別するのは間違ってるよ」
「ストーップ。そこまで、花澄」
突然カルマが口を挟み、花澄を自分の方に引き寄せた。
「こんな奴等相手にしたところで時間の無駄だよ。折角の修学旅行が台無しじゃん。放っとけばいーよ。
じゃ、そーゆーわけで。行こ、花澄」
カルマは花澄の手を取ると、ズンズンと歩き始める。
花澄がチラリと後ろを振り返ると、浅野学秀が自分をじっと見つめているのが視界に入った。
(絶対に、支配してやる)
「落ち着いたー?」
境内に出ると、カルマは花澄にそう尋ねる。
「……うん。もう大丈夫。頭冷えてきた。ありがとう。
ごめんね。折角の修学旅行なのに、こんな空気になっちゃって」
「へーきへーき。花澄があんなに怒る姿なんて滅多に見られないし」
「あはは、確かにそうかも。
でもねカルマ、私、別に五英傑の事は嫌いじゃないんだよ」
「え、マジで?」
「うん。私は今までの2年間、五英傑とはクラスは一緒にはならなかったけど、それでもテストの時は常に五英傑を意識して勉強してたし、密かにライバル視してたもん。多分あっちもそういう認識で私の事を見てたんじゃないかって思うし」
「へぇ……」
カルマは軽く目を見開いて花澄の話を聞いている。
「ま、今はそんな事より、修学旅行を思いっきり楽しもうよ!写真撮るんだよね?」
「あ、うん」
突然開き直った花澄を見てカルマは少し戸惑うものの、自分もすぐに開き直る事にした。
昼食を近場で済ませた2人が時間を確認すると、時刻はちょうど1時を回ったところだった。
「あと2時間位かー」
「これからどーする?花澄何かやりたい事とかないの?」
「うーん……強いて言うなら、あるよ」
「へー。何?」
「カルマとプリクラ撮りたい」
その答えを聞いたカルマは呆気にとられた。
「……プリクラ?別に良いけど、なんか花澄がそーゆー事言うのって珍しくね?」
「そうかも。でも私、プリクラって1回も撮った事ないんだ。今迄友達もいなかったし、渚とプリクラ撮ろうにも、今更?って感じで出来なかったし」
「なるほどね〜。じゃあ撮りに行く?」
「え、良いの!?」
花澄は目を輝かせる。
「俺は全然構わないよ。俺もいつかは花澄と撮りたいなって思ってたし、ゲームセンターなら絶対ウチの学校のヤツなんかいないっしょ」
「そうだね。じゃあ行こう、カルマ!」
心の底から笑みを浮かべてそう言う彼女に、カルマはニコリと笑みを返した。
「へー、プリクラって明るさも選べるんだね」
慣れた手つきで操作を進めて行くカルマを見て、花澄は称賛の声を上げる。
「そーそー。フレームも最近のは結構凝ってるみたいだよ」
「ってかカルマ、何でそんなに手慣れてるの?」
「んー?偶に磯貝とか千葉とかと撮りに来るから」
「え!?千葉君も!?」
千葉君ってプリクラ撮るんだ!?
花澄が驚いていると、「ほら、早くポーズ決めて」とカルマに急かされる。
「え?」
その瞬間パシャリと音がして、気がついたら1枚目の撮影が終わっていた。
「え、嘘!?早くない!?」
「次もすぐ始まるよー」
繰り返し撮る内にプリクラに慣れ始め、花澄のテンションもカルマのテンションもどんどん上がって行く。
「楽しかったー!ラクガキも面白かったし」
「あっは、見てよこれ。花澄半目なんだけど」
「うわっホントだ!しかもそのカルマ、凄い目がキラキラしてる!」
「まあプリクラだからね〜」
ざっと目を通すと、花澄はある1枚のプリクラに目がとまる。
「コレ……なんか凄い好きだなあ」
指を差したのは、カルマも花澄も満面の笑みを浮かべている1枚だった。
カルマはそれを覗き込み「あー、コレね」と満足気に頷く。
「コレ、実は俺も気に入っててさ。今プリクラって6枚のうち1枚をケータイに送れるんだけど、その1枚を俺のケータイに送っちゃった」
「え、そうなんだ!じゃあ後で私のケータイにも送って!」
「ん、いーよ」
カルマはコクリと頷いた。
……後でこの1枚ホーム画面に設定しとこ。
カルマがそう考えていた事など、花澄には知る由もない。
「あー楽しかった!」
集合場所に向かう途中の道のりで、花澄はそう呟いた。
「いっぱい写真も撮れたし、美味しいものも食べられたし、おまけに初めてプリクラも撮れたし、私今日すっごく幸せだった!」
ありがとうね、と言って花澄はカルマの方を見る。
「俺も、今日は中学校生活の中で1番楽しかった気がする」
「私も!E組に来てから……ううん、カルマに会ってから毎日が充実してたけど、今日はホンットに濃い1日だった!」
「そっか。じゃあ暇な時は、またこーやって2人で出かけてみる?」
「カルマが良いなら、是非」
やった。
カルマは内心でガッツポーズを作る。
「……ねえカルマ」
「んー?」
「絶対殺そうね、殺せんせー。で、ちゃんと来年を迎えようね」
珍しくそんな事を言う花澄の表情は、今までになくやる気に満ちている。
「……勿論」
そして2人は、顔を見合わせて微かに笑った。