■ ■ ■


22時間目
7月、本格的な夏の始まり。
殺せんせーの暗殺期限まで、残り8ヶ月だ。





体育の訓練中、新たな男が教師としてE組にやってきた。
その名も鷹岡明。
防衛省特務部の者で、今後は彼が生徒の訓練を全て行う事になるらしい。


「……よーしみんな集まったな!
では今日から新しい体育を始めよう!」


鷹岡は生徒達に向かって朗らかにそう告げた。


「ねえ渚、カルマは?」


花澄は渚に向かって小声で尋ねる。


「サボり。
カルマ君、どうもあの鷹岡先生が何となく気に入らなかったみたいだよ」

「……そうなんだ」


今日から色々やり方が変わるかもしれないのに、いいのかな。

花澄はそう考えながら首を傾げた。


「さて!訓練内容の一新に伴ってE組の時間割も変更になった。
これをみんなに回してくれ」


……時間割?

回ってきたそれを見た瞬間、全員が固唾を呑んだ。


「うそ……でしょ?」

「10時間目……」

「夜9時まで……訓練……?」


その時間割はとてもシンプルだった。
一週間の中で授業をするのは各教科1度ずつのみ。
それ以外の時間は全て訓練で埋め尽くされている。
鷹岡は驚く一同に対し、さも当たり前だとでも言いたげに授業を進めようとした。

だが、反論が出るのも当たり前で。


「できるわけねーよこんなの!!」


声を荒らげてそう言った前原の腹を、鷹岡は容赦無く蹴り上げた。


「『できない』んじゃない。『やる』んだよ」

「言ったろ?俺たちは『家族』で俺は『父親』だ。
世の中に……父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」


突然人が変わったかのように話す鷹岡に、クラスメイト達は唖然とした。

それからも鷹岡は、淡々と皆に向かって恐怖の言葉を突き立てる。

抜けたい奴は抜けてもいい。その時は自分が手塩にかけて育てた屈強な兵士をクラスに補充する。
だが本音を言うと、『父親』としてひとりでも欠けては欲しくない。


「家族みんなで地球の危機を救おうぜ!!なっ?」


そして彼は、次の標的を神崎有希子に絞る。


「おまえは父ちゃんについてしてくれるよな?」


だが有希子は、烏間の授業を希望すると、はっきりと口に出して言った。

その瞬間、

バチッ!

思い切り頬を叩かれる。


「神崎さん!」

「ゆっこちゃん!」


杉野、渚、茅野、花澄はすぐさま彼女に駆け寄った。

……有り得ない。
何でこんな事するの。

花澄の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。

大事なクラスメイトなのに。
みんな私の大好きな仲間達なのに。
何でこんなに酷い仕打ちができるの?

花澄の瞳に冷たい光が宿った。
鷹岡は花澄と目を合わせた瞬間、一瞬だけ怖気づいたようにギョッとした顔を見せる。
だが、それもほんの束の間で。


「何だお前。文句あるのか?」


鷹岡は花澄の胸倉を掴んで持ち上げた。


「……」


花澄は何も言わずにただ冷たい目で彼を睨みつけた。

−コイツ、何を考えてる?

表情の読めない彼女を見て、鷹岡の心には焦りが浮かぶ。
そして鷹岡は、無意識のうちに少女に向かって思い切り腕を振り下ろしていた。


「やめろ鷹岡!」


烏間がそう言って鷹岡に近づいていかなかったら、今頃花澄の身体は後方まで飛ばされていたかもしれない。
心配そうに花澄と有希子と前原に身体の様子を尋ねる烏間に、鷹岡はこう告げた。


「ちゃんと手加減してるさ烏間。大事な俺の家族だ、当然だろ」

「いいや、貴方の家族じゃない。私の生徒です」


烏間の代わりに答えたのは殺せんせーだった。
ところどころ血管が浮き彫りになっている。

だが、殺せんせーが出てきたところで、状況は変わらなかった。

鷹岡は、今の『罰』は立派に教育の範囲内であり、多少教育論が違うからと言って殺せんせーに危害を加えていない男を攻撃するのかと反論してきたのだ。
結局殺せんせーは彼のその言い分に反論する事ができず、鷹岡の授業は継続されることになった。





鷹岡の授業が始まった。
手始めにスクワット300回。
その場にいる者は全員ヘロヘロだ。


「烏間先生〜……」


その時、倉橋陽菜乃が禁断の一言を口にした。
当然、鷹岡がそれを聞き逃す筈もなく。


「おい。烏間は俺達家族の一員じゃないぞ。
お仕置きだなあ、父ちゃんだけを頼ろうとしない子は!」


再び、鷹岡が拳を振り上げる。
すんでのところで、烏間がそれを制止した。


「それ以上……生徒達に手荒くするな。
暴れたいなら、俺が相手を務めてやる」

「……言ったろ烏間?これは暴力じゃない。教育なんだ。暴力でお前とやり合う気は無い。対決(やる)ならあくまで教師としてだ」


そして、鷹岡はある1つの条件を口に出す。

それは、烏間が生徒を1人選び、その生徒が鷹岡と闘って一度でも彼にナイフを当てられたら、鷹岡はこの教室を出ていく、というもの。


「ただしもちろん、俺が勝てばその後一切口出しはさせないし……
使うナイフはコレじゃない」


鷹岡は対先生用ナイフをその場に投げ捨て−自分の鞄から別の物を取り出した。

それはまさしく、本物のナイフ。


「よせ!彼等は人間を殺す訓練も用意もしていない!」

「安心しな。寸止めでも当たった事にしてやるよ。俺は素手だしこれ以上ないハンデだろ。
さあ烏間!1人選べよ!嫌なら無条件で俺に服従だ!」


シン、と静まり返るグラウンド。
烏間は、鷹岡が地面に突き刺した本物のナイフを手に取ると、ゆっくりと『彼』に向かって歩き始めた。


「渚君。やる気はあるか?」

「……!?」

「烏間先生……?」


何で、渚なの?

花澄は隣に立つ渚と烏間を見つめて呆然としていた。
渚は少し迷っていたものの、烏間の持つナイフを手に取った。


「やります」

「ッ、待って渚!」


花澄は思わず彼を呼び止める。
まさか渚が、『やる』と言うとは思わなかったからだ。


「渚、ねえ、ホントにやるの?」

「……うん。やるよ」

「でも……」

「大丈夫」


渚は、花澄の頭をポンと撫でる。


「僕を信じて」


渚はやや緊張気味に笑うと、クルリと後ろを振り向いて鷹岡に向かって行った。


「……渚」


−お願い、無事で帰ってきて。

花澄は胸の前で掌をぎゅっと握り締めた。





渚と鷹岡が向き合った。
2人ともまだ一歩たりとも動いていない。
鷹岡にとって、コレは公開処刑。渚に暫く好きに攻撃させてから、思う存分いたぶり尽くすつもりなのだ。


「……」


渚は、手の中にある本物のナイフをじっと見つめ、目を閉じて深呼吸をしてから動き始めた。

彼はニコリと笑って、普通に歩き始める。
通学路を歩くかのように、普通に。

当然、鷹岡はきょとんとした顔で渚を見つめていた。

渚の胸が鷹岡の腕に当たった瞬間−渚は鷹岡の首をめがけてナイフを振り上げた。

そこで初めて鷹岡は、自分が殺されかけていることに気がついたようだ。

ナイフを避けようとした弾みで、鷹岡の重心が後ろに傾いた為、渚は彼の服を引っ張った。

鷹岡が転んだので、渚は彼の背後に回り−仕留めに行く。


「捕まえた」


勝負がついた。
烏間の残留が決定だ。

その後、再び怒りを顕にして暴力を振りかざそうとした鷹岡を、烏間は思い切り殴りつけた。
更にはその場に理事長も駆けつけ、鷹岡の教育はつまらなかったと言い残し、彼をクビにした。


「渚」


旧校舎に戻ろうとする彼の背中に、花澄は話しかける。


「今日、ありがとうね」

「……お礼なんて良いよ花澄。僕はただ、自分にできることをしただけだからさ」

「できることって……。だって、普通あんな事できないよ。私、渚の事見直しちゃった」

「花澄にそう言って貰えるなんて嬉しいな。僕、花澄には全然学力追いつかなかったから」


渚はそう言って淋しそうに笑った。


「……ねえ渚、渚のお母さんって、まだ渚に−」「花澄」


渚は珍しく少しだけ強い口調で花澄の言葉を遮る。


「……その話はやめよう。僕の事は心配しないで。ちゃんと母さんとも上手くやってるから」

「……そう。ごめんね」


そう答えながらも、花澄は渚が嘘をついている事を見抜いていた。

−ホントは助けてあげたい。
−渚を、お母さんの呪縛から。
−だけど、私にはどうしようもない事なのかな。

普段はなるべく考えないようにしている渚の家庭事情について思いを巡らせながら、花澄は複雑な顔つきで校舎に向かって行った。



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