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21時間目
いよいよ、球技大会本番。
結局、女子はバスケットボールの試合で、本校舎の選抜メンバーに惜敗した。


「やー惜しかった」

「勝てるチャンス何度かあったよね。次リベンジ!」


前を歩く莉桜と片岡がそう話している一方で、後方にいる倉橋は花澄に向かって口を開く。


「それにしても花澄ちゃん、よく此処まで上達したよね。私びっくりしちゃった」

「うん。何もかも凛香ちゃんのお陰だけどね」

「別に私は大したことはしてないよ」


速水は花澄の発言に無表情で言葉を返した。


「さて、男子野球はどうなってるかな」


速水がそう話題を転換した事により、女子はいつの間にか男子の応援席付近まで来ていた事に気がつく。


「!」

「すごい!」

「野球部相手に勝ってんじゃん!!」

「あー、ここまではね。
で、1回表からラスボスが登場ってわけ」


女子の賞賛を受け、男子の誰かがそう答えた。

竹林に状況を尋ねると、どうやら3E男子は殺せんせーにひたすらバントの特訓を受けていたらしい。
いくら選抜メンバーのピッチャーの進藤が剛速球を打つとは言え、殺せんせー相手に練習を積んでいたのだから、バントに関してはほぼノーミスが続いており、現状に至っているのだと言う。


「でも、このタイミングであの理事長が出てきたら……」

「……うん、この作戦も通用しなくなっちゃうかもしれないね」


花澄と片岡がそう話をしていると、『こっこれは何だー!?』と、一際大きなアナウンスがグラウンドに響き渡る。
校庭に目を向けると、本校舎の野球部は守備を全員内野に集めるという作戦に至ったようだった。


「何これ!反則だよこんなの!」

「いや、実はそうでもないんだ、若山さん。
野球のルールでは、フェアゾーンならばどこを守っても自由だからね」


憤慨する花澄の背後から聞き覚えのある声が降ってきた。
後ろを振り向くと、そこにいたのはやはり−


「ッ、浅野君」

「やあ。修学旅行以来だね。
……彼女、ちょっと借りるよ」

「……え? ちょ、ちょっと!」


花澄が焦っているにも関わらず、浅野学秀は片岡に確認をとってから花澄の手首を掴んでズンズンと歩き始める。
あまりに突然の出来事で、他のクラスメイトは浅野を制止することすら出来なかった。





「此処ならいいかな」


浅野に連れて来られたのは体育館裏だった。
今同じ学校内で球技大会が行われているとは思えない位に静まり返っている。


「どうしてわざわざ球技大会の最中に私をこうやって呼び出したの?」

「こんな時でもない限り、E組の君とはゆっくり話もできないからね」

「私は浅野君と話す事は何もないよ」

「君にはなくても僕にはあるんだ」


浅野はそう言って張り付けたような笑みを浮かべた。


「若山さん、僕と勝負をしよう」

「え?」


唐突に紡がれた『勝負』という言葉に、花澄の思考は一瞬制止する。


「次の期末テストで、君が僕に負けたら、君にA組に編入してもらう」

「!?」

「君は僕に負けたら、エンドのE組からおさらばだ」


その言葉に、頭の中が真っ白になる。

テストで浅野君に勝つ?
私が?

超天才優良児の、浅野君に?


「……ふざけないでよ。そんな勝機の薄い勝負に、私は乗らないよ」

「へえ?意外だな。もっと向上心のある人だと思ってたのに」

「だって、浅野君には勝てる気がしないから。勝てない勝負に乗る程私は馬鹿じゃないよ」

「君にはプライドも何も無いんだね」

「ッ……」


奥歯を噛み締めるものの、花澄は何も言い返せない。


「まあ良い。だけど若山さん、この勝負に乗らないと、既に負けを認めたと断定されて、勝手にA組行きになるよ」

「……は?な、何で?負けも何も、私は勝負に乗ってない!」

「甘いよ若山さん。僕と話を始めた時点で、もう勝負は始まっていたんだ」

「どうして!?浅野君、そんな事一言も言ってくれなかったじゃん!」

「そんなだから君は甘いんだ。君がE組に落ちたのもそのせいだろう?」

「そうかもしれない。だけど私は後悔してないから」

「ふぅん」


浅野は少し眉を顰めた。


「……話が随分逸れたね。それで、結局君はどうするの?」

「……」


花澄は拳を握り締める。

あんな事を言う以上、浅野は花澄が勝負に乗らない限り、本気で花澄をA組に編入させるつもりなのだろう。
昔はあんなに憧れていたA組だったが、E組で日々を過ごす内にそんな感情も薄れてしまった。

それに、E組には大好きな友達が沢山いいる。

幼馴染みで大切な友達の渚。
自分にめげずに話しかけてくれた茅野。
いつも前向きな杉野。
おしとやかで可愛い有希子。
クールだが優しい速水。

そして−いつも花澄の不安を取り除いてくれる、大事な友達のカルマ。

−やっぱり、私はE組にいたい。
−みんなと絶対に離れたくない。


「……乗るよ、その勝負。
勝って絶対にE組に残る為に」


花澄の答えを聞いて、浅野は満足そうに頷く。


「これは僕達だけの約束だ。テストが終わるまで互いに公言はしないようにしよう。
……今から期末が楽しみだね、若山さん」


そう言う浅野の顔を見ながら、花澄は静かに闘志を燃やし始めていた。


その後、浅野と別れた花澄が球技大会の方に戻ると、試合はクライマックスを迎えていた。

あちらはノーアウト満塁。
そして迎えたバッターは、椚ヶ丘中学校が誇るスーパースターの進藤だ。


「進藤君の迫力も中々怖いけど、E組も負けじと前進守備かぁ……カルマくんのクレームが効いてるっぽいね」

「……カルマのクレームって?」

「え?若山さん見てなかったの?」


不破優月は意外だとでも言いたげに目を見開いた。
花澄がそれに曖昧な返答をするも、不破は大して花澄に追及もせず、淡々とこれまでの経緯を語り始める。


「ほら、さっきE組にはバントしかないって見抜かれちゃったから、敵も前進守備っていうやり方をして来たじゃん?だからカルマくん、クレームをつけたんだよ。理事長先生に」

「……理事長に?」

「うん。まあ、殺せんせーの作戦だったみたいなんだけどさ」


自分達が同じ事をしても文句を言われないようにする為の布石だったんだねー、と言って不破は再び試合に目を向ける。
花澄もグラウンドに目を向けてみると、ちょうどカルマと磯貝が動き始めたところだった。

一度進藤がバットを振れば、それが彼らに直撃する位、進藤からほぼ零地点のポジションに。


「ねえ、いくら何でもアレはちょっと近すぎない?」

「……うん。スイングしたら絶対当たる距離だよね」


大丈夫かな、と言って、女子のクラスメイト達は固唾を呑んで見守る。
だが流石のスーパースター進藤も、あまりの近さに唖然としてしまったようだ。


「構わず振りなさい進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」


怖気付く進藤に対し、理事長はそう言葉を放つ。

そして、ピッチャーがボールを投げた。

進藤が大きくバットを振る。

だが−カルマと磯貝は、それを殆ど動かずに躱してみせた。


「……!!」


一同は目を丸くする。

いくらカルマと磯貝の動体視力が並外れているとは言え、今の動きはなかなか常人ができるものではない。
彼らに備わっているもの−それは、優れた動体視力だけではなく、桁外れの度胸なのだ。


「ダメだよ、そんな遅いスイングじゃ。
次はさ……殺すつもりで打ってごらん」


カルマが進藤を挑発するかのようにそう囁く。
この時点で、進藤は理事長の戦略についていけなくなった。

結果として−E組男子は、本校舎率いる選抜チームに勝ってしまった。




試合が終わるや否や、カルマはズンズンと花澄の元へとやって来た。


「来て」


カルマはパシリと花澄の手首を掴んで歩き始める。


「ちょっ、カルマ?」


掴まれた手が少し痛い。
チラリとカルマを盗み見ると、不機嫌そうな横顔が目に入ってきた。

私、カルマに何かした?

少女は自分の行為を思い返すも全く心当たりがない。
結局、花澄はまた体育館裏に連れて来られてしまった。

今度は浅野とではなく、隣の席のクラスメイトと、であるが。


「あの、カルマ」

「何?」

「私……カルマに何かした?」


恐る恐る尋ねてみると、カルマはくるりと此方を振り返った。
そして、こう一言。


「さっき浅野クンと何話してたの?」

「……へ?」


何で浅野君?

カルマから浴びせられた質問はあまりに唐突で、花澄は思わずそう聞き返してしまった。


「さっき試合の途中で浅野クンにどっか連れてかれてたじゃん。あの時浅野クンと何話してたの?」

「あぁ……カルマ、見てたんだ」


花澄は一瞬どう答えようかと悩んだものの、すぐに「A組に来るつもりはないかって誘われただけだよ」と答えた。
嘘はついていない。
強引なやり方とは言え、浅野にA組に来るように招待されたのだから。


「ふーん……」

カルマはあまり納得していないような面持ちでそう呟いた。


「……花澄さぁ」

「ん?」

「A組に行くの?」

「……え?」


一瞬、心臓がドキリとする。


「……行かないよ?」


なるべく普段通りにそう答えると、カルマは「そっか」とどうでも良さそうに答えた。


「……?」


何だったんだろう、今の。

花澄はそう思ったが、ふあぁと欠伸をするカルマの顔を見ていると何も言えなかった。



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