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23時間目
7月某日。
プール開きの日がやってきた。
だがこの時期の体育は、E組生徒にとっては地獄のようなものである。
旧校舎にプールがない為、炎天下の中を本校舎まで往復しなければならないからだ。
その距離、約1km。
特にプール疲れした帰り道の山登りが相当堪(こた)えるらしい。
クーラーも何もない旧校舎で授業を受けていたE組生徒達は、暑さのせいで完全にくたばっていた。
それを見兼ねた殺せんせーが、クラスに向けてこう告げる。
『全員、水着に着替えてついて来い』と。
その言葉通りに彼についていくと、たどり着いたのは裏山の小さな沢。
普段は足首まであるかないかの深さの沢の水を塞(せ)き止めて、E組専用のプールを作ってくれたらしい。
「制作に1日、移動に1分。
あとは1秒あれば飛び込めますよ」
「い……いやっほぉう!!」
ザパンッという音と共に、皆がプールに飛び込んで行く。
……最も、水が苦手な茅野カエデは、少し憂鬱に感じているらしいが。
「カルマってホントに何でもできるよね。泳ぐのも上手いなんて羨ましい」
「花澄だって充分上手いと思うよ?ま、片岡さんには負けるかもしれないけどさ」
「そりゃメグちゃんには誰も勝てないよ」
花澄はカルマの言葉に苦笑いを浮かべる。
その時、殺せんせーが笛を鳴らしながら、木村正義にプールサイドを走らないようにと注意した。
次いで中村莉桜と原寿美鈴に、更に岡島大河、狭間綺羅々にも笛を鳴らして幾つかの注意を促す。
「カタいこといわないでよ殺せんせー。水かけちゃえ!!」
遂に倉橋陽菜乃がそう言って、ふわりと微笑みながら殺せんせーに水をかけた。
「きゃんっ」
殺せんせーは変な悲鳴を上げて水を避けようとする。
「……ねえカルマ、今のってもしかして、」
「確かめれば解るんじゃね?」
言うが早いか、カルマはすぐに水に潜り込んだ。
そして、だんだんと殺せんせーに近づき、彼が座っている椅子をグラングランと揺らし始める。
「きゃあッ!揺らさないで!水に落ちる!!」
その瞬間、全員が悟った。
この先生は泳げないのだ、と。
そして同時にこう直感した。
これは今までで1番使える弱点なのではないか、と。
殺せんせーの最大の弱点が解った数日後のこと。
何者かによってプールがめちゃくちゃに壊された。
更には大量のゴミまで捨ててある始末。
一体誰が、と渚が辺りを見渡したところで、ニヤニヤと笑みを浮かべている寺坂グループの3人が目に止まった。
−寺坂君たちの仕業だ。
根拠はないものの、渚はそう確信する。
だが結局、プールは殺せんせーがマッハで修理したので、何の問題もなくすぐに使えるようになった。
寺坂の様子が変だという事について、渚、杉野、花澄、カルマが会話をしながらプールから旧校舎に戻ると、吉田大成と殺せんせーがバイクの話で盛り上がっていた。
どうやら殺せんせーがプール制作の際に出た廃材で木製のバイクを作ったらしい。
寺坂グループの一員である吉田は大のバイク好きなので、この話に食いついたようだ。
「プールを壊したのは3人がかりだったとしても、様子がおかしいのは多分寺坂君だけなんだよね。吉田君はあんな感じだし、村松君もこないだ放課後ヌルヌル強化学習に来てたみたいだし」
「ふーん、そうなんだ。花澄も参加したの?あのヌルヌル」
「うん、まあね」
花澄がカルマと言葉を交わしていると、寺坂が教室に入って来た。
彼は殺せんせーと吉田が仲良さげに話しているのを見て、すぐに眉間に皺を寄せる。
そして、派手な音と共に木製バイクを蹴り飛ばして壊してしまった。
流石に今回の寺坂の行動は目に余ったのか、その場にいた生徒達は皆口を揃えて彼に文句を言う。
「……てめーらブンブンうるせーな虫みたいに。駆除してやるよ」
寺坂は徐(おもむ)ろに机から殺虫剤を取り出して、思い切り床に打ち付けた。
中身が漏れ、教室内が一気に殺虫剤に包まれる。
「寺坂君!ヤンチャするにも限度ってものが……」
パシリッ。
寺坂は肩に乗せられた殺せんせーの触手を振り払った。
「さわんじゃねーよモンスター。
気持ちわりーんだよ。
テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組(テメーら)も」
「ちょっと寺坂君、それは流石に……」
言い過ぎじゃ、と言いかけた花澄をカルマが止める。
そして、代わりに自分がこう口を開いた。
「何がそんなに嫌なのかねえ……
嫌いなら殺しゃいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」
「何だカルマ、テメー俺に喧嘩売ってんのか。上等だよ、だいたいテメーは最初から……」
そう言いながらズンズン近づいてくる寺坂の口と顎を、カルマは思い切り掴んだ。
「ダメだってば寺坂。
ケンカするなら口より先に手ェ出さなきゃ」
「……ッ!!
放せ!!下らねー!」
寺坂はカルマの手を薙ぎ払って逃げるようにその場を去る。
ピシャリと扉が閉まった教室で、磯貝悠馬は「何とか上手くやれないもんかな……」と頭を抱えていた。
翌日の昼休み。
花澄はカルマと一緒に裏山で寝転がっていた。
通常なら教室内で渚や茅野達と昼食をとるのが花澄の日課なのだが、時々カルマに誘われてこうして2人で場所を変えて昼食をとることがある。
今日はまさにその日だった。
「カルマはもう期末の対策進めてる?」
「んーん、してないよ、何にも」
「……そうなんだ」
「何、もしかして花澄、もう始めてんの?」
「……まあね」
浅野学秀との約束がある以上、今回の期末は絶対に負ける訳にはいかない。
その為、花澄は球技大会の日から既に期末テストの対策を始めていた。
「花澄は相変わらず真面目だねー。花澄くらい成績良かったら、大して勉強なんかしなくたってそこそこ良い点取れるじゃん」
「そんな事ないよ。私は天才肌じゃないから、努力しないと成績が上がらないの」
「考え過ぎじゃね?もっと自分に自信持ちなよ」
あまりにも呑気な物言いのカルマに、花澄は少し苛立ちが募る。
−カルマは良いよね。
−私なんか、E組に残れるか否かがこのテストに懸かってるのに。
だが浅野との約束で、花澄と浅野が賭けをしている事は誰にも話せない事になっている。
花澄は自分の思いを心の内に封じ込めておくことしか出来なかった。
「……花澄?」
カルマが心配そうに花澄の顔を覗き込む。
「! な、何?」
「だいじょーぶ?」
「あ、うん。うん、大丈夫」
「……」
カルマは曖昧な花澄の答えに満足しなかったようで、何か言おうとして口を開いた。
だがそのタイミングで、裏山の方から凄まじい爆音が鳴り響く。
「! 何、今の音……」
「俺にもわかんない。取り敢えず見に行こーよ」
言うが早いか、カルマは裏山に向かって走り出す。
花澄もすぐに彼の後に続いた。
「今の音、プールの方からだよね?」
「恐らくねー。確信は持てないけ−」
そう言いかけて、カルマは動きを止めた。
「? どしたの、カルマ」
花澄はカルマの後ろから沢の方を覗き込む。
そこには、悲惨な景色が広がっていた。
プールに溜まっていた水は全て捌(は)けられ、折角殺せんせーが作ってくれた25mコースも乱れてしまっている。
「……俺は……何もしてねぇ」
2人が唖然とそれを見つめていると、脇からか細い声が聞こえてきた。
視線を声の主に向けると、それはこのクラスの問題児で。
「話が違げーよ……イトナを呼んで突き落とすって聞いてたのに……」
それを聞いて、カルマと花澄は状況を把握した。
恐らく寺坂は、シロとイトナにまんまとハメられたのだと。
「言っとくが俺のせいじゃねーぞカルマァ!!
こんな計画やらす方が悪りーんだ!!皆が流されてったのも全部奴等が……」
寺坂が言い終わる前に、カルマは寺坂の頬を拳骨で殴った。
「標的がマッハ20で良かったね。でなきゃお前、大量殺人の実行犯にされてるよ。
流されたのは皆じゃなくて自分じゃん。
人のせいにするヒマあったら……自分の頭で何したいか考えたら?」
カルマは寺坂にそう言い放つと、すぐに崖から飛び降りて皆の方に向かって行く。
「寺坂君!急いで!!」
花澄はすっかり項垂れる寺坂にそう声を掛けると、カルマの後に続いて走って行った。